15-4 先生の教え


 水を飲む皆へ、俺はそれとなく魔力切れに関わる話をすることにした。


「皆は腹が減ってないか?」


「「「???」」」


 俺の言葉に、アルフレッドもブライアンも、そしてワイアットも驚きが混ざった微妙な顔でお互いへ目を向けた。


『イチノス、さっき朝飯を食べたばかりだろう(笑』


 3人から、そんな言葉が今にも返ってきそうな感じだ。


『イチノスは以外と食いしん坊なんだな(笑』


 そうした言葉が出るかもしれないな(笑


 遠回しな表現ではなく、ハッキリと『魔力切れ』について伝えた方が良いのだろうか?


 そうしたことを考えながら、俺は手にした魔法円を片付けるために自分のリュックへ向かおうとすると、ワイアットが声を出した。


「イチノス、もしかして⋯ 魔力切れか?」


 さすがはワイアットだ。

 俺の少しの言葉で理解を示してくれた。


 ん? 待てよ?


 ワイアットは魔剣に魔素を流したり、回復魔法も使えるぐらいだから『魔力切れ』については、それなりの理解があるかもしれない。


 だが、アルフレッドとブライアンはどうなんだ?


 二人は俺の描いた魔法円に魔素を流せることから、魔素が扱えるのはわかっている。

 店へ魔法円を買いに来た際には、俺の目の前で魔素を流して水を出している。


 けれども、アルフレッドとブライアンの二人が、普段、何に魔素を使っているかを俺は知らない。

 それに二人が『魔力切れ』を、どの程度まで理解しているかを、俺は知らない。


「アルフレッド、ブライアン。イチノスが言いたいのは、皆が魔力切れを起こしかけてるってことだ」


「魔力切れって⋯」


「ほら、あれだよ」


 ワイアットの言葉にブライアンが戸惑い、アルフレッドが思い出せと促すような言葉を続けた。


「二人とも、ギルドからポーションを⋯ チっ 今回はポーション無しだったな」


 ワイアットが舌打ち混じりにポーションの話をしてくる。


 俺も含めて今回の調査隊では、誰もポーションを持ってきていないようだ。


「イチノスはポーションを持ってるか?」


 ワイアットは店に来た時に、ロザンナからポーションの在庫が無いと言われたのを忘れてしまったのだろうか?


「ワイアット、俺の店に在庫が無いのを忘れたのか?(笑」


「そ、そうだったな(笑」


 するとブライアンとアルフレッドが魔力切れに関して話を始めた。


「アルフレッド、魔力切れって⋯ あれか?」


「ブライアン、先生から話を聞いただろ? それに配られた紙にも書いてあっただろ」


 先生から聞いた?

 どこの先生だ?

 もしかしてローズマリー先生のことか?


「ポーションが無い時には⋯」


「何かを食べる⋯ だよな?」


 ブライアンの投げ掛けにアルフレッドが答ながら俺を見てくる。

 いや、そこで見るべきはワイアットだろ?


 そう思ってワイアットの居た場所を見ると姿が見当たらない。


 どこへ行ったんだ?

 そう思って皆の荷物を置いた場所を見ると、既にワイアットは自分のリュックから何かを取り出そうとしていた。


 アルフレッドとブライアンもワイアットを見つけたのか、後を追うように自分達のリュックへと小走りに向かった。



 古代遺跡の石扉の前には、食卓にふさわしい高さと適度な広さの石が鎮座している。

 俺が魔法円を描き換えた際に、道具置き場にした石だ。


 その石を食卓代わりにして、ワイアット、アルフレッド、ブライアンの3人がパンと干し肉での食事を終えようとしている。


 俺が立番を買って出たのだが、3人は干し肉とパンを水で流し込みながらも、周囲への警戒を怠らなかった。

 その周囲への警戒を怠らない様子は、冒険者としての習性だと学べるものだった。


 一方の俺は『湯沸かしの魔法円』と木製のコップを出して、周囲を見ながら御茶を淹れて一息入れている。


 美味くない御茶を一口飲み、俺は先ほどの『先生』の言葉が気になり、食事を終えたアルフレッドとブライアンへ問い掛けた。


「アルフレッド、先生の話ってローズマリー先生のことか?」


「あれ? イチノスは知らないのか?」


「アルフレッド、イチノスは知らないかもしれんぞ」


「うんうん(ムシャムシャ)」


 アルフレッドの答をブライアンが補ってくる。

 ワイアットは食事を終えておらず、干し肉とパンの咀嚼で忙しそうだ。


 そこまでの様子を見て、これなら俺やワイアットが急いで回復魔法を施す必要は無さそうだと判断した。


「それにしても、イチノスはよく気がついたな?」


「みんなが魔素を流す様子を見ていて、ちょっと気になったんだ」


「とにかく、気が付いてくれて助かったよ」


 アルフレッドが俺の出した水を飲みながら礼を述べてきた。


 この様子なら、アルフレッドはそれなりに魔力切れについての知識は持っていそうだ。


 魔力切れの知識を持っているなら、アルフレッドやブライアンが、普段はどんな風に魔素を使っているかを問うのは止めておこう。

 冒険者であるが故に、魔素を使った独自の特技か何かがあるだろう。


 弟子入りしたサノスの父親であるワイアットであっても、俺は魔剣と回復魔法に魔素を使っていることしか知らされていない。

 それら以外に魔素を使った特技があるかもしれないが、俺は聞かされていないし聞いてもいない。


 そう考えると、今さらアルフレッドとブライアンへ『普段の魔素の使い方』を問うのも変な話だ。


 ここで敢えて二人へ問うなら魔石を持っているかぐらいだろう。

 魔石を持っていて、魔石から魔素を取り出して魔素を使っているなら魔力切れは起きにくい。


「イチノス、すまんがもう一杯、水をくれ」


 そう言ったブライアンが先ほど水を入れた木皿を出してくる。

 俺はその木皿へ水を出しながらブライアンへ問いかける。


「ブライアンは魔石を持ってるよな?」


「あぁ、持ってるぞ」


「次に魔素を流す時は、きちんと魔石を使えば魔力切れは防げるぞ」


「カカカ、確かにさっきは魔石のことを忘れてたな(笑」


 ブライアンの様子から、やはり早く開けたい思いが先走っていたのだとわかる。

 そんなブライアンが水の入った木皿を引っ込めると、今度は木製のコップが突き出された。

 今度はアルフレッドのようだ。


「アルフレッドも魔石は持ってるよな?」


「あぁ、持ってるぞ。俺もブライアンと同じだよ。魔石を使うのを忘れてたよ(笑」


 そう言って照れくさそうな顔を見せてきた。

 アルフレッドもブライアンと同じく、開けたい思いが強かったようだ。


「イチノス、俺にも頼む」


 今度はワイアットが鍋を突き出してきた。


「ここに出していいのか?」


「あぁ、頼む」


 ワイアットの返事が聞こえたので、俺は鍋へと水を出して行った。


「ワイアットも魔石を使うのを忘れたのか?(笑」


「そうだな。それもあるが、久し振りに両手で魔素を流したからかな?」


 あれ? 昨日も両手で魔素を流してたよな?


「昨日も両手でやったが大丈夫だったのか?」


「昨日はサノスに言われたのを思い出しながらやったんだよ」


「サノスに言われた?(笑」


 サノスがワイアットに何を言ったんだ?


『父さん、もっと丁寧に流して。それとちゃんと魔石から魔素を取り出しながら流して!』


 はいはい。

 さすがは親子ですね似てますよ(笑



 皆が魔力切れ解消のための食事を終え、木製コップやら鍋やら木皿を片付けた。


 俺も皆に合わせて御茶を入れるのに使った魔法円やコップを自分のリュックへと押し込んだ。


 皆の準備が整ったところで、石扉下段の魔法円の下へ、湧き出るであろう砂を集めるためのシーツを拡げて行く。


 そうした一連の準備が終わると、石扉下段の魔法円の魔素注入口へと皆が手を添えて行く。


「「「よし、イチノス頼むぞ」」」


 3人の掛け声で俺は胸元の『エルフの魔石』から魔素を取り出し、手を添えた中央付近の魔素注入口へと魔素を流して行く。


「いいぞ!」

「おう」「よし」「うしっ」


 俺の声に合わせて3人が魔素を流し始めると、石扉の間や下段の魔法円が描かれた石板の背後から、砂が湧き出てきた。


 その砂の出具合は、先ほどよりも穏やかだ。


 それとなく3人を観察すれば、皆が胸元の魔石から魔素を取り出し魔素注入口へと魔素を注いでいた。

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