14-6 古代遺跡への道のり
俺が森林の中を歩くのは初めてではない。
魔法学校時代に『森林学習』と呼ばれるカリキュラムがあった。
授業なのか行事なのかわからないカリキュラムだ。
王都近郊の森の中のバンガローへ行き、その森の中で魔法や魔法円を使って、3泊4日を過ごした経験がある。
いかにも植林された森の中のバンガローで、学校の指示で割り振られた同学年の4人で過ごすカリキュラムだった。
自分達で水を出し、自分達で火を起こし、自分達で食事を作り3泊4日を過ごす。
寝泊まりしたバンガローから、食料調達としての魚を釣り上げるために渓流へ向かう途中、森林の中を歩いたのを覚えている。
渓流へと向かう歩道はそれなりに踏み固められていて、そうした歩きやすい足元で森林の中を歩いた経験はある。
だが、踏み固められた歩道も何もない森の中を歩くのは初めてだ。
草木で覆われた道無き道を歩いて行く行為を『藪漕(やぶこ)ぎ』と言うそうだが、俺には未経験の行為だ。
前を歩くアルフレッドとワイアットが、それなりに先導してくれるので、俺は何とかそれに続いて歩けているのが事実だ。
この藪漕(やぶこ)ぎを、俺一人でやれと言われたなら、今の俺は即答で拒否するだろう。
背の高い緑豊かな木々が俺を包み込み、足元には蔓を伴った植物が蔓延っている。
木々の隙間から差し込む光で、それなりに明るいので変な恐怖感は湧いてこない。
それでも道無き道を行く行為は俺の体力を削っている気がする。
体力は削られて行くが、次第に周りを見回しながら歩ける余裕が出てきた。
葉のざわめきや鳥のさえずり、木々の葉が流れ行く風で触れ合う音が耳に心地よく響いてくる。
明らかに自分の心が落ち着いて行くのを感じている。
何だろう?
若干だが、魔の森へと分け入った最初よりは、かなり歩きやすくなっている気がする。
足元を見れば草や蔓が、明らかに減ってきているのがわかる。
先ほどまでは草や蔓を踏みながらワイアットの後を追っていたのが、今は土を踏んでいるのがハッキリとわかる。
すると、先頭を行くアルフレッドが止まった。
アルフレッドに続くワイアットが周囲を見渡し、俺の後ろのブライアンは自分たちが通ってきた道を見渡している。
何かあったのだろうかと先頭のアルフレッドへ目をやれば、手にしていた糸巻きから天蚕糸を伸ばし、出発点にあったのと同じ様な石柱に縛り付けていた。
その行為に、ここまでアルフレッドが延ばして来た天蚕糸が、森の中でどうなっているかが俺は気になった。
俺の左側にある天蚕糸に目をやると、他にも3本ほどの天蚕糸があることに気が付いた。
その本数から、アルフレッド達が何回もこの道筋を通っているのだと、何となくだが理解することが出来る。
そのまま天蚕糸を辿るように後ろを見れば、この隊列が藪の無い道筋を歩いていたのがわかった。
この道筋は、獣道か何かなのだろう。
石柱に天蚕糸を縛り終えたアルフレッドが、軽く手を上げて合図をした。
その時に俺は気が付いた。
手を上げたアルフレッドの周囲が、これまで歩いてきた森の中とは違って、日の差す妙に明るい感じがしていることに気が付いた。
先頭を行くアルフレッドがその日差しの中へと進み、それにワイアットが続くと、二人で俺へ手で合図をしてくる。
これで森の中の行軍から抜けられる。
そう思い、ワイアットの合図に応え俺も二人に続こうとして、石柱の横を通った時に⋯
自分の体が
『何かを越えそうになる』
のを感じた⋯
その『何かを越えそうになる』感じに、俺は慌てて踏み出した一歩を戻し後ずさる。
(おっと?!)
俺の後ろに続いていたブライアンが、俺の背負うリュック越しに押しているのか支えているのか⋯
(イチノス、疲れたか?)
(あぁ⋯ いや、すまん)
俺が後ずさったことで、後ろに続くブライアンにぶつかってしまったようだ。
今のは何だ?
慌てて周囲を見渡すが、何かがあるわけではない。
あるものと言えば、アルフレッドが天蚕糸を結んだ石柱があるだけだ。
目の前の明るい日差しの中、アルフレッドとワイアットが俺を手招きしている。
後ろのブライアンが呟いた。
(イチノス、もう少ししたら休憩しよう。行けるか?)
(あぁ、大丈夫だ⋯)
俺は細心の注意を払いながら、再び一歩を踏み出した。
先ほどの『何かを越えそうになる』と感じた物が何だったのかを探るように、細心の注意を払いながらの一歩だった。
ん?
今度は何も感じない。
俺が何かを感じたのは気のせいだったのか?
◆
今の俺は、ワイアットやアルフレッド、そしてブライアンと共に、先程まで歩いてきた森の中とは全く違う景色を見ている。
さっきまでの森の中とは全く違う広い空の下には、突然のように現れた草原のような景色があった。
その景色に俺はようやく緊張が解けて、思わず深呼吸をしてしまった。
2度ほど深呼吸をして、先程の道のりを歩いた経験者へ思いが行く。
今日は参加していないエンリット。
開けた荒地の中、ベンチのような石に腰を落ち着けているアルフレッド。
周囲を見渡す立番をしているワイアット。
そして倒れた樹木に腰掛け、木製のコップで水を飲み干すブライアン。
そういえば⋯ ワリサダやダンジョウも古代遺跡へ来ているな。
今、歩いてきたあの道を、彼等が歩んだと考えると彼等の身体能力の高さを感じてしまう。
ワリサダやダンジョウに至っては、魔物討伐を目的とする意気込みの凄さを感じてしまう。
「イチノス、ここなら大丈夫だぞ。前もここで休憩したんだ」
アルフレッドの言葉に従いながら、俺もリュックから水出しの魔法円と木製のコップを取り出して水を出す。
「さっきのイチノスは疲れからか?」
ブライアンが2杯目の水を出しながら聞いてくる。
「いや、違う⋯ そうかもしれないな(笑」
「まあ、俺達はこういうのはそれなりに慣れてるからな(笑」
「ついこの間も来てるしな(笑」
ブライアンとアルフレッドの言葉から、二人がここへ来ている経験者だと理解できる。
俺はさっきの『何かを越えそうになる』感じが、森の中を歩いてきた疲れからだと思えてしまい、気のせいだったと納得することにした。
木製のコップで水を飲み干せば、渇いた喉が潤い、水分を欲していた体の隅々へと行き渡って行くのがわかる。
再び周囲を見渡し開けた景色の様子を確めれば、リアルデイルの中央広場よりも広いと思える大きさだ。
リアルデイルの中央広場なら雑木林で囲われているが、ここでは背の高い森林で囲われている。
あの背の高い森が今歩いてきた森だとしたら、こんなに広い草原のような地が魔の森の中にあるなんて、誰も気づかないだろう。
この草原のような景色の存在にも驚かされるが、そんな開けた景色の先には更に目をひく物がある。
小高い丘のような盛り上がった何かが見える。
もしかして、あそこにワイアット達の言う古代遺跡があるのだろうか?
「大丈夫そうだな。俺も少し休ませてもらうぞ」
「おう、次は俺が任されよう」
立番をしていたワイアットも近くのベンチのような石に腰掛けると、代わりにブライアンが立ち上がり、ぐるりと周囲を見渡して警戒を始めた。
ワイアットの腰掛けた付近へ目をやれば、わずかに雑草が生えており所々に土が露出している。
更に土の表面をよく見れば、所々に細かく丸い小石が見える。
それにしても魔の森の中にこんな場所があるとは思いもよらなかった。
もっと森林が延々と続いていると思っていた。
正直に言って、あの魔の森に踏み行った当初の藪漕ぎが延々と続いていたら、俺は引き返す提案をしていたと思う。
「イチノスは大丈夫か?」
ワイアットが水を出しながら俺を気遣ってくる。
「あぁ、大丈夫だ。こんな場所が魔の森の中にあるんだな」
「不思議だろ?(笑」
そんな会話をしながら、ワイアットは木製のコップに出した水を飲み干した。
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