22-2 『初歩の回復魔法』

 

 裏庭で育ている薬草の話を終え、今日とここ数日の予定の話に移った。


 サノスは『製氷の魔法円』の型紙作り、ロザンナは『水出しの魔法円』を描くのが当面の作業だ。


 一方、俺は以前にロザンナに渡したメモ書きでの予定を使って、自身の予定を確認して行く。

 メモ書きだけではなく、昨日、商工会ギルドから届いた伝令も、俺の前に置かれている。


「ロザンナ、俺の予定に追加が入ったんだ。昼過ぎの商工会ギルドでの打ち合わせへの追加だな」


 そう告げると、ロザンナはすぐにメモ書きの写しに追加していった。


 そんなロザンナの手元を見ていたサノスが、聞いてきた。


「じゃあ、今日の師匠は戻りが遅くなりますね?」


「そうだな。戻って来れるのは、早くても5時を過ぎると思うんだ。何かあるのか?」


「いえ、特に無いですけど⋯」


 サノスは今日の日当を気にしている気がする。

 二人が帰る夕刻までに俺が店へ戻らないと、日当が受け取れないからな(笑


「もしかしたら、今日は戻れないかもしれんから、先に日当を渡しておくぞ」


「はい「ありがとうございます」」


 今日の日当を気にするのは、ロザンナも一緒だな(笑


 棚から売上を入れるカゴを手にして、俺の言葉で笑顔の戻った二人へ日当を渡して行った。

 嬉しそうに日当を受け取ったサノスを見た時に、ふと、冒険者ギルドへ出したポーション鑑定の件を思い出した。


「サノスはこの後に昼食を買いに行くよな?」


「はい、師匠の分も買ってきますか?」


「そうだな、買ってきてくれるか」


 俺は改めて席を立ち、壁に掛けた自分のカバンから財布を取り出して、昼食の代金をサノスに渡しながら、ポーションの鑑定結果の件を伝えた。


「冒険者ギルドへ寄れるなら、昨日出したポーションの鑑定結果をもらってきてくれるか?」


「わかりました」


 これで店のことで二人へ頼む事は全てを伝えたな。


「さあ、店を開けて、今日の仕事を始めよう」


「「はい!!」」


 二人が元気な声と共に席を立ち上がり、魔導師イチノスの店の一日が始まった。


 サノスが両手持ちのトレイに洗い物を乗せると、台所へと向かった。

 一方のロザンナは、店を開けるために店舗へと向かう。

 店を開けに行ったロザンナが戻るなり、サノスを追うように台所へと向かった。


 洗い物をしているサノスを手伝いに行ったのだろう。

 俺もロザンナの後を追うように席を立ち、2階の書斎へと向かおうとした。


 途中、台所へ目をやると、サノスとロザンナが協力して洗い物をしている。


 そんな二人の後ろ姿を見て、この後サノスが製氷の魔法円の型紙を作ることを思い出し、声をかけた。


「サノス、忘れずに氷冷蔵庫の氷を作っておいてくれるか」


「あぁ、そうですね、しばらく使えなくなりますからね」


「先輩、それなら私が残りをやりますから」


 ロザンナがサノスへ提案する。


「そう? ロザンナ、ありがとう」


 そう答えるなり、サノスは両手鍋を氷冷蔵庫の前に置いて、古い氷を取り出し始めた。


 そんな二人の連携を見て、今日の昼以降も二人に任せて何の問題も無いと感じた。


「じゃあ、俺は2階にいるから、何かあったら呼んでくれるか」


「「は~い」」


 俺は、二人の返事を聞きながら、昨日までのポーション作りで思った『回復の魔法円』を描く準備をするために、2階の書斎へ向かった。


 『回復の魔法円』を描くためには、今一度、自身の有している回復魔法の正しさを再確認する必要がある。

 そうした魔法に関する知識を再確認するために、とある本へ目を通そうと思ったのだ。


 書斎の扉に備えられた『魔法鍵』へ『魔素』を流して解錠したら、書斎へ足を踏み入れ、カーテンを開けて、外の光を取り込んだ。

 既に眩しい朝の陽射しの中、目的の教本を書棚から探して行くが見つからない。


 書斎の本棚にあるはずだが、俺の記憶違いか?


 2度確認したが、やはり見当たらない。

 この書斎で見当たらないとなると、考えられるのは作業場の本棚だな。

 どうやら、俺はあの本も作業場の本棚に置いていたようだ。


 書斎を出て、俺は1階の作業場へと引き返した。


 作業場へ入ると、サノスが薄紙と格闘しており、その顔付きは真剣そのものだ。

 そんなサノスの脇では、ロザンナが洗濯バサミを手にして構えていた。


 二人を脇目に、俺は作業場の本棚から目的の本を探して行く。


「イチノスさん、何か探してます?」


 俺の様子に気が付いたロザンナが、洗濯バサミを片手に聞いてきた。


「あぁ、本を探してるんだが⋯」


「何と言う本ですか?」


 ロザンナが興味深そうに聞いてくる。


 その声に目をやるが、ロザンナの隣に座るサノスは、まだ薄紙との奇妙な格闘を続けていた。


 そうだ、思い出したぞ。


 俺は作業場に置いてある本の管理を、ロザンナに任せていた事を思い出した。


 俺の魔法学校時代の教本が、コンラッドから届けられたら、それらの教本も含めての管理を頼んでいたんだ。


 それにしても、届くのが遅いな。

 コンラッドの手元には、既に無いのだろうか?


「ロザンナ、ここをお願い」

「は、はい」


 そんなことを思っていると、薄紙と格闘していたサノスがロザンナに洗濯バサミで止めろと要求している。

 慌ててロザンナが、サノスの指示に従って洗濯バサミでとめて行く。


「ここもお願い」

「はい」


 そんなやり取りをしている二人を見て、これはサノスの作業が終わるまで待った方が良いだろうと、再び本棚へ目を戻した。


「ロザンナ、ここで終わりね」

「はい」


 薄紙との格闘の終わりをサノスが告げると、ロザンナがそれに同意する返事を返している。


 視界の端で留目の洗濯バサミをロザンナがとめているのが見えた気がした。


「イチノスさん、何て言う本を探しているんですか」


 途端にロザンナが尋ねてきた。

 サノスの手伝いを終え、彼女の興味が俺に向かってきたのだろう。


 ここは素直に、俺の探している本の行方をロザンナに教えてもらおう。


 そう思ってロザンナを見やると、その向こうで満足気な横顔で、薄紙に包まれた『製氷の魔法円』に見とれているサノスが目に入ってきた。


 俺は、目的の本を手に入れるため、サノスとロザンナに尋ねることにした。


「『初歩の回復魔法』という本なんだが、ロザンナは見たことがあるかな?」


「「ビクッ!」」


 俺の言葉に、二人が一気に身を固めた気がする。

 二人が揃って固まる様子から、あの本に関わって何かが起こっていることを直ぐに察してしまった。


 これは、穏やかに話を進めた方がよさそうだな(笑


 多分だが、サノスとロザンナのどちらかが読んでいる最中なのだろう。

 自分の棚に置いているか、もしかしたら自分のカバンに入れて持ち歩いているのかもしれない。


 そう思った俺は、まずは二人のどちらがその本を持っているか、読んでいるのかを尋ねた。


「それで、どっちが読んでるんだ?(笑」


「「ビクビクッ!!」」


 二人の反応から、少しだが違和感を覚える。


 どうしてあの本の事で、二人がこれ程までに身を固くする必要があるんだ?


「二人とも、落ち着いて聞いてくれるか?」


「「⋯⋯」」


「以前にも言ったが、この書棚に置いてある本は、二人が勝手に読んでも良い本だ。貸し出すのも、必要なら言ってくれれば構わないぞ」


 俺がそこまで言うと、サノスとロザンナが固まっていた肩から力を抜いた。


 二人が安心したのか、それぞれが自分の座っている椅子に掛けていたカバンを膝に乗せ、何かを探し始めた。


 俺は一瞬、二人が何をしているのか理解できなかった。


 しかし、すぐに二人が同じ本をカバンから取り出したことに気づいた。


 二人が取り出したその本は、俺が探していた『初歩の回復魔法』だ。


 驚きつつも、俺は二人がどうして同じ本を持っているのかが理解できなかった。


「それって、同じ本だよな? どこで手に入れたんだ?」


 俺が尋ねると、二人は顔を見合わせた後、サノスが口を開いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る