12-14 仲睦まじい父娘
「この型紙作り、サノスは家でもやってたよな?」
「父さんは知ってたんだ~」
「そりゃ、可愛い娘のやることは気になるからな(笑」
作業場へ戻るとサノスとワイアットが父娘での会話をしていた(謎
その様子からワイアットには今のサノスが店で何をしているかを理解してもらえたと思う。うん、そう思いたい。
そんな父娘は、俺が作業場へ戻って来たのに気が付きサノスが問い掛けてくる。
「そうだ、師匠。ヘルヤさんの『魔法円』は木板で良いんですか?」
「ん? 木板で良いんじゃないか?」
「いやいや、師匠。私としては石板も有りかと思うんです。ヘルヤさんはリアルデイルに住むんですよね? 新居に置くならやっぱり石板が良いと思うんですよ」
サノスは今まで木板へ魔法円を描いた経験しかないはずだ。
今回のヘルヤさんの注文で、サノスは石板での魔法円に挑戦したいのだろう。
「ククク サノスは石板での魔法円は経験が無いよな?」
「無いですけど、そろそろ石板へ挑んでも良いと思うんです。どうですか? ここは一つ弟子に挑戦させませんか?」
サノス、石板での『魔法円』はかなり大変な作業だぞ。
しかも石板での『魔法円』はそれなりの価格になってしまうし、出来上がりまで時間を要してしまう。
そうしたことを含めて考えれば、石板を希望するか木板にするかは、本来はお客さんが決めることだ。
「石板にするか木板にするかはヘルヤさんが決める事だと思うぞ」
「そうですけど⋯ じゃあ師匠がヘルヤさんに⋯」
そこまで言ったサノスを俺は手で軽く制した。
「サノス、まずは木板で1枚作ろう。その次に石板に挑もう。その二つでヘルヤさんに選んでもらうのはどうだ?」
「う~ん⋯ 両方揃えるには時間が掛かりますよ。逆はダメですか?」
「逆?」
「石板を先にして、後から木板の順番です」
「いや、先に木板にしよう」
そこまで告げて俺はワイアットをチラリと見ればワイアットと目が合ってしまった。
「理由については、ワイアットが居ない時に話すよ」
俺はワイアットへ向き直る。
「ワイアット、すまんが実際にどうやって魔法円を描くか、なぜ石板を後にするかの理由については聞かせられないんだ。理解して欲しい」
するとワイアットが頷いてくれた。
「いや、それは気にしないでくれ。サノスの修行に関しては、俺が口を挟むことじゃないからな」
そこまでワイアットが口にした時に、ロザンナが台所から戻って来て椅子へ座った。
チラリとロザンナを見たワイアットがサノスへ諭すように続けた。
「サノスはイチノスに弟子入りしたがイチノスの店の従業員でもあるんだ。仕事の順番についてはイチノスの指示に従うべきだろう」
「わかりました。順番が違うだけで結局は石板にも挑めるんですから、今はとにかく型紙を完成させるだけです」
そう言ったサノスは、それなりに納得した様子だ。
するとロザンナが口を開く。
「ワイアットさん明後日から調査隊なんですか?」
ん? さっきの店でのお芝居な接客をロザンナは聞いていたな(笑
「あぁ、明後日から出掛けるが?」
「それでポーションが必要なんですよね?」
「いや、あれはイチノスの店に在庫があれば良いなと思ったが、今回はギルドの支給品で我慢するよ(笑」
ワイアットが答えるとロザンナが俺を見てくる。
「イチノスさん、今、お店にはポーションは無いんですよね?」
「無いんだよ。今回の討伐依頼で全て売り切ってしまったんだ」
「作る予定はないんですか?」
「ロザンナ、俺の店ではポーションを作るのは月末の予定なんだ。それに薬草も無いしな(笑」
「それなんですけど⋯ 祖母が言ってたんです」
ん? 何の話だ?
ローズマリー先生が言ってた?
俺はこの場でロザンナが何を言いたいのかが直ぐに理解できなかった。
「ロザンナ、ちょっと待ってくれるかな」
「はい?」
「ローズマリー先生が何を言ってたんだ?」
「薬草が減ってる話です。イチノスさんは薬草が無くてポーションを作れないんですよね?」
ロザンナの言葉を聞いて、俺は冒険者ギルドのタチアナから聞いた話を思い出した。
ポーションの需要が増えていることに加えて
〉求める品質でご希望の量は
〉ほぼ確保できない
〉専門家の意見も伺った結論です
タチアナが言っていた専門家とは、もしかしてローズマリー先生の事か?
そこまで考えて、俺は自分の失念に気が付いた。
俺は来月の薬草手配の話をギルマスとしていない。
〉来月については何も言えません
〉その付近はギルマスと話し合って
来月分の薬草について、タチアナはギルマスとの話し合いを俺に勧めていた。
俺はギルマスとその件について話をしていない。
「どうした? イチノス?」
「師匠、大丈夫ですか?」
「イチノスさん⋯」
「あっ⋯ いや、すまんすまん(笑」
思わず固まってしまった俺に3人が声を掛けてきた。
それに俺は愛想笑いで誤魔化すしか出来なかった。
ギルマスと話し合っていない件を今さら後悔してもどうしようもない。
明日の10時にはギルドへ行くのだ。
そこで話す方が懸命だろう。
むしろローズマリー先生やキャンディスの考えというか見立てが気になる。
〉このままだとイチノスさんの
〉発注に応えられない
そうした懸念をキャンディスが口にしていたとタチアナが言っていた。
「ロザンナ、ローズマリー先生は何と言ってたんだ? すまんが出来るだけ正確に話してくれるか?」
俺がロザンナへ願うとロザンナが椅子に座り直した。
「わかりました。まず、冒険者ギルドのキャンディスさんから相談したいって伝令が来たんです」
「「「⋯⋯⋯」」」
「それで祖母が日曜日に冒険者ギルドへ伺ってキャンディスさんから話を聞いたんです」
「「「⋯⋯⋯」」」
日曜日と言うと⋯
ロザンナを雇う件で、イルデパンとローズマリー先生が店に来た日だよな?
あの時、ローズマリー先生はキャンディスと話があると言ってイルデパンより先に帰ったんだ。
やはりタチアナとキャンディスが意見を伺った専門家というのは、ローズマリー先生の事だ。
「祖母が言うには、キャンディスさんが薬草の量が減ってるのを気にしてるそうなんです」
そこまでロザンナが言うとワイアットが口を開いた。
「その話か⋯」
ん? ワイアットも知ってるのか?
「あれ? ワイアットさんもご存知だったんですか?」
「いや、すまん。ロザンナ続けてくれ」
ワイアットが自分の言葉を悔やみつつロザンナを促した。
「それで家に戻ったときに、祖母から聞かれたんです。最近、薬草はどの付近で採ってるのかって」
「「「⋯⋯⋯」」」
「最近は西の川の手前は薬草が取れなくて、良い薬草は西の川向こうだって答えたんです」
「「「⋯⋯⋯」」」
「以上ですけど⋯」
ロザンナが話を終わらせてきた。
「ロザンナ、ありがとう。今は西の川向こうまで行ってるんだね」
「はい、川の手前だともう難しそうです」
西方での薬草採集は西の川近辺で行っているのを俺は知ってはいた。
しかし西の川を渡った向こうは魔の森の手前で魔物の出現率が一気に高くなる場所だ。
そこまで見習い冒険者達が採りに行っているのは知らなかった。
「川の向こうだと魔の森に近いだろ?」
「そうですね。私達見習いは魔の森に入れませんから、その手前で採ってますね」
「うんうん」
ロザンナの話にサノスが頷いてくる。
「イチノス、いいかな?」
今度はワイアットが口を開いた。
俺が軽く頷けばワイアットが話を続ける。
「ヴァスコとアベルが薬草採集の護衛に行ってるのを、イチノスは知ってるよな?」
「あぁ、知ってるぞ」
「父さんが教えたんだよね」
サノスが軽くチャチャを入れるが、ワイアットは気にせずに話を続けた。
「西の川向こうでの護衛が多いらしいんだ」
「ワイアット、それは今回の薬草採集の護衛が西の川向こうになってるって事だな?」
「そうだ。俺も見てきたが、今の見習いは川を渡った先、魔の森の手前で薬草採集するのが当たり前らしいんだ」
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