19-13 迎えの馬車の中で


 現在、魔導師のイチノスは黒塗りの馬車の個室に一人で乗り込んでおります。


 青年騎士のアイザックですか?


 彼は護衛の騎士ですので、個室後方の従者台に立っております。


 さて、迎えに来たこの黒塗り馬車は以前にも乗ったことのある馬車でした。

 そう、ウィリアム叔父さんの公表の際に迎えに来たのと同じ馬車です。


 馬車へ乗り込む際に、個室の側面、通常ならば貴族の紋章などが掲げられるであろう場所に、紋章が外されたような跡が見えた。


 その跡の着き方に記憶があった。

 そして、個室内の内装を見渡して、更に強い既視感に抱かれ確信した。


 そしてこれは予想なのだが、多分、この黒塗りの馬車もアンドレアが商いの一貫で提供している貸出馬車(かしだしばしゃ)なのだろう。


 商工会ギルドのギルドマスターであるアキナヒは、黒塗りの貸出馬車(かしだしばしゃ)は冒険者ギルドと商工会ギルド、そして街兵士長官のアナキンへ提供されていると言っていた。


 だが、それが全てであるとは思えない。

 アンドレアは馬車軌道の件で、ウィリアム叔父さんにも繋ぎを得ようとしていた。

 多分に、ウィリアム叔父さん=母(フェリス)にも貸出馬車(かしだしばしゃ)を提供しているのだろう。


 アンドレアからの貸出馬車(かしだしばしゃ)の提供を、ウィリアム叔父さんや母(フェリス)が直接は受けず、コンラッドが間に入っているんだろうな⋯


 もしかして、街兵士長官のアナキンへ貸し出したものが、こうして迎えに来たのだろうか?


 いやいや。

 そんなことを、どうして俺は考えているんだ?

 どんな馬車だろうと、迎えに来てくれたその世話をしてくれた意識というか心遣いに感謝するべきだろう。


コンコン


 個室の外から叩く音がする。

 これは個室の後ろの従者台に立った、青年騎士(アイザック)が叩いているのだろう。


 背もたれ上部の小窓を開け、アイザックへ応える。


「アイザック、どうした?」


「イチノス様、先ほど話しましたとおり、もう一名の方を迎えに行きます」


 青年騎士(アイザック)が伝えてきたことは、乗り込む際にも聞かされていたことだ。


 個室の窓から外を見れば、東西に走る大通りへ向かっているのがわかる。


「アイザック、結局、誰を迎えに行くんだ?」


「⋯⋯」


 同乗者が誰かの問い掛けに、先ほどと同じく青年騎士(アイザック)からの応答がないのは、コンラッドからの指示なのだろう。


 ほどなくして馬車の速度が落ちる。

 窓から見える景色は、東西に走る大通りの手前だ。


 再びゆっくりと動き出した馬車は、曲がる様子を感じさせない。

 このまま大通りを渡って、教会のある西町南方面へ向かうようだ。


 もしかして、教会長のベルザッコを迎えに行くのだろうか?


 馬車は東西に走る大通りを渡り、西町南へと入って行った。


 教会長を迎えに西町の教会へ向かうならば、しばらく進んでカレー屋の通りを越えて右に曲がれば⋯


ん?


 馬車が速度を落としているようだ。

 こんなところで、誰かを乗せるのか?


 そう思っていると馬車が止まった。


(*** お待たせしてすいません!)


 青年騎士(アイザック)が声をかけている。


コンコン


 個室の扉をノックする音がする。


「イチノス殿、同乗者をお願いします」


 聞き覚えのある声だ。


 その声に応えて、個室の扉を半分開けると、その動きに応じて外側から更に扉が開けられた。


 するとそこには若い街兵士が立っていた。

 あの女性街兵士から財布にされた若い街兵士だ。


ん?


 彼を乗せるのか?


 そう思った時に、若い街兵士の後ろにローズマリー先生ともう一人の街兵士の姿が見えた。


「ご一緒させてもらいますね(笑」


「ククク 先生だとは思いませんでした(笑」


 朗らかに笑うローズマリー先生へ手を貸せば、笑顔で乗り込んできた。

 俺は個室内の上座をローズマリー先生へ譲ろうとしたが、それを手で制されてしまった。


「イチノスさんは今日の主役なんだから、そういうのは気にしないで(笑」


 そんなローズマリー先生の言葉に、俺は持ち上げた腰を下ろし直すしかなかった。


 ローズマリー先生が乗り込むと、個室の扉が閉められ、個室後方の従者台にもう一名が立ったのを感じた。

 あの若い街兵士が、青年騎士(アイザック)と共に護衛として従者台へ立ったのだろう。


 するとほどなくして馬車が動き始めたので、俺はローズマリー先生へ問いかけて行く。


「まさか、先生が同乗者とは思いもしませんでした。先生も就任式へ出席されるのですか?」


「フフフ 残念ながら私は出席はしないわよ(笑」


「出席はしない?」


 朗らかな笑顔で応えるローズマリー先生に、俺は思わず声を出してしまった。


 そんな俺の様子を気にせず、ローズマリー先生は言葉を続けた。


「シーラさんの治療と薬草の件で呼ばれたのよ(笑」


あぁ、そういうことか⋯


 シーラも就任式に出席するから、今日はまだ先生の治療を受けていないんだな。

 きっと就任式の前か後で、先生から治療を受けるのだろう。


 それに加えて薬草の件というのは、ロザンナが口にしていた、西ノ川の手前で薬草が採れなくなっている件だろう。


 そう考えると、領主であるウィリアム叔父さんがローズマリー先生を領主別邸へ呼び出したのは⋯


 俺の口にした、「先生も就任式へ出席するのか?」という問いかけは全くの的外れだ。

 就任式のことではなく、シーラの治療もさることながら、薬草の件が主体ではないだろうか?


 冒険者ギルドのギルマスである、ベンジャミン・ストークスも今日の就任式に出席する予定だと、商工会ギルドのアキナヒが口にしていた。

 薬草の専門家である先生の意見と、その薬草を採取する元締め的な立場のギルマスを、ウィリアム叔父さんが呼んで話し合いをするということだ。


 これは、既に領主であるウィリアム叔父さんに薬草が採れなくなってきていることが伝わっているのだろう。

 冒険者ギルドでポーションを作り始めたことで、需要と供給のバランスが明らかに崩れたのかもしれない。


 そういえば、イルデパンが街兵士へもポーション供給を求めていたよな?


待てよ?


 そのことまで考慮すると、今日の領主別邸にはストークス家の次男で街兵士長官のアナキンも来るのか?

 そうなると、就任式の後でウィリアム叔父さんと話す時間なんて取れない気がするな。


 これは、就任式が終わったら早々に解放される気がしてきたぞ。


 そんなことを考えていると、先生が孫娘のロザンナの話をしてきた。


「イチノスさん、ロザンナが迷惑をかけてないかしら?」


「いえいえ、毎日店番をしてくれて助かってます」


「そうだ! イチノスさん!」


「!!」


 個室内に響くローズマリー先生の大きな声に驚いていると、思わぬ話を投げてきた。


「ロザンナに日当を払ってるんですって?」


「えっ?!」


「今月は無給だったはずよね?」


「えっ、えっ?!」


「ロザンナったら急にお金を手にしたからかしら、魔石が欲しいとか言い出したのよぉ~」


「そ、そうですか⋯」


ごめんなさい


 良かれと思って店で使う魔石を、ロザンナに貸し出してしまいました⋯

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