14-5 いよいよ魔の森です


 西ノ川に掛かる石橋は、やはり馬車がすれ違うだけの幅を持っていない。


 今もロナルドとジョセフの引く荷車が魔の森へ向かって石橋を渡っているのだが、反対側から馬車が来たらすれ違うことはできないだろう。


 この石橋のままでは、アンドレアが言っていた馬車起動は、まず通せないだろう。

 そもそも石炭を満載した荷馬車を、この石橋を何度も渡せるだろうか?

 この石橋では耐えられない気もする。


 アンドレアの唱える馬車軌道を西ノ川を渡る形にするには、石橋の幅を広げるか、新たに馬車軌道用に橋を渡す必要があるだろう。

 馬車軌道の為に新しく石橋を渡すとなれば、とても頑丈なものが求められ、工事が始まれば土魔法が活躍することになりそうな気がする。


 そんな事を考えながら、西の関を出た頃と同じ様な隊列を組んで石橋を渡って行く。


 渡り行く先、魔の森側の土手に咲き誇る深紅の花々。

 なぜか俺はその深紅の花々へと目が向いてしまう。

 この時期は確かに咲き誇る花々が多い。

 もう少し前ならば、他にも幾多の花々が咲いていただろう。

 リアルデイル側の土手では、橙色の花が多かったのだが、魔の森側では深紅の花が多いな。


 石橋を渡りきり、土手の上から魔の森へと向かう西街道へ目をやれば、深い森の手前はリアルデイル側のように草原が広がっている。


 だがその草原に繁っている雑草は、リアルデイル側よりも低い気がする。

 いや、明らかに膝下程度で背の低い雑草が繁っている。

 このぐらいの雑草の中から薬草を探すのならば、やりやすいだろう。


 そう思って改めて草原全体を見渡せば、ちらほらと人影が見える。

 どうやら先に到着した見習い冒険者達が、既にこの草原で薬草採取を始めているようだ。


「ロナルド、この付近までだな」

「「は~い」」


 土手を降りきった付近で、アルフレッドの掛け声に応えたロナルドとジョセフが荷車を引く手を止めた。

 そこは西街道から見習い冒険者達が既に薬草採取をしている草原への、入り口のような場所だった。

 

 見習い冒険者達が止められた荷車から各々の荷物を下ろし、我先にと草原へと向かって行く。


「ロナルド、ジョセフ お疲れ様」


 ワイアットが二人を労いながら銅貨を渡した。


「助かったぞ、ロナルド」

「ジョセフ、ありがとうな」


 アルフレッドとブライアンも労いの言葉と共に銅貨を渡している。


 俺もロナルドとジョセフへ銅貨を渡すために財布を取り出した。


「ロナルド、ありがとうな。ジョセフもお疲れ様」


 そう告げて、いざ財布の中を見ると銅貨が見当たらない。

 やむを得ず、俺は銀貨を取り出してロナルドへ渡す。


「えっ? イチノスさん多いですよ」

「細かいのが切れてるんだ。すまないが二人で分けてくれるか?」


「イチノスさん、それでも多いですよ」


 戸惑いつつも、銀貨を受け取ろうとするロナルドの後ろから、ジョセフが割り込んできた。


「ロナルド、ジョセフ 黙って貰っとけ」


 今度はブライアンが割り込んできた。


「それともイチノスにお釣りを渡すか?(笑」


 アルフレッドが二人をからかうように割り込んできた。


「イチノスさん「ありがとうございます!」」


 慌てて銀貨を受け取ったロナルドに、ジョセフが被せて礼を告げながら二人で頭を下げてきた。


 皆で荷物を背負い終えたところでワイアットが声を掛けてくる。


「さあイチノス、ここからは歩きだ」


 ワイアットの言葉で俺達は西街道を歩き始める。

 魔の森へ向かう西街道は、先程の石橋よりも広く、馬車がすれ違えるぐらいの幅だ。

 俺の横をブライアンが歩き、その前をワイアットとアルフレッドが並んで歩いて行く。


 皆で歩き始めて、直ぐにブライアンが前を歩くアルフレッドへ問い掛けた。


「アルフレッド、明後日の帰りは朝からになるのか?」

「どうだろう? ブライアンは何かあるのか?」


「さっき、リリアに聞いたんだ。明後日の日が落ちる前にリアルデイルへ入るらしいんだ」

「ハハハ もしかして帰りの足か?」


「その方が結果を早く持って帰れるだろ?」

「到着前に帰りの話とは、ブライアンは気が早いな(笑」


 アルフレッドとブライアンは笑いながら話しているが、俺としてはブライアンに同意したい気分だ。

 帰りに自分の足を使わず、馬車に乗って帰れるならば是非とも利用したい気分だ。


 そうした話をしながら歩いていると、街道の両脇に馬車が止めれそうな場所が表れた。


 そこでワイアットやアルフレッド、そしてブライアンが立ち止まり何かを話し始めた。

 もしかしたら、アンドレアが話していた野営した場所というのが、ここなのかも知れない。


 この先は道幅も狭くなり馬車がすれ違えない。

 両脇が森林になり始めていて、どうやらここは魔の森へと入る直前のようだ。


 森林の方からは鳥の鳴き声が旺盛に聞こえてくる。

 こうして森を眺めていると、魔物が出るという魔の森には見えないのが不思議な感じだ。


 三人の話し合いだか確認だかが終わり、再び歩き出すと、ワイアット達が周囲を見渡す事が増えてきた。

 魔物を警戒しているのだろうか?

 それとも古代遺跡へと向かう道を探しているのだろうか?


 再び歩みを止めたワイアットとアルフレッド、ブライアンが集まり西街道の先を指差す。

 そんなことを2度ほど繰り返した。


 こうした状況では、俺は何も出来ない。

 俺は古代遺跡への道を知らないのだ。

 3人が古代遺跡へ向かう何かの目印を見つけ出すのを、俺は見守るしかない。


 再び皆で歩き出し西街道を進んで行く。

 魔の森の森林を眺めながら歩いていると、前を歩いていたブライアンが声を発した。


「ワイアット、アルフレッド!」


 それまで三者三様に、時折、右側の森林を凝視して何かを探していたのだが、急にブライアンが二人を呼んだ。


 その声に皆が集まり、ブライアンが指差す森林の中をよく見れば、腰の高さほどの石柱が見えた。

 どうやら、あの石柱が古代遺跡へ行く道の目印のようだ。


 程なくして、アルフレッドとブライアンが装備している革鎧の各所を直し、武器も装備をし始めた。

 アルフレッドの腰に目をやれば、先ほどとは違って両腰に短剣を下げている。

 ブライアンも同じ様に両腰に短剣だ。

 ワイアットも両腰に剣を差しているが片方の剣がもう一方よりも若干長い気がする。

 その鞘に目をやれば以前に『魔鉱石(まこうせき)』を運んできた時と同じものだ。

 あれはワイアットの持つ『魔剣』だろう。


 装備を終えたワイアットが俺の側に来て告げてくる。


「イチノス、ここから森の中へ入る。俺とアルフレッドが先行して、次にイチノス、殿(しんがり)にブライアンの隊列で行く」

「おう⋯」


「それと、しばらくはお喋りは無しで頼む。俺達の話し声が魔物を呼び寄せるかもしれん」

「お、おう⋯」


 説明をしながらワイアットが指差すのは、先ほど見つけた石柱だ。

 その石柱は、魔の森の背の高い森林の中にあり、そこに石柱が存在することが実に不釣り合いな感じがする。


 装備を直したアルフレッドが何かを取り出している。

 その手元を見れば、どうやら糸巻きのようだ。

 その糸巻きから糸を出すと、森の中に分け入り、腰の高さぐらいの石柱に糸の端を縛り付けている。


「じゃあ行くぞ」


 ワイアットの掛け声で、糸巻きを手にしたアルフレッドを先頭に、石柱を出発点にして森林の中へと足を踏み入れて行く。


 歩みを進める度に、先頭を進むアルフレッドの左手に持つ糸巻きから、カラカラと糸が出て行く。

 その糸に軽く触れてみれば、天蚕糸(てぐすいと)だった。


 俺の前を歩くワイアットが周囲を警戒しているのがわかる。

 これほどまでに緊張感を身にまとい、周囲を警戒しているワイアットを俺は見たことがない。

 いつも大衆食堂で冒険者仲間とエールを交わし、大声で笑っているワイアットはここには居ない。


 チラリと後ろのブライアンを見れば、ワイアット同様に警戒しているのが伝わってくる。


 手練れの冒険者がここまで警戒と緊張を伝えてくるのだ。

 やはり魔の森を分け入るのはかなり危険な行為なのだと考えると、俺の緊張も一気に高まっていった。

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