王国歴622年6月3日(金)

22-1 薬草でポーションを作りたい

王国歴622年6月3日(金)

・麦刈り四日目

・相談役の業務内容と待遇の打合せ(昼1時)

・氷屋の件で打合せ(昼3時)


(ドタドタ)

「師匠、起きてますかぁ~」

(バタン)


 足音と台所から裏庭へ出る扉の閉まる音に混ざって、階下から響くサノスの声で目が覚めた。


 ベッド脇の時計を見ると8時だ。

 どうやらサノスとロザンナは、この時間に店へ来る取り決めにしたようだ。


 眠気が残る頭で周りを見渡すと、いつもの自分の部屋で、いつもの朝が始まっていた。


 カーテン越しに差し込む光は既に日差しの強さを感じさせ、思わず東方の麦畑で既に始まっているだろう麦刈りへと思いが馳せそうになった。


「師匠! おはよございます~」


 再びサノスの声が階下から響く。


「師匠! 起きてます~」


「あ~ 起きてるぞ~」


 着替えを済ませたら階下に降り、用を済ませて作業場へ向かう。


 そこには既に、お茶を淹れようとするサノスの姿があった。


「サノス、おはよう」


「おはようございます。朝の御茶です」


 朝陽が優しく差し込む中、サノスの差し出した緑茶の湯気が穏やかに立ち昇る。


 その一口は、新しい一日の幕開けを告げるような深い芳香とともに口に広がり、身体中に広がる温かな余韻が心を包み込む。


 朝の静けさと共に、緑茶の豊かな風味が穏やかな幸福を運んでくるようだ。


バタン カタカタ


 騒がしい音で台所の扉が閉まり、早足でロザンナが作業場へ入ってきた。


「イチノスさん、おはようございます」


「おう、ロザンナ、おはよう」


 ロザンナの声が妙に明るい感じで、思わず俺も明るい声で答えてしまった。


「ロザンナ、どうだった?」


「はい、明らかに薬草ですね」


 サノスの問い掛けに、ロザンナが嬉しそうに答える。

 ロザンナの声と顔が明るいのは、裏庭で薬草が芽吹いたことに喜んでいるからだろう。


「良かった、最初は雑草かと思ったけど、あれが薬草の芽だったんだね」


「そうです、無事に芽が出てくれて安心しました。自分で全部をやるのは、今回が初めてだったんで心配だったんです」


「うんうん、これで秋には薬草が採れるんだよね?」


「たぶん大丈夫ですよ。家で育てた時も、二ヶ月ぐらいで採取できましたから」


 そこまで言葉を交わしたサノスとロザンナが、改めて顔を見合わせて互いに頷いた。


「イチノスさ「師匠」」


 二人の声が被ったかと思うと、再び二人が顔を見合わせた。


 ロザンナが手のひらを上に向け、案内するような仕草でサノスを促した。

 するとサノスがそれに応えて、軽く頷き、俺へ向き直って口を開いた。


「師匠、お願いがあります」


「ん? なんだ?」


「裏庭の薬草が採れたら、私達でポーションを作っても良いですか」


えっ?


「いや、ちょっと待ってくれ」


 朝からそんな話が出てくるとは、俺は全く想定していなかった。

 二人の言葉があまりにも突然すぎて、俺はそんな返事しか返せなかった。


「サノス、今ここで返事をしないとダメか?」


 俺が絞り出した返事に、二人の表情に一瞬の迷いが巡った。


 そのまま、サノスとロザンナが迷いを隠せない様子で顔を見合わせた。


 俺は、この気まずい雰囲気を打破すべく、話の流れを変えてみることにした。


「まずは朝の御茶を楽しみたいんだ」


「そ、「そうですね⋯」」


 俺の提案に、サノスとロザンナは静かに頷いて同意してくれた。

 微かに呟くような返答が聞こえた気もする。


チュンチュン


 うんうん、外で鳴く鳥にこの雰囲気を察するのは無理だよな。


 三人が無言で朝の御茶を飲むことになり、本来は楽しく穏やかな朝の御茶の雰囲気は、すっかりどこかに消えてしまった。


 そんな静かな朝の御茶を飲みながら、サノスとロザンナが言い出した裏庭の薬草の扱いを考えていく。


 何よりもここで大切にしないといけないのは、二人のポーション作りに挑みたい気持ちだろう。


 今のサノスとロザンナは、昨日までの俺のポーション作りに刺激されている感じがありありとわかる。


 それをここで無碍に断たない方が良い気がするのだ。


 二人が自分で薬草を育て、その薬草を使ってポーションを作る事に挑戦しようとしている。

 そうした前向きな気持ちを俺が止めるのは、何か違う気がするのだ。


 別に今の俺は裏庭で得られる薬草をあてにしているわけではないし、薬草菜園を整えるのに要した金銭にこだわりがあるわけではない。

 ロザンナが必要だと言うから、干し肉を浸す桶の購入もしたが、掛かった費用が惜しい訳でもない。


 むしろ、俺が出来ないと思っていた薬草栽培を、二人が俺の目の前で実現して見せたことを讃えたい思いすら抱いている。


 マグカップに残った御茶を飲み干して、先程から俺の顔色を窺うサノスとロザンナへ告げて行く。


「サノス、ロザンナ」


「「はい!!」」


「裏庭で薬草が育ったら、その薬草を使って、二人がポーションを作っても良いぞ」


「やった~!」

「良かったです~」


 そうして喜ぶ二人へ、俺は言葉を続けた。


「但し、条件がある」


「条件?」

「ですか?」


「そうだな、3つぐらい条件をつけさせてくれるか?」


「師匠、どんな条件ですか?」


 条件が何かを問い掛けてきたのはサノスだった。


「条件の一つ目だが、あの薬草菜園の世話は二人がやり続けることだな。俺は一切手を出さないと考えて欲しい」


「「うんうん」」


 この条件には、二人は素直に頷いてくれた。

 実際に裏庭の世話をしているのはサノスとロザンナだ。

 今日ここまで、俺は一切の手出しをしていないのが事実だ。


 気になるのは、次の条件をサノスとロザンナが理解してくれるかだな。


「次に2つ目の条件だが、今後、薬草栽培に要する費用は、全てを二人で賄うことだな」


「「!!」」


 おいおい、そこで二人で揃って驚きを顔に出すなよ。

 そう思ったところで、ロザンナが呟いた。


「手を出さない⋯」


 続けて、サノスが呟いた。


「金も出さない⋯」


 二人を追いかけて、俺が話をまとめて行く。


「そして口も出さない。言わば、手を出さず、金を出さず、口も出さないだな。例えばだが、今薬草に使っている水は、俺が西の関のお土産で渡した干し肉を浸したのだろ?」


「まあ⋯」

「そうですね⋯」


「これからも、そうした干し肉が必要になっても、俺というか店から干し肉を購入する費用は出さないというのが、2つ目の条件だな」


「「う~ん」」


 そこで、サノスとロザンナが揃って、少し悩むような声を出し始めた。


 これは、きちんと線引きをする意味でも、二人には理解してもらう必要があるな。


「これは二人に理解して欲しいんだが、店として費用を掛けたら、俺はそれを回収する事を考えなきゃならなくなるんだよ」


「「はぁ⋯」」


「そうなると、栽培して得られた薬草は、店の収穫にする必要があるんだ。この事は、二人には理解して欲しい」


「まあ、それとなく理解はできますけど⋯」


 サノスは理解を示す言葉を口にするがロザンナは少し思案顔だ。


 そんなロザンナが手を上げた。


「イチノスさん」


「ん? 何だロザンナ」


「あの桶は⋯」


「あぁ、あれは済んだことだし、今、この場で取り決めをする以前の事だから除外しよう」


「いいんですか?」


「いいんじゃないか? それに、ああした使い方をしたら、他に使うのは避けたいだろ?(笑」


「ま、まぁ、そうかもしれませんね(笑」


 ロザンナが、俺の笑顔に吊られたのか、少し和らいだ表情を見せてきた。


「それで3つ目の条件だが、あの桶と裏庭の扱いそのものに関わる事なんだが⋯」


「「⋯⋯」」


「虫が涌いたりしたら、その場で俺が火魔法で全てを焼き払うと思ってくれ(ニッコリ」


 俺は最後に、出来うる限りの笑顔を添えてみた。


「「ビクッ!」」


 だが、俺の笑顔は逆効果だったようだ。


 俺としては、半分冗談のつもりだったが、サノスとロザンナがビクリと体を固めてしまった。


 どうやら俺の冗談は、二人には重い冗談だったようだ。

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