12-13 弟子のお披露目です


「父さんは、何が目的で来たの?」


 4人で作業場へ移動し、ロザンナが御茶の準備をする脇で、サノスがワイアットに食い付き気味に問い掛ける。

 当のワイアットは困った顔もせず、むしろ朗(ほが)らかな感じでロザンナが魔法円へ魔素を注ぐのを眺めている。


「サノス、ロザンナの御茶を飲んでからにしないか?」

「まあ、そうですけど⋯」


 俺が少しサノスを制するが、当のサノスは納得仕切れない様子だ。

 サノスが少し落ち着いたのに安心したのかワイアットが問い掛ける。


「サノス、父さんは嬉しいぞ」

「へえっ?」


 突然なワイアットの言葉にサノスが変な声で応えた。


「正直に言うが父さんは心配だったんだ」

「⋯⋯」


 何かを言いたげに腰を浮かしたサノスを軽く手で制してワイアットが言葉を続けた。


「サノスは年が開けたら成人だよな?」

「そうよ。来年の1月には成人よ」


「あれだけ立派な接客が出来るんだ、もう十分に大人だな」

「えっ? いや、まだ? あれ?」


 ワイアットが続ける微妙な言葉に、サノスは返す言葉が見つからない感じだ。


「サノスがあんなに丁寧な接客が出来るのを見せられて、父さんは嬉しいぞ」

「と、父さん、きゅ、急に何を言い出すの」


「いやいや、本当に良かったよ。あれなら何も心配することはなかったな」

「いやいや、あれは⋯」


「貴族が使う東町の店に来たかと思ったほどだぞ」

「そ、そんなにほめないで!」


 ワイアットが褒め言葉を続けたせいか、サノスが顔を紅く染めだした。


「どうだ、イチノス! これがサノスの実力だ!」

「そうですね、サノスの接客にはいつも助けられてますよ」

「⋯!」


 俺もワイアットに便乗して褒めながらサノスに礼を伝える。

 サノスが身を捩(よじ)り、何とも言えない笑顔へと変わって行った。

 どうやらサノスの抱えていた不機嫌は、ワイアットの褒め言葉で押し流されたようだ。


 チラリとロザンナを見れば、口許に笑いを浮かべながらティーカップへ御茶を注ぎ終えていた。

 そっとロザンナが俺達へ御茶を差し出す。


「ワイアットさん、イチノスさん、サノス先輩、御茶をどうぞ」

「ありがとうロザンナ」

「おっ、ロザンナが淹れてくれたお茶だな⋯ これは⋯」


「イチノスさんの趣味で東国の御茶です」

「ワイアット飲んでくれ。ロザンナの淹れてくれる御茶は美味(うま)いぞ」

「うんうん」


 ふぅふぅと冷ましながらワイアットがティーカップを口元へ運ぶ。


 ゴクリ ふぅ~


「これは面白い! しかも美味(うま)いぞ!」

「ありがとうございます」


 ワイアットの褒め言葉にロザンナが嬉しそうな顔で応えた。


 俺も一口飲んで思った。

 確かにワイアットの言う通りに美味(うま)い。

 朝よりも美味(おい)しく感じる。


 食堂で食べたトリッパの味が少し口内に残っていたのだが、全てきれいに流されて行く感じだ。


「うん。ロザンナ、本当に美味しいよ」

「あぁ、これは確かにうまい。久しぶりに東国の御茶を口にするが、本当はこんなに爽やかな味わいなのか?」

「いや、ロザンナの淹れ方が上手いんだ」


 サノスが褒め、ワイアットが驚き、俺がロザンナを推す。


「うんうん。私もそう思う」


 俺のロザンナへ向けた言葉にサノスが上機嫌で更に便乗して来た。


 ワイアットがもう一口、御茶を飲んで口を開いた。


「イチノス、ロザンナまで雇い入れるとは、どこまで店の名を上げる気だ? ん?」

「そうだな、ワイアットの言う通りに、サノスにロザンナまで居れば一流店だよな」


 今度は俺がワイアットの言葉に便乗してみた。

 それを察したのかワイアットが言葉を続ける。


「そもそもロザンナはローズマリー先生のお孫さんだろ? 俺の仲間は全員が先生にお世話になってるんだ」

「ほぉ~」


「いや、仲間だけじゃないな。この街に住む連中の全てが、一度は先生にお世話になってると思うぞ」

「おいおい、ワイアット⋯」


「ロザンナは、そんな先生のお孫さんだぞ大切にしろよ」

「うんうん」

「⋯⋯」


 ワイアットの念を押す言葉にサノスが頷いてくる。

 一方のロザンナが、若干だがモジモジし始めたぞ(笑


 これは、ここで俺からロザンナを雇い入れた経緯を口にするのは不正解だな。

 話すとすれば、サノスとロザンナの立ち位置ぐらいだろう。


「そうだな。サノスは魔導師を目指して弟子入りしたし、ロザンナは今日から魔導師の仕事を勉強に来てくれた従業員だ。二人には頑張ってもらうよ」

「そうかそうか、弟子と従業員か」


 おっと、ワイアットの口元が一瞬上がった。

 これだけの言葉でワイアットが理解してくれたようだ。

 さすがはワイアットと言うしかないな。


「それで、弟子入りしたサノスは、今はイチノスから何を学んでるんだ?」

「今は⋯」

「⋯⋯」


 ワイアットの言葉にサノスが口を開き掛けるが、ロザンナと目を合わせて俺を見てきた。

 これは魔法円の型紙を作っていることを、ワイアットに話して良いかを聞いてるのだろう。


「今は二人とも魔法円の型紙作りだな。そうだ、サノス。御茶を飲んだらワイアットに見てもらうか?」

「「⋯⋯!」」


 俺の言葉にサノスとロザンナが再び顔を見合わせて俺を見てくる。


「ワイアット、本来は魔導師の仕事を見せたりしないが、今日は特別だ」

「おぉ~ 見せてくれるのか?!」


「御茶を飲んだら見せてやるよ。まずはロザンナが淹れてくれた御茶を楽しもう」

「おう、そうだな(笑」


「ゴクリ」


 おいおい、サノス。

 慌てて御茶を飲むんじゃない。

 熱くないのか?


「ごくり」


 あら、ロザンナまで御茶を飲み干そうとしていないか?(笑



 その後、皆が御茶を飲み干すとロザンナが洗い物を台所へと運んだ。

 一方のサノスは作業机の上を片付けると、薄紙に包まれた魔法円を取り出し、ワイアットに説明を始めた。


 俺は夕食用に買っておいたパンとティーポットを手に取り、ロザンナの後を追って台所へ向かった。

 パンは氷冷蔵庫に上に置き、ティーポットは箱から取り出す。


「ロザンナ、洗い物を任せてすまんな」

「いえいえ、サノス先輩のワイアットさんへお披露目ですから」


 そう言ってロザンナが笑ってくれる。

 どうやらロザンナなりに察してくれたようだ。


「本当に申し訳無いが、これも一緒に洗ってくれるかな?」


 申し訳ないと思いつつも雑貨屋で買ってきたティーポットをロザンナへ見せた。


「あれ? イチノスさん、随分とかわいいティーポットですね」

「おう、雑貨屋で買ってきたんだ」


「これで紅茶を淹れたら良い感じですね」

「そうか?(笑」


「イチノスさん、これってまだ売ってました?」

「まだ売ってたと思うぞ」


「色違いがあるかなぁ⋯」

「どうだったかな⋯」


 雑貨屋に置いてあった様子を思い出すが、色違いがあったかを思い出せない。


「すまん、白しか見てなかった。良かったらロザンナとサノスで使っても良いぞ」

「えっ! 良いんですか?」


「俺は明日も朝から冒険者ギルドへ行くから、その時にまた買ってくるよ」

「良いんですか? ありがとうございます」


 そこまで話して、おれはロザンナにお願いした魔石の件を思い出した。


「そうだ、ロザンナ。無事にローズマリー先生へ届けてくれたか?」

「はい、2個も届いて驚いてましたよ(笑」


「ククク 驚いてたか?(笑」

「『また必要になったらロザンナに言えば良いのかしら?』って言ってましたよ(笑」


「そうかそうか、またお使いを頼むことになりそうだな。その時は頼むね」

「はい!」


 ロザンナが元気な声で応えてくれた。

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