15-3 皆が軽い魔力切れ


 現在、魔導師のイチノスは、体格の良い成人男性二人が台の上で絡んでいるの見せられている。

 朝から男同士の絡みなど見たくは無いのだが、これは致し方無いのだろう。


「なあ、もう一つ台を作った方が良くないか?」


「いや、大丈夫だ」


「おい、ブライアン。落ちそうだから、もっと詰めてくれよ」


 そうした会話をしながら、昨日と同じ配置でワイアットとアルフレッド、そしてブライアンの3人が、4つの魔素注入口へ手を伸ばそうとしている。

 皆で話し合い、古代遺跡入口の石扉を閉じている上段の魔法円からとなったのだが⋯


 ワイアットは一人で台に乗っているので問題ないが、アルフレッドとブライアンは二人でひとつの台に乗っているので狭いのだろう。


 ブライアンとワイアットが作ってくれた台は、俺が一人で作業する際には問題なかったのだが、こうして体格の良い成人男子二人(アルフレッドとブライアン)が一緒に乗るには狭いようだ。


「「よし、イチノス頼むぞ」」


 何とか二人の立ち位置が決まったのか、俺からの合図を求めてきた。

 俺はその声に応えて片手を伸ばし、中央の魔素注入口へ手を添えた。


 胸元の『エルフの魔石』から魔素を取り出し、魔素注入口に添えた手へ魔素を流し始めた所で3人へ声を掛ける。


「いいぞ!」


「おう」「よし」「うしっ」


 3人が魔素を流し始めると、石扉の間や上段の魔法円が描かれた石板の背後から、砂が湧き出てきた。


 ザザ⋯ ザザザ⋯


 湧き出た砂が音を立てて足元に広げたシーツへと流れ落ちて行く。


 砂の湧き出し具合は、昨日の中段の魔法円を開けた時とは比較にならない程に強い気がする。


 流れ行く魔素へ目をやれば、かなりの勢いを感じる。


 勢い良く流れる魔素に、俺は3人のやる気を感じた。


 ブライアンの流す魔素はかなり勢いがあるし、昨日より明らかに多い気がする。

 これは早く開けたい思いが強く現れているのだろう。


 ワイアットとアルフレッドの流す魔素にも、昨日より勢いを感じる。

 ブライアン程ではないが、二人も逸る気持ちを抑えれないのだろう。


 とはいえ、3人がこれだけ勢い良く魔素を流すのを見せられると、少々、気に掛かることもある。


 そんなことを考えていると、石板の背後や石扉の間から流れる砂が緩くなってきた気がする。


「よし、止めてくれ!」


 俺が合図すると、全員が魔素注入口から手を離した。


 それでも残った砂がサラサラと流れ続け、足元のシーツへと溜まって行く。


 アルフレッドとワイアットが台から飛び降りるが、ブライアンは一人で台の上に残った。


 台の上に残ったブライアンが腰から剣を抜くと、石扉の隙間へと差し込んだ。


 迷うことなく、ブライアンは差し込んだ剣を動かして石化の解け具合を確かめて行く。


 差し込まれた剣が動く度に、流れ落ちずに溜まっていた砂が足元のシーツへバサバサと落ちて行く。


 ブライアンが剣を数回抜き差しすると、今度は石板と石扉の間へ剣を差し込み、砂を落としながら石化が解けているかを確認して行った。


「どうだ? ブライアン?」


「うん、大丈夫だ。問題なさそうだ」


 ブライアンがアルフレッドへ応えながら台から降りてきた。


 ワイアットとアルフレッドが頷きながら、下段の魔法円へ目を向けている。

 どうやらこのまま、下段の魔法円にも取り掛かろうという感じだ。


「このまま下もやるよな?」


 案の定、ブライアンが聞いてきた。

 今すぐに下段の魔法円にも取り掛かるんだろと言わんばかりに、皆の顔を見ながらブライアンが聞いてきた。

 確かにブライアンの言うとおり、残るは下段の魔法円だ。


 だが、俺としては少しだけ気に掛かる事がある。

 先程の皆が流す魔素の量や勢いから、この3人が魔力切れを起こしていないかが気になるのだ。


 俺のような魔導師であれば、この程度の魔素の扱いは気にはならない。

 ましてや先ほどの俺は、胸元の『エルフの魔石』から魔素を取り出して流しているのだ。


 けれども、ここにいる3人は魔導師ではなく冒険者だ。

 それに皆が身に付けた魔石から魔素を取り出して魔法円へ流しているのを、俺は確認していなかった。


 ましてや昨日の俺は、冒険者と魔導師の違いを忘れて、皆へ迷惑を掛けてしまった。

 そもそも昨日の中段の魔法円を開けた際に、俺は皆へ魔力切れを気遣うのすら忘れていた。


 この調査隊が終るまで、皆の魔力切れを気遣うのは魔導師である俺の役目だろう。

 魔力切れの症状は気持ちが昂っていると出にくいので、俺は間を開けるために、皆へ提案をする事にした。


「いや、この下段に魔素を流す前に、溜まった砂を片付けないか?」


「まあ、そうだな」


「確かに片付けた方が良さそうだな」


「うんうん」


 3人が俺の指差す足元の砂を見て頷いてくれた。

 そこにはシーツに溜まった砂が小山を作っていて、下段の魔法円へ4人がかりで魔素を流すには、少々、足元が乱雑な感じだ。


 皆が同意してくれたので、4人がかりでシーツの端をつかんで石扉の前からずらして行く。

 そのずらす先は、昨日、中段の魔法円を開けた際の砂が溜め置かれた、もう一枚のシーツの方だ。


 手にしたシーツに乗った砂と、昨日、溜め置いた砂の量を比較しながら俺は3人へ更なる提案をした。


「すまんが、一杯、水を飲ませてくれ」


「おう、そうだな。俺も飲みたかったんだ」


「ブライアンもか? 俺もだ。ワイアット、一息入れないか?」


「そうだな。この調子なら下のも直ぐだろう」


 俺の提案を受け入れて、皆が石扉の脇に置いていた自分のリュックへ向かおうとする。


 それを俺は引き留めた。


「いや、俺が言い出したんだ。俺が水を出すからコップだけ持ってきてくれ」


「えっ?」「ん?」「⋯⋯」


 皆が動きを止めて、驚きを含んだ顔で俺を見てくる。


 なんだよ!

 俺が皆へ水を出すのがそんなに変なことか?


 と、一瞬、思ったが、ここはグッと堪えるべきだろう。


 今の俺は、皆が魔力切れを起こしかけていないかに気を配る時だ。

 ここで皆に魔素を扱わせて、それが原因で魔力切れを起こされたら意味がない。


「俺が水を出すのが嫌なのか?(笑」


 プルプル

 いち早く、自分の荷物から木製のコップを取り出したアルフレッドが首を振っている。


「ブライアンは?」


「いやいや、俺はイチノスに出してもらうぞ!」


 そう言って動き出したブライアンは、自分自身のリュックへと向かい直した。


「ワイアットは⋯」


 そこまで言いかけワイアットを探すと、既に自分自身のリュックから鍋を取り出そうとしている。


 そこで鍋かよ?!


 俺は3人の行動を視界に置きながら、自身のリュックから『水出しの魔法円』を取り出した。


「じゃあ、頼む」


 そう言って、いち早く木製のコップを出してきたのはアルフレッドだった。


「じゃあ、出すぞ」


 アルフレッドに答えながら出されたコップへと魔法円を使って水を出して行く。

 手にしたコップが満たされると、アルフレッドが直ぐに俺の前から外れ、後ろに控えるワイアットへ順番を譲った。


「悪いなイチノス」


「俺が言い出したんだ、気にするな(笑」


 俺はワイアットの手にする鍋へ魔法円を片手に水を出して行く。


 礼を告げるワイアットの向こうでは、アルフレッドが美味そうにコップを顔の上まで上げて水を飲み干している。


 ワイアットが次のブライアンへ順番を譲ると、目の前に木皿が見えた。


「ブライアンは⋯ 木皿か?(笑」


「折角、イチノスが出してくれるんだ。勿体ないだろ?(ニヤリ」


 木皿を持ったままでブライアンがニヤリと笑う。


 まあ、ワイアットの鍋よりはマシだと思いながら魔法円を使って水を出して行く。


「イチノス、急にどうしたんだ?」


「ん?」


 ブライアンの木皿が消えたかと思うと、アルフレッドがコップを突き出しながら聞いてきた。

 これはお代わりを望んでいるのだろう。


「寝かせてくれた礼だよ(笑」


「そうか(笑」


「それと美味い食事の礼だな(笑」


「おう、野営での食事は任せとけ!」


 アルフレッドが水の満たされたコップを片手に嬉しそうな顔で答えてきた。


 そんな彼らの様子を見て、俺は全員が軽い魔力切れを起こし始めていると感じた。

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