12-10 エプロン姿のワイアット


「イチノス、お待たせ!」


 俺の向かい側に、赤と白のストライプなエプロンが見えた。


 声はワイアットなのだが、エプロンの柄とワイアットが結び付かず顔を見れば⋯ エプロン姿のワイアットが立っていた。


 両手にトリッパが入った皿を持ち、その肘にはパンが入ったカゴを提げている。


 エプロンが赤と白のストライプで可愛らしいのだが、体格の良いワイアットが着ると微妙な感じだ。


「そのエプロン、変に似合うな(笑」

「おう、オリビアのお古だ(笑」


 ワイアット。

 どうせならフリルの着いたエプロンで登場してくれ。大笑いしてやるから(笑


「イチノス、一緒に食べても良いだろ?」


 そう言いながらワイアットがトリッパを差し出し、パンの入ったカゴを互いの中央に置いた。


 その手がスッと伸びたか思うと、それまで俺が見ていた紙が目の前から消えた。


「えっ?」

「食べてからだ」


 ワイアットは俺から取り上げた紙をエプロンのポケットへ押し込んでいる。

 これは、先ほどの紙を食堂では出すなという意味だと俺は直ぐに理解した。


 確かに俺は迂闊だった。

 冒険者ギルドから受けた指名依頼を、自ら周囲に晒すような真似をしたのだ。


 ワイアットのような冒険者達なら、そんなことはしないだろう。

 自分がどんな依頼を受けたかを表に出す冒険者は、この街には誰一人としていないだろう。


 そこまで軽く反省して、目の前に座るワイアットを見て思った。

 ワイアットは明後日の調査隊の話を知っているのだ。


 ギルマスが古代遺跡だと決定付け、ウィリアム叔父さんが公表までした話の源(みなもと)だから知っていて当たり前だ。

 いわばワイアットは古代遺跡の証を見つけた本人だ。

 多分だが、ワイアットも今回の調査には同行するのだろう。


「すまん、迂闊だった」

「気にするな」


 そう言いながら食べ始めたワイアットを習い、俺もトリッパを食べ始める。

 うん、思った通りの味だ。


 ワイアットと食事をしていると、婆さんがやって来て俺に向かって手を出す。


「イチノス、木札」

「お、おぅ」


 俺から木札を受け取った婆さんは、そのままワイアットへ声を掛ける。


「ワイアット、今日の分は終わりかい?」

「終わったよ」


 婆さんの声に改めてワイアットをよく見れば、エプロンの所々に白い粉が着いている。

 白い粉は小麦粉で、ワイアットはパン生地を捏ねていたのだろう。


「明日も頼むな」

「はいはい」


 ワイアットの返事に婆さんが席を離れ、俺の木札を片手に受付に向かった。

 俺は目の前で食事をするワイアットに、今回の指名依頼に至った『魔法円』について聞いてみたいが、周囲に人のいるここでは聞けない。


「イチノスから見てサノスはどうだ?」

「ん?」


 一緒に食事をしているワイアットが、急にサノスのことを聞いてきた。


「サノスは魔導師として修行を始めたんだよな?」

「まぁ、そうだな。頑張ってるぞ」


「そうか、頑張ってるなら良いか⋯」


 ワイアットがサノスの話題をするが、やや、歯切れが悪い感じだ。

 こんなことを聞いてくるのは珍しい。

 何かあるのだろうか?


「サノスが店で何をしているかを聞いてないのか?」

「聞いてないというか、時間が合わないんだ。それに俺は家を空けることが多いだろ」


 確かにワイアットは冒険者だから家を空けることは多いだろう。

 一昨日から昨日までも古代遺跡への調査で家を空けているからな。

 ワイアットがしばらく家を空けていて、サノスと距離でも感じてるのだろうか?


 サノスも朝から夕方まで店に来ているから、ワイアットとスレ違いな状態かも知れないな。


 いや、もしかしてサノスは俺との約束を守って、店で何をしているかをワイアットには話していないのか?


 サノスを雇う時に、ワイアットやオリビアさんの前で、サノスには約束して貰ったな。

 店で知り得たことは、誰にも話さない約束だ。


 それをきちんとサノスが守って、ワイアットやオリビアさんに話していないのかも知れない。


 ロザンナの場合には、ローズマリー先生がそうした状況への理解があるから済んでいる。

 だが、サノスの場合はワイアットやオリビアさんを安心させる意味でも、俺が何かをした方が良さそうだな。


「ワイアット、この後は予定があるのか?」

「いや、特には無いぞ」


「じゃあ、ちょっと付き合え」

「着替えて良いか?」


 そう言って、笑いながらワイアットがエプロンの紐を引く。

 その格好でワイアットは外を歩く気か?(笑


「俺は構わないが、雑貨屋の女将さんが目のやり場に困ると思うぞ(笑」

「イチノス、冗談に決まってるだろ(笑」


「この後、雑貨屋へ寄って店に戻るんだ。ちょっとサノスの様子を見に来ないか?」

「おぉ~ イチノスにしては良い提案だな。俺も雑貨屋とイチノスの店には行こうと思ってたんだ」


 多分、ワイアットは明後日からの古代遺跡への調査で、雑貨屋での買い物を考えていたのだろう。

 俺の店へ来るのは、魔石の調達か何かだろう。



 昼食を終わらせて、ワイアットと共に大衆食堂を後にした。

 もちろん、忘れずに夕食用のパンも購入した。


 雑貨屋への道すがら、魔道具屋の少し手前でワイアットが話し掛けてきた。


「イチノスは聞いたか? 魔道具屋は街兵士の交番所になるみたいだな」

「雑貨屋の女将さんから聞いたよ」


「奴も変なのと連(つる)んでたからこうなったんだろうな」

「変な奴と連(つる)んでた?」


「前に南町の風呂屋へ行った時があっただろ?」


 ワイアットが言わんとするのは随分と前の話というか⋯

 アンドレアの護衛でジェイク領から戻った時、エンリット達と合流して古代遺跡を見つけた時の事だろう。


「あぁ、あの時だな? 何かあったのか?」

「南町の風呂屋の後で、エンリットが最近出来た店に行こうと言ったんで、皆で店の前まで行ったんだよ」


 どこの店だ?

 南町に最近出来た店?


「その店の前で、魔道具屋の主とヤクザ者が何かしてたんだ」

「ほぉ~」


「それを見掛けた途端に、誘ったエンリットが嫌な顔してな。結局、その店へ行くのを止めたんだよ」


 魔道具屋の主は、やはり南町のヤクザ者と絡んでたんだな。


「結局、その店には行かずじまいか?」

「エンリットは奴に騙されたことがあるからな」


「騙された?」

「『魔骨石(まこっせき)』を掴まされたんだよ」


 どう言うことだ?

 『魔骨石(まこっせき)』を掴まされた?


「魔石を買いに行って『魔骨石(まこっせき)』を掴まされたんだよ」

「普通は『魔石』と『魔骨石(まこっせき)』は区別が付くだろ?」


「それが魔石入れの袋に入れて渡されて、使ってる時に変だなと思って気が付いたんだ」

「それは酷い話だな」


「それ以来、仲間内では魔道具屋に近寄らなくなったな」

「そりゃそうだよ。あいつはそんな事までやってたんだ」


「俺は奴の良い話は聞いたことが無いな。イチノス、エンリットが騙された話はあまり人に話すなよ(笑」


 ククク

 ワイアットの言うとおりだ。

 エンリットの名誉のためにもそうした話は他者にはできないな。


「そうだな。奴が捕まったのはワイアットも聞いてるだろ?」

「聞いてるよ。エンリットなんて喜んでたよ(笑」


 うんうん。

 それでエンリットの気が晴れてくれれば良いな。


「明後日のが終わったら、エンリットはその店へ行く気らしいから、イチノスも付き合えよ」

「そうだな。それもありだな(笑」


 そんな話をワイアットとしていると、雑貨屋の前で女将さんが手を振っていた。


「女将さん、約束どおり来たよ」

「あらまぁ、イチノスさんはワイアットさんまで連れてきたのかい」


「女将さん、ちょっと見せて貰うよ」


 そう言ってワイアットが遠慮無く店内へと入って行く。

 それに続いて、俺も雑貨屋へと入っていった。

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