12-11 雑貨屋での買い物


「イチノスさん、今日は何を探してるの?」


 雑貨屋の女将さんが今日の俺の用件を聞いてきた。


「小振りな急須(きゅうす)が欲しいんだ」

「キュウス?」


 ちょっと女将さんには難しかったか?

 だが、この雑貨屋は東国の茶葉を扱っているぐらいだから理解してくれると思うのだが⋯


「東国の御茶を淹れる時に使うティーポットみたいなやつなんだけど⋯ あります?」

「キュウス、キュウス⋯ もしかして取っ手が横に出てるティーポットみたいなやつ?」


 よかった。この女将さん東国の『急須(きゅうす)』を知っているようだ。


「そうです、そうです。あります?」

「う~ん⋯ イチノスさん、まずは店に置いてあるのを見てくれる?」


 ちょっと悩んだ女将さんが俺をティーポットが並んだ棚に案内してくれた。


「ティーポットじゃなくてキュウスよね?」


 案内された棚にはどこにも急須(きゅうす)は置かれておらず、全てがティーポットだ。


「ティーポットじゃダメなの?」

「それでも良いんだけど、2杯分ぐらいを淹れる小振りな物が欲しいんだ」


「それならこの大きさね」


 そう言って小振りなティーポットが並べられた棚を女将さんが示してくる。


 俺も一通り眺めて見るが、ちょっと自分の考えていたのと違う感じだ。

 そもそも急須(きゅうす)を考えていたためか、どうもピンと来る感じがしない。


 それでも白い小振りなティーポットに目が止まる。

 これなら良さそうな感じがして手に取ってみると、女将さんが推してくる。


「イチノスさん、それは売れ筋の品ね。人気があるわよ」

「なら、これにするよ。それと傘が欲しいんだ」


 俺は店の外から見えた傘の置いてある棚へ目をやる。


「傘はそっちの棚に新作が並んでるから見てって。じゃあ、これの新品を出してくるわね」


 女将さんが、俺の選んだティーポットの新品を出すために店の奥へと向かった。


 ふとワイアットの行方を追うと、毛布が置かれている棚の前で毛布を手にしているのが見えた。


 そうだ、古代遺跡の調査では野営になるだろう。

 野営になると毛布のような敷物も必要になるだろう。

 ワイアットが勧める物があれば、俺も手に入れた方が良いかも知れない。


 そう考えて、毛布を手にするワイアットへ近寄り声を掛ける。


「ワイアット、お勧めがあるか? 俺はその手の敷物は持ってないんだ」

「ん? イチノスは持ってないのか? 今の時期なら毛布を敷いてマントか何かあれば十分なんだが⋯」


 家には毛布もマントもあるな。

 昨日の会合へ着ていった物じゃなくて、研究所時代に使っていた普段使いの魔導師マントがあったはずだ。


「マントは有るな。毛布は冬場に使うようなので良いのか?」

「敷物だから汚れても良いやつなら何でも良いぞ」


「それなら、俺は冬場に使ってたやつを下ろすわ。ワイアットは買うのか?」

「俺もそろそろ新しくしたいんだ。イチノスのように冬場に使ってた毛布を下ろして新調するか迷ってたんだ」


「新調するとなると⋯ 毛布が必要になるのは秋口じゃないのか?」

「あのなぁ、イチノス。毛布を1枚下ろすにしても、オリビアを納得させるには新品を渡す必要があると思わんか?」


「ククク そうだな(笑」

「イチノス、笑ってられるのは今だけだぞ(笑」


「ワイアットさん、オリビアさんならそっちを見てたわよ」


 俺とワイアットの会話に女将さんが割り込んできた。

 女将さんが指差すのは、一目見るだけで高値とわかる毛布だった。


「これをオリビアが見てたのか?」

「見てただけじゃないわよ、しっかり撫でてたわよ」


「う~ん これがいいのか⋯」

「値段が値段だから迷うわよね。未だ暫くは売れないだろうから、涼しくなってから見に来る?」


「う~ん⋯」


 ククク ワイアットが迷ってる。

 奥様のオリビアさんを納得させないと、自分が野営で使う毛布を新しくできないとは、悩むのも致し方ないな。


 ここで俺が一緒に毛布を見ていても、ワイアットの悩みは解決しないな。

 むしろ俺は傘を買ってオリビアさんへ返さないとな。


 そう思って悩むワイアットを放置して傘の棚の前に来たが、パッと見る限りは大衆食堂で借りた傘と似た物は見当たらない。


 襲撃されて壊れたあの傘は、班長と呼ばれた街兵士が証拠品として回収してしまったんだよな。

 イルデパンに伝えて返してもらって、油紙を貼り直してオリビアさんへ返すか?


 そんなことを考えながら、似てそうな1本の傘を手にして、軽く魔素を流してみるとスルスルと流れた。

 あの時のと同じ様な感じだ。


 俺は今まで傘に魔素を流してみたり強化魔法を掛けたりしたことはなかった。

 そもそも俺は傘は持たない生活をしてきた。


「イチノスさん、その傘、軽いでしょ?」


 いつの間にか背後に立っていた女将さんが、お勧めと言わんばかりに推してきた。


「えぇ、軽いですね」

「先月に新しく入荷してみたの」


 女将さんへ振り返ってみれば、視界の端で未だにワイアットは毛布の前で悩んでいた。

 これはワイアットよりも俺の方が買いそうだと女将さんが切り替えたか?(笑


「これは何で出来てるんですか?」

「その傘は南方から先月入荷したの。確か骨はビッグバットとかいう魔物の骨で作られてるはずよ」


「ビッグバットですか?」

「大きなコウモリの魔物らしいけど、骨が軽くて丈夫なんだって」


「以前は鯨のヒゲとか骨とかでしたよね?」

「それも南方から入ってたやつよね。他にも南方から面白いのが入ってるの」


 そう言って女将さんが立てられていた赤い傘を手にした。

 それを渡されて手にしてみると、持ち手が竹で出来ているのがわかるがビッグバットのよりも重い。


「ジャノメ傘とかバン傘と言ってわね」


 女将さんの話を聞きながら軽く魔素を流してみると、これもスルスルと流れた。

 どちらも魔素を流せるなら、再度の襲撃を考えると、どちらが良いだろうかと迷いそうになる。


 いやいや、返す傘を選ぶのに再度の襲撃を考える必要は無いな(笑


「女将さん、このビッグバットの傘を2つくれるか?」

「2つですか?」


「あぁ、2つ⋯ そうだ、ワイアット」


 毛布の前で悩むワイアットに声を掛ける。


「ん~ 何だ?」

「オリビアさんに傘を借りたが壊したんだ。お返しにどの傘が良いか選んでくれ」


「オリビアから傘を借りた?」

「ほら、一昨日、雨が降った時に借りた傘だよ」


「ほぉ~ 一本の傘で帰った話しか?(ニヤリ」


 ワイアット、ニヤリとするんじゃない。



 結局、小振りなティーポットとビッグバットの傘を2本購入して、雑貨屋を後にして店へ向かうことにした。

 ワイアットはさんざん悩んでいた毛布の購入は諦めたようだ。


 傘を2本購入したのは、1本はオリビアさんへ返すためで、もう1本は店での置き傘にするためだ。


 俺は普段は傘を差さない。

 リアルデイルに移り住んで、雨の日は外に出ずに過ごしてきた。

 王都の研究所時代は宿舎と研究所の間の渡り廊下には屋根があって濡れなかった。

 魔法学校時代も思い出すが傘を差した記憶がない。

 同じ寄宿舎の学友の傘に入れてもらった記憶しかない。

 そんな、傘を差さない俺でも、店の入り口にでも魔素を流せる傘を1本置いておけば良さそうな気がしたのだ。


「イチノス、わざわざ代わりを買わせてすまんな」


 ワイアットが傘を手にしながら話し掛けてくる。


「いやいや、借りた物を壊してしまったんだ。それなりに弁償しないとな」

「それにしても本当に襲われたんだな」


 ワイアットには、雑貨屋を出た後にオリビアさんから借りた傘を壊した経緯をかい摘まんで話した。

 ヘルヤさんを送っていったこと、宿の前で別れて店に向かう途中で襲われた事をワイアットへ話した。

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