16-20 開拓団は王都から
俺を含めた調査隊の4人と商人達の4人、言わば同じ長机に座った者同士でエールジョッキを掲げた。
この後、俺は商人達から質問責めになるのかと思っていたが、実際にはそうはならなかった。
それは、他の長机に座っていた冒険者達が、商人達から奢られたエールの礼と、挨拶を述べるための列を成したからだ。
奢られたエールの礼を述べる冒険者達はどこか義理堅く、順番に商人達へ挨拶を重ねて行く。
「ありがとうな」
「ご馳走さん」
「また使ってくれ」
「遠慮なく貰うぞ」
「次は指名してくれ」
列を成した冒険者達は、口々にそんなことを告げて行く。
冒険者達は皆、器用に商人達への護衛に自分を売り込んでいる。
そんな感じの冒険者達からの挨拶に、商人達が丁寧に応えている。
冒険者達が交代で商人達へ声を掛け、それに商人達が応える様は、脇から見ていても大変そうだ。
この後に、俺もこの商人達から同じ様に個別に問われるのか?
それはなんとか避けたい気分にさせられる風景でもあった。
「「「「ふぅ~」」」」
立ち並んだ冒険者達からのお礼や挨拶、そして売り込みの波が引いていくと、商人達が揃って息を吐いた。
この先に訪れるであろう、商人達からの個別の質問を避けるには、このタイミングでの先制攻撃が良さそうだ。
そう思って商人達へ話し掛けようとすると、俺より先にアルフレッドとブライアンが口を開いた。
「イチノスの紹介はこれで良いよな?」
「そうだな、俺もこれ以上の紹介は難しいぞ」
二人の言葉にそれぞれの隣に座るノムダケ商会のヨエルゾとホッチリ商会のカライカが応えた。
「ブライアンさん、ありがとうございます」
「こちらこそ、無理を言ってすいません」
そして隣へ座ったモンダラ商会のヤセルダへ、ワイアットが少し踏み込んだ問い掛けをした。
「それでヤセルダさんは、イチノスに何を教えて欲しいんだ?」
ワイアットがそこまで言ったところで、商人達の視線が俺へ集まった。
その視線に応えて俺は手を上げた。
「皆さんの気持ちを止めるようですまない。『月曜の公表』の件についての質問なら勘弁して欲しい」
「えっ!」
「うっ!」
「おっ!」
俺の発した『月曜の公表』の指摘は、商人達にとっては図星だったらしく変な声を出してきた。
俺は商人達の戸惑いを無視して話を続けて行く。
「皆さんは、リアルデイルへ『開拓団が来る』話しは知ってますよね?」
「「「「うんうん」」」」
俺の『開拓団が来る』の言葉で、商人達の目に少しの明るさが戻り、前のめりになった。
「ですが、開拓団の具体的な『時期』について、私は何も知らされていないのです」
「「「「⋯⋯」」」」
再び落胆した思いが商人達の顔へ混ざるが、それを無視して俺は話を続ける。
「従って『開拓団がいつ来るのか』と問われても答えれません」
「「「う~ん」」」「⋯⋯」
残念そうな溜め息のような声が漏れ聞こえてくるが、それでも俺は話を止めない。
むしろ店へ来られる可能性を排除する言葉を続ける。
「そしてこの答は、店へ来て面会を申し込んでも変わりません(笑」
「カカカ」「ハハハ」「ククク」
今度はワイアット達の笑い声が聞こえた。
「むしろ面会を申し込むなら、今すぐ冒険者ギルドのギルドマスターであるベンジャミン・ストークスへ申し込んでください(笑」
「そうだよなぁ」
「うんうん」
「だろうな」
「「「「⋯⋯」」」」
敢えてギルマスの名前を呼び捨てにしたことからか、ワイアット達は納得気味な声を返してくれた。
だが商人達は相変わらず混乱の混ざった視線を向けてくる。
「さて、これで話を終わりにしては、エール一杯分の価値が無いですね(笑」
「ククク」「カカカ」「ハハハ」
「「「「!!!!」」」」
「ですので個別の質問には答えられませんが、公表された資料で『開拓団』について、少しだけ掘り下げた話をしましょう」
「「「「おぉ~!」」」」
「「「???」」」
俺の提案に商人達の顔に喜びが現れ、ワイアット達の頭に疑問符が浮かぶ。
「まず、開拓団が『いつリアルデイルへ到着するか』ですが、この中にご存じの方はいますか?」
「イチノスさん、むしろそれを教えて欲しいんです」
「そうです、何人ぐらいの開拓団が⋯」
「いつ頃来るのか⋯」
「⋯⋯」
3人の商人が自分の知りたい事を重ねてくる。
何故か俺の隣に座ったウマイゾ商会のイワセルは黙って聞いている。
俺は誰とは指名せずに問い掛ける。
「誰か公表の資料を持ってませんか?」
「これで良いですか?」
それまで黙っていたイワセルが、紙を束ねた資料を即座に渡してきた。
その資料は皺も少なく綺麗な感じだ。
「ありがとう」
資料を受け取り、長机に座る商人達へ目を戻せば、商人の全員が手に資料を持っていた。
どこから出したのかと問いたいが、俺はその思いを堪えて言葉を続ける。
「この資料の中で『開拓団』の言葉は何処に書かれています?」
ガサガサ ペラペラ
そう指摘すると商人達の全員が資料を捲り始める。
捲り行く資料には皺がより、幾多の書き込みが垣間見えた。
きっと、何回も読み直したのだろうと思えるものだ。
ペラペラ ガサガサ
資料が捲られる音が止むまで待つか⋯
ガサガサ ペラペラ
気が付けば、周囲の長机でも同じように冒険者の何人かが資料を捲る姿が視界へ入ってくる。
「『勅令』と⋯」
「『西町の拡大』だけか?」
「そうだな他の『製鉄所』とか⋯」
「『馬車軌道』には⋯」
「書いてないな⋯」
周囲の冒険者達が口々に呟いてくる。
冒険者達の声が聞こえたところで、ワイアットの隣で食い入るように資料を見ているモンダラ商会のヤセルダへ問い掛ける。
「ヤセルダさん、これを見てどう思います?」
「どうと言われても⋯ 『開拓団の受け入れ』としか書いてないが⋯」
「おしい。ヤセルダさん、もう一声」
「おしい?! イチノスさん、何か足りないんですか?」
「『王都から』開拓団が来るんです」
俺は敢えて資料に書かれているとおりに『王都から』と言葉を添えてみた
「そうか!」
そう呟いたヨエルゾの顔が一気に明るくなった。
そのヨエルゾの声に、向かい側に座るヤセルダが反応した。
「ヨエルゾさん、何かわかったんですか?!」
「ヤセルダさん、王都での人の動きですよ」
「ん?! そうか! 「開拓団は王都から来るんだ!」」
モンダラ商会のヤセルダとホッチリ商会のカライカの言葉が重なった。
これで3人の商人は気が付いたということだ。
ガサガサ ペラペラ
再び資料を捲る音が、あちらこちらから聞こえてくる。
「うんうん」
「そうかぁ、気付かなかった」
周囲の資料を捲る音に混ざって頷く声が聞こえてくる。
これなら俺が、個別に商人達からの質問責め、答えられない質問責めに会うこともないだろう。
この考えは『王都開拓団が来る』と聞いた時から思っていた。
出発が王都と決まっていれば、王都で開拓団の動向を知れば、リアルデイルへ来る時期や開拓団の規模は推し量れるのだ。
そう思っていると、ブライアンの手が伸びてきた。
ブライアンが俺の手から、ウマイゾ商会のイワセルから受け取った資料を持って行く。
そして、資料を数枚眺めたブライアンが聞いてきた。
「なあ、イチノス」
「ん?」
「結論として、開拓団はいつ来るんだ?」
おいおい、ブライアンは理解していないのか?
そんなブライアンへ、資料を渡してきたウマイゾ商会のイワセルが問い返す。
「ブライアンさん、王都からリアルデイルへ来るのに何日かかります?」
「王都からか? 早馬なら2~3日ぐらいだな。駅馬車だと1週間掛かることもあるな」
「ククク」
笑いを漏らしながらアルフレッドが口を開く。
「ブライアン、開拓団が早馬や駅馬車で来ると思うか?(笑」
「えっ? じゃあ何で来るんだよ。流石に歩いて来るのは⋯」
「はぁ~」
アルフレッドが呆れるような溜め息を漏らした。
─
◆公表の資料は以下をご参照ください
11-9 抱き合う女性同士その先は
11-10 そして全てが消えて行きました⋯
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