21-5 冒険者達の動向


 睡眠不足を伴うポーション作りが終わり、残業してくれたロザンナを女性街兵士へ預け、同じ様に残業になったサノスを大衆食堂まで送り届けた。


 俺は出来上がったポーションの鑑定を依頼するために、冒険者ギルドを訪ねる。


 冒険者ギルドでは社交術を駆使し、無事にポーションの鑑定依頼を出し終え、その後は風呂屋で身体をリフレッシュさせた。


 風呂屋を出た俺は大衆食堂へ飛び込み、仕上がった体へエールを流し込む。

 そして、お代わりのエールを給仕頭の婆さんへ頼んで行く。


「お代わりは?」


「もちろん頼む」


 そんなやり取りをしながら、財布から代金を出そうとすると、婆さんが問い掛けてきた。


「サノスから、イチノスが来るって聞いてたんだけど、遅かったね」


そうか?


 ちょっと風呂屋が長かったかな。


「サノスは、待ってたのか?」


「いや、ワイアットと一緒に飯を食ったら帰ったよ」


 そう告げた婆さんが、代金と引き換えで木札を置いて行き、エールのお代わりを注ぎに厨房へ向かった。


 そうか、サノスとワイアットは、この大衆食堂で待ち合わせだったんだな。


 ワイアットは、朝から麦刈りだとサノスは言っていたから、東の麦畑から戻ってきた所で、サノスと待ち合わせたんだろう。


 もしかして、顔見知りの冒険者達は、軒並み麦刈りへ行っていたのだろうか?


 そんな、どうでも良いことに、思いを巡らせてしまった。


 ブライアンは、実家の畑へムヒロエを伴って行ってるんだよな?


 ムヒロエは、そのままブライアンの実家で、飲んでいるかも知れないな(笑


ドンっ


「ほら、イチノス。お代わりのエールだ。串肉はオリビアが焼いてるから、ちょっと待ってくれ」


 そう言いながら、婆さんがお代わりのエールを持ってきた。


 そんな婆さんへ、俺は木札を渡しながら他の冒険者達の様子を聞いて行く。


「婆さん、皆(みんな)は早めに帰ったのか?」


「みんな? あぁ、ワイアットはサノスと一緒に帰ったし、アルフレッドは忙しいような事を言ってたね。ブライアンは昨日は来たけど、今日は来てないねぇ」


「みんな、麦刈りかと思ったんだけど?」


「あの三人みたいに若いのを抱えてるのは、麦刈りに行ってるね」


 なんだ、結局は三人とも麦刈りに行ってるんだな。

 婆さんの言う若いのとは、ヴァスコやアベルのような1年目のことだろう。


 そうだ、氷屋の件を婆さんに伝えてなかったな。


「そうだ、婆さん。氷屋の件で、商工会ギルドから連絡が来たよ」


「じゃあ、イチノスがやってくれるんだね。これで安心して、この夏も氷が使えるよ」


 婆さんは、少し安心した様子で応えた。


 しかし、俺は以前に婆さんから聞いた話で、捕えられた魔道具屋の主と氷屋の関係が気になった。

 もしかしたら、あいつが氷屋の『製氷の魔法円』もしくは『製氷の魔道具』に、何かをしているかもしれない。


「まぁ、話を聞いて、現物の状態を見てからだけどね」


 俺は婆さんに慎重に答えていった。


「そうかい⋯ まあ、いざとなったら、イチノスん所でも氷を作るやつは売ってるんだろ?」


 婆さんが答えた時、婆さんの後ろに湯気の立つ串肉を持ったオリビアさんが現れた。


「氷を作るやつを買うんですか?」


 婆さんと俺の話が聞こえたのか、オリビアさんが声を上げる。

 これはオリビアさんも気になっていたと言うことだろう。


「仕方がないだろ、何かあってイチノスが直せなかったら買うしか無いだろうね」


 婆さんの応えに、オリビアさんの顔が明るくなった気がする。


「そうだ、イチノス。サノスが持っていたのは、幾らするんだ」


「いや、あれだと二人は使えないだろうから⋯」


 サノスに貸し出したのは、俺が描いた携帯用の『魔法円』だから魔素が扱えないと使えない。


 今後、二人がこの大衆食堂で使うには、『神への感謝』を備えたやつになるだろう。


「じゃあ、私たちでも使えるやつだと、幾らなんだい」


 どうやら、婆さんは本気で購入を考えているようだ。

 そんな婆さんへ、俺は片手で指を立てて見せた。


「銀貨かい?」


 まあ、そうした反応が当たり前だよな(笑


 俺が首を横に振ると、二人が驚いた声を上げる。


「まさか、金貨じゃないだろうね?」

「イチノスさん、そんなにするのを、サノスに貸したんですか?!」


 婆さんもオリビアさんも、一緒に驚きの声をあげた。


 二人は驚いているが、俺の目は、オリビアさんの手にある串肉が、今にも落ちそうなのが心配だった。


 その後、高いだのボッタクリだの、散々な意見をされたが、二人には何とか理解してもらった。


 特にサノスとロザンナに貸し出した新作の魔法円=『製氷の魔法円』は、携帯用で小振りなので、お手頃価格で買えると思えるのだろう。


 お代わりのエールを飲み干し、串肉をつまみに更にもう一杯のエールを頼んだ。

 

 当然、夕食も頼んだが、出てきたのはオークベーコンのポトフだった。

 

 これは気付くべきだったと、少しだけ反省しつつも食べ終えた時に、婆さんの来客を知らせる声が大衆食堂に響く。

 

「いらっしゃ~い」

 

 出入口から入ってきた客へ目をやれば、風呂屋で挨拶した顔ぶれだ。

 

 風呂屋に来ていた人数もそのままに、皆が俺に軽く手を上げて挨拶をすると空いている長机へ着いていった。

 

 その中には、やはり記憶に無い顔が二人ほど混ざっていた。

 

 風呂上がりエールを楽しみ、昨日と同じメニューの夕食を済ませた俺は、婆さんに告げて大衆食堂を後にして家路についた。


 旧魔道具屋を改装した交番所の前で、立番の街兵士に軽く敬礼をした瞬間、なぜか先ほどの会話が頭をよぎった。


 婆さんはさておき、オリビアさんが『魔法円』の価格を知らないことが気になったのだ。


 サノスの言葉を思い出すと、ワイアットの家には『水出しの魔法円』があるはずだ。

 家に『水出しの魔法円』を置いているオリビアさんならば、『魔法円』が高額なのを知っていてもおかしく無いと思うのだが⋯


 その『水出しの魔法円』は、ワイアットが値段を伝えずに、オリビアさんのために用意したのか?


 夫婦間の関係には様々な形があると聞く。


 以前、ワイアットが氷冷蔵庫の購入で悩んでいたのも、妻であるオリビアさんの願いを叶えるためだ。


 だとすれば、氷冷蔵庫もオリビアさんには相談せずにワイアットは購入するつもりなのか?


う~ん⋯


 考えてみれば、古代遺跡へ行く前に新しい毛布を買うことについて、ワイアットは悩んでいたよな?


う~ん⋯


 世の夫婦の金銭管理や取り決めには様々な形があると聞くが、正直、独身の俺には理解が難しいな。


 他の夫婦は、どうなんだろう?

 そう言えば、ブライアンは面白いことを言っていたな。


 ブライアンは、土魔法の砂化と石化の魔法円を手に入れることを望んでいたが、


〉まだ女房から許可が出ないんだよ


 そんなことを言っていたよな?


 彼の性格からすると、本当のことだろうから⋯


 止めよう。

 そんなことを考えても、何も得られない。


 そう思い直した時に、一際明るいガス灯が見えてきた。


王国歴622年6月2日(木)はこれで終わりです。

申し訳ありませんが、ここで一旦書き溜めに入ります。

書き溜めが終わり次第、投稿します。

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