14-3 サカキシルへの定期便


「じゃあ、ブライアンとイチノスは先に行ってくれるか?」

「おう、わかった」


 俺達を呼んだアルフレッドが、穴から引っ張りだされた荷車を見ながら声を掛けてくる。


 アルフレッドの提案は、俺とブライアン、それにロナルドとジョセフで先に行けというもので、ブライアンは何の躊躇いもなく当たり前のようにそれに応えていた。


 一方のロナルドとジョセフ以外の見習い冒険者達は、荷車が捕まった穴の周りに何かを手に集まっている。

 見習い冒険者の手にしている何かをよくよく見れば、園芸用シャベルや園芸用スコップだ。

 多分、薬草採取で使うのを手にしているのだろう。

 そんな見習い冒険者達へワイアットが何かの指示を出している。


「イチノス、行こう」

「お、おう⋯」


 ブライアンの促す声に応えた時に、既にロナルドとジョセフは荷車を動かし始めていた。


 少し急ぎ足で荷車を追いながらブライアンへ問い掛ける。


「ブライアン、もしかしてワイアットや見習い達は、あの穴を埋めるのか?」

「おう、あれか? 荷主の許可が出たから埋めるんだよ」


「荷主の許可?」

「ロナルドとジョセフが荷主だろ?(笑」


 ブライアンが前を行く荷車を顎で差しながら答えてくる。

 ブライアンが言うとおりに、ある意味、この商隊の荷主はロナルドとジョセフなのかもしれない。

 ここでブライアンが『荷主』の言葉を口にしたのは、何となくだが意味のある気がした。


「ブライアン達は護衛でも同じ様にやってるのか?」

「穴埋めの話だよな? たまにやってるな」


 それを切っ掛けに、ブライアンは商隊での話をしてくれた。


 先程のように商隊の護衛で荷馬車が穴にはまったりすると、まずは盗賊を疑うという。

 特に障害物が置かれている場合などは要注意だそうだ。


 この話には俺も頷けた。

 商隊の足を止めるために、障害物を置いたり穴を掘ったりするのは、盗賊の常套手段だろう。

 そうした場合には周囲を警戒して、盗賊の可能性が無いとわかると、障害物の除去や穴から荷馬車を引き出すのも、護衛に就いている冒険者達の仕事だという。

 その後に、荷主から穴を埋める指示が出ると、念のために見張りを立て護衛の冒険者達で穴を埋めるという。


 そこまで聞いて、俺は穴を埋め無い場合もあるのかと気になった。


「荷主の指示が出ない時もあるのか?」

「荷主によっては急ぐ事もあるんだ。倒木とかは退かせば済むが、穴はさすがに埋めないと、後に続く別の荷馬車がはまるだろ?」


「確かにそうだな」

「そこで荷主の当たり外れがわかるんだよ(笑」


 ブライアンの言い方で、何となくは理解できる。

 当たりの荷主は穴埋めの指示を出すのだろう。

 逆に外れの荷主は穴埋めの指示など出さずに先を急ぐのだろう。


「大当たりの荷主だと更に酒代(さかだい)を出すんだよ」

「大当たり? 酒代(さかだい)を出す?」


 ブライアンが当たり外れに続いて『大当たり』と言い出した。

 しかも『酒代』の言葉まで着けてきた。


「荷馬車を引っ張りだして穴を埋めて、その後に街に着くだろ。すると荷主が『お疲れさまでした。これで一杯やってください』と酒代を出してくれるんだよ」

「それは随分と気が利く荷主だな(笑」


「本来、俺達冒険者は護衛が本業だろ? 確かに冒険者ギルド経由で、商工会ギルドが出す街道整備の依頼を受けることもあるんだが、護衛中に受けるのは、ちょっとな⋯」


 これも頷ける話だ。

 そこまで聞いて、俺は更に踏み込んでブライアンへ問い掛けてみた。


「そうした大当たりな荷主の話は、冒険者仲間で交わしたりするのか?」

「う~ん⋯ 表立って口にはしないが、不思議なことに皆が知ってるんだよ(笑」


 そう応えたブライアンがニヤリと笑った。


「ククク それは随分と不思議な話だな(笑」

「カカカ イチノスから見れば不思議な話だよな(笑」


 基本的に冒険者同士で荷主の話はしないはずだが、それでも何処かで荷主の話はするのだろう。

 きっと冒険者同士で、何らかの伝え方が有るのだろう。


「イチノス達にはそうした話はないのか? ほら魔導師同士での噂話とか?(笑」


 ブライアンなりに俺へ気を遣っているのか、急に話を振ってきた。

 ブライアンがこうして俺を気遣うのは、昨日の火魔法での殲滅な話のせいじゃないよな?(笑


 それに魔導師同士での噂話と言われても、そもそも魔導師が顔を合わせて話す機会は稀なことだ。

 もしかしてブライアンは、魔導師の当たり外れの事を言ってるのだろうか?

 それを当の魔導師である俺が聞いてるかと言われても、これは返事に困るな(笑


「ほら、何て言うのかな⋯ 他の魔導師がどうだとか、そうした話は聞こえたりしないのか?」


 そうした話しか⋯


「それなりに話は聞こえてくるな。だがリアルデイルに魔導師は俺一人だろ?」

「魔導師がイチノス一人か⋯ 言われてみれば、俺の知る限り今のリアルデイルで『魔導師』を名乗ってるのはイチノスだけだな」


「俺以外で魔導師に近いのは、治療回復術師のローズマリー先生と、東町の魔道具屋の御主人と女将さんぐらいだな」

「おいおい、イチノスはローズマリー先生まで魔導師扱いか?(笑」


 そうか⋯ ブライアンのような冒険者達の認識では、ローズマリー先生のような治療回復術師と俺のような魔導師は別枠なんだな。


「俺のように『魔導師』を名乗る者と、東町の御主人や女将さんのように『魔道具師』を名乗るのは、違いがあると言えばあるな」

「具体的に魔導師と魔道具師で、どんな違いがあるんだ?」


「そうだな⋯ 東町の魔道具屋と俺の店での最大の違いは、ポーションを扱っているか否か⋯ かな?」


 そこまで言うとブライアンが何かを思い返すような顔をした。


「東町の魔道具屋か⋯ 実はな、イチノス⋯ あの店には、カミさんにねだられて水出しの魔法円を買いに行ったことがあるんだ」

「ほぉ~」


「そう言えば、あの時に魔道具屋ではポーションは扱ってないと女将さんが言ってたな」

「そこが魔導師の店と、魔道具屋の違いだと思ってくれ」


 待てよ。

 俺が店を開くまで、冒険者達はポーションをどうしてたんだ?


「そういえば、今までブライアンはポーションはどうしてたんだ?」

「俺はギルドで買ってたな⋯ そうだ! あの捕まった魔道具屋では面白いポーションを売ってたぞ(笑」


 そこで主の捕まった魔道具屋の話しか⋯

 面白いポーションとブライアンが言うが、変なポーションを売ってたりしてないだろうな?


「面白いポーション?」

「『効く』ポーションだよ(笑」


 そう言ってブライアンはニヤリと笑った


 こいつ、違う意味で『効く』と言ってないか?


「イチノスの店では、そうした『効く』ポーションは売らないのか?(笑」


「おいおい、俺の店はそうした店じゃないぞ。むしろそうした『効く』やつは、南町の薬屋で売るもんじゃないのか?(笑」


「ハハハ」「ククク」


 互いに笑いが出たところで、俺とブライアンは西ノ川の土手を登り切った。


 川の土手から後ろを振り返れば、見習い冒険者達とワイアットの姿が見えた。

 そんな皆の後ろから1台の荷馬車がワイアット達を追い抜こうとしている。


「後ろから1台来てるな」


 俺の隣に立って同じ様に眺めていたブライアンが呟くと、荷車を引いていたロナルドとジョセフへ声を掛ける。


「ロナルド、ジョセフ。後ろから1台来てるから先に行かせろ!」


「「おぅ~」」


 そう応えたロナルドとジョセフが、荷車を西ノ川に掛かる橋の手前で脇に寄せ始めた。


 再び振り返りワイアット達一行へ目をやると、一行を追い抜く荷馬車へ全員が手を振っている。


 追い抜く荷馬車の御者もその隣に座る軽装備の冒険者らしき者も、それに応えて片手を上げている。


「どうやらサカキシルへの定期便だな」


 ブライアンの呟きから、見習い冒険者達と荷馬車の御者や冒険者達が互いに手を振る様子に理解が及ぶ。

 普段から見習い冒険者達は、サカキシルへ向かう定期便の荷馬車と会う機会が多いのだろう。


「ロナルド、ジョセフ! 休んでも良いが警戒を怠るなよ。交代で周囲を見渡せよー」

「「は~い!」」


 返事と共に荷車に腰掛けて休んでいたロナルドとジョセフが周囲を見渡し始める。


「ブライアン、ここでも魔物は出るのか?」

「いや、出ないだろう。本来、西ノ川の手前じゃ出ないな。だが、あいつらはもうすぐ一年目だ。普段から周囲を警戒する癖をつけて欲しいんだよ」

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