14-4 女性冒険者姉妹との出会い


 俺とブライアンの前で、ワイアット達を追い抜いて来た荷馬車が止まった。


 サカキシルへの定期便である荷馬車の御者席には、馬の手綱を握る年配の男性御者と、茶髪をショートボブにカットし皮鎧を着けた女性冒険者の姿があった。


 この女性冒険者には記憶がある。

 俺の店に一度来たことがあり、その際に携帯用の水出しの魔法円を購入していった方なのだが、名前が直ぐに思い出せない。


 女性にしては短目の髪型であることと、その豊満な胸元が印象的な女性だ。

 そうした印象があるのに、どうも俺は彼女の名前を度忘れしてしまい思い出せない。


 その女性冒険者が俺とブライアンへ目をやり、ブライアンに向かって声を掛けた。


「お~い、ブライアン!」

「おう、リリア! ご苦労さん」


 そうだ思い出した、女性冒険者のリリアさんだ。


「一緒にいるのは、魔導師のイチノスさんだろ? 随分と珍しい組み合わせだな(笑」

「ハハハ そう言うなよ俺も驚いてるんだ。リリアは定期便か?」


「おう、今日から定期便を再開するんだ」

「そうだ、リリア。ちょっと教えてくれ」


 そう言ったブライアンがリリアの側へ行き何かを話している。


 ブライアンとリリアが話を始めたので、俺は久しぶりに西ノ川の様子を眺めることにした。

 西ノ川に来るのは2度目で、初めて来たのはリアルデイルに引っ越してきてしばらくしてからだから⋯ 秋頃だったはずだ。


 登り切った土手の上から眺める景色は、広い河原と広い水面が丁寧に整備された景色だ。

 こぶし大の石を敷き詰めた広い河原には、ところどころに短い草が密集している。


 見応えを感じるのは、河原へ下る土手に橙色の花と深紅の花が混ざって咲き誇っていることだ。

 リアルデイル側の土手には橙色の花が多く、対岸の魔の森側には深紅の花が目立つ気がする。


 西ノ川そのものは川幅も広く、リアルデイルの東西に走る大通りぐらいの幅がある。

 川面は緩やかで音もなく流れている感じだ。


 河原付近の浅い水辺からは想像できないが、西ノ川は川幅の中程まで進むと、それなりの深さになるという。

 その深さがあるおかげで、今も荷物を積んだ荷船が北方の上流からゆっくりと流れに任せて下っている。

 荷船の船首に立った二人の男が長い棹を携え、船が河原に捕まらないように警戒している。


 そんな西ノ川には魔の森へと続く石造りの橋が掛けられている。

 西ノ川の水面から橋まではかなりの高さがあり、2階建ての俺の店と同じぐらいの石橋だ。

 今も橋を潜った荷船のマストが、石橋に掛からないかと船上の男達が注意を払っている。


 そんな景色を眺めていると、涼しい風が低く吹いてマントを脱いだ俺を冷まし、実に気持ち良い。


「じゃあ、ブライアン。先きに行かしてもらうぞ」

「おう、気を付けてな」


 リリアとブライアンが挨拶を終えると、サカキシルへと向かう定期便の荷馬車が動き出した。


 リリアと御者の乗る荷馬車が石橋へ向かうのを眺めていると、荷馬車の後ろにリリアと似た髪型の若い女性冒険者の姿が見えた。

 その若い女性冒険者が軽くブライアンへ会釈した気がする。


 涼しい風に身を委ねて荷馬車を見送っていると、ブライアンが話し掛けてきた。


「イチノスはリリアを知ってるよな?」

「一度、店に来たな」


「そうか、リリアもイチノスのお客さんか(笑」

「女性冒険者は珍しいから覚えてるよ。後ろに乗っていた女性も冒険者なのか?」


「後ろに乗ってた女性冒険者? シンシアだな。あの二人は姉妹なんだよ」


 姉妹で冒険者か⋯


「どうした、イチノス? あの二人が気になるのか?(笑」


 そう言ったブライアンが胸元で膨らみを示す手付きをする。


「いやいや、特には気にならないぞ(笑」


 姉妹で冒険者とか、兄弟で冒険者というのもありそうな話だ。


「あの姉妹の家は父親と母親も冒険者だったんだ」


 父親と母親って⋯

 両親揃って冒険者なのか?


 いや待てよ⋯

 ブライアンは『冒険者だった』と過去形で言ったよな?

 もしかして、両親は既に冒険者を引退したのだろうか?


「5年前の大討伐を機会に、両親は夫婦で引退してサカキシルに宿を構えたんだよ」

「ほぉ~ じゃあ宿屋の娘姉妹が冒険者と言うわけか」


 それならサカキシルへの定期便の護衛をしているというのも頷ける。


 それにしても、またここでも5年前の大討伐か⋯

 ロザンナの両親を奪った5年前の大討伐は、何かにつけてリアルデイルの人々、特に冒険者達に深く強い何かを残している気がする。


「それより、リリアはイチノスの店で何を買って行ったんだ?」


 ん? 何を買っていったか?

 そこはブライアンでも言えないぞ(笑


「いやいや、お客さんが何を買って行ったかなんて言えないだろ?(笑」


「ハハハ」「ククク」


 ブライアンとそんな会話をしていると、アルフレッドの声がかかる。


「イチノス、ブライアン」

「おう、終わったか?」


「待たせたな」


 いつのまにやら、アルフレッドが俺達に追い付いていた。


「いや、待ってないぞ。それより穴は埋まったのか?」

「あぁ、終わった。皆がやってくれるから助かるよ」


 そう言って荷車に集まる見習い冒険者達へと目をやる。


 荷車では見習い冒険者達に囲まれてワイアットが魔法円と鍋を取り出していた。

 あれは水を出すのだろう。


「ワイアット、水を出すのか?」

「おう、皆に飲ませる約束をしたんだ」


「みんな、きちんと並べよ」


 俺とワイアットの会話には目もくれず、アルフレッドが見習い冒険者へ声を掛ける。

 それを受けて、見習い冒険者達がコップを片手に列をなした。


 荷車の荷台に魔法円を置き、その上に鍋を置いたワイアットが魔素注入口に指を添え、慣れた手付きで水を出す。


 水を出し終えたワイアットが声を掛けると、列を成していた見習い冒険者達が水の満たされた鍋からコップで水をすくって行く。

 水をすくった見習い冒険者は直ぐに列を離れて、美味しそうに水を飲んでいる。


 そんな彼らを見ていると、冒険者と見習い冒険者の間には、さまざまな繋がりがあるのだなと思わずにはいられない。


 サノスはこうした繋がりや流れから、自ら一歩踏み出して魔導師の道を選んだ。

 ロザンナも自身の将来を考えて、魔導師か魔道具師の道を歩もうとしている。

 サノスとロザンナは、目の前でおいしそうに水を飲んでいる見習い冒険者たちと、あまり変わらない年齢だろう。


 その見習い冒険者達の中には、女子が二人ほど混ざっている。

 この女子達は、先程のリリアとシンシアのように冒険者を目指すのだろうか?

 それともサノスやロザンナのように、冒険者以外の道を選ぶのだろうか?

 まあ、俺が考えても仕方がないな(笑


 サノスやロザンナのように、自分達で将来を考えて行くしか無いんだ。


 今の俺は、西ノ川を行く船のように半分流されながら魔導師になった。

 かといって魔導師の道を嫌がった訳ではない。


 母(フェルス)の影響もあったと思うが、俺自身、魔法、特に魔法円への関心が強かった。

 突然放り込まれた魔法学校で魔法の基礎から応用方法を学び、研究所時代には自分なりに魔法を組み立てることもできた。


 まだ、魔素の正体までは行き着いていないが、この先、それも見えてきそうな予感もしている。


 リアルデイルのような静かな街で店も持てた。

 今の店で日々の糧を得ながら、自分の研究を続けるのも悪くないと思うようになっている。


 まあ焦らずに進んで行こう。

 俺の体の中を流れるエルフの血は長寿の血だ。

 長く生きれれば、いつかは魔素の正体にもたどりつけるだろう。


 今回の古代遺跡の調査も、古の頃に作られた魔法鍵の実物を見れる良い機会だ。

 もしかしたら魔法鍵を開けた古代遺跡から、新たな魔法円や魔法が得られるかも知れない。


「おーい イチノス!」


 ワイアットが声を掛けて来た。


「そろそろ行くぞ!」


 アルフレッドの声で、俺達一行は西ノ川に掛かる石橋へと足を進めた。

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