22-3 サノスとロザンナに思うこと

 

 魔法学校時代の教本を探したところ、俺が使っていた教本はサノスが持っていた。


 不思議なのは、ロザンナまでもが同じ本を持っていたことだ。


「それって、同じ本だよな? どこで手に入れたんだ?」


 俺が尋ねると、二人は顔を見合わせた後、サノスが口を開いた。


「師匠。私のは、そこの本棚にあったのです。ロザンナのは、お祖母さんからもらったんだよね?」

「はい、私の本は、祖母から貰ったのです」


 うん、あり得る話だ。

 サノスとロザンナの話を聞いて、俺はある程度、納得した。


 サノスの前に置かれている本は、俺が探していた本で、それは魔法学校時代に回復魔法を学ぶのに使った教本、つまり教科書だ。


 俺はこの本で、ローズマリー先生の授業を受けて回復魔法を学んだ。


 俺に回復魔法を教えてくれたローズマリー先生、その孫であるロザンナが同じ本を持っているのは、全く不思議ではない。


「そうか、それなら何も問題ないな(笑」


 俺は笑いながら、何かを誤魔化すように答えた。


 不思議なのは、なぜこの本の名前で二人が固まったのかだが、今、ここでその理由を問うのは、何故か不正解な気がした。


「サノス、この後、出掛けるよな?」


「はい!」


「じゃあ、その間だけ貸してくれるか?」


「えぇ、どうぞどうぞ」


 ◆


 俺は、サノスから手渡された目的の本を手に、2階の書斎へ戻った。


 書斎の椅子へ座り、背凭れに身を預け、先程のサノスとロザンナの様子を振り返る。


 まずは、二人が同じ本を持っていた『背景』だ。


 先程の二人の話から、サノスが持っていたのは、俺が魔法学校時代に使っていたもので、ロザンナのは、ローズマリー先生から貰ったものだというのは、嘘偽りの無い事実だろう。


 次に考えたのは『理由』だ。

 何故、二人が同じ本を持っているのか?

 その理由を考えた。


 これは、俺の想像でしかないが、回復魔法の教本なのだから、二人は共に回復魔法を覚えようとしている気がする。


 次に考えるのは、二人がなぜ回復魔法を学ぼうとしているのか、覚えようとしているのかだ。


 これには、二人が言い出したポーション作りが関係している気がする。


 ポーション作りでは、仕上げに回復魔法を施す必要がある。

 実際にサノスは、自らポーション作りに挑戦した経験があり、その事は知っている筈だ。

 ロザンナも、ローズマリー先生との会話でその知識を得ているだろうし、ギルドでの煮出しの後に、教会長やシスターが仕上げの回復魔法を施しているのを知っている。


 うん、やはり二人は、ポーション作りの為に回復魔法を覚えようとしているのだろう。


(バタバタ、バタバタ)


 そこまで考えたところで、階下の台所と作業場を急ぎ足で行き来するような足音が、俺の耳に届いて来た。


 作業場と台所を世話しなく往き来している感じから、サノスが薄紙へ霧を吹き終えて、急いで出掛ける準備を始めている気がする。


(ロザンナ~、後はお願いね~)


(は~い)


(カランコロン)


 階下から漏れ聞こえる音で、サノスが出掛けたのがわかった。


 日々、サノスには色々とお使いを頼んでいる気がするな。

 店番をロザンナに任せて、サノスには連日で昼食を買いに行かせている気がする。


 これでは、サノスが俺に弟子入りしたと言っても、都合の良い使い方をしているだけな気がする。

 もっときちんと、魔導師としての教えをサノスに与えて行く必要があるような気がしてきた。


 魔法円の模写については、既にサノスはものにしている感がある。


 実際にサノスは『水出しの魔法円』と『湯沸かしの魔法円』を描き上げて、冒険者ギルドがこれを買い上げた。

 また、イスチノ爺さんの描いた『湯出しの魔法円』を模写して、東国使節団のダンジョウがこれを買い上げている。

 更にはヘルヤさんから予約を受けて、もう一枚をサノスは描き上げている。


 さらに今日からは、大衆食堂から注文が来そうな『製氷の魔法円』の型紙起こしにも取り組んでいるのだ。


 そう考えると、既にサノスは『神への感謝』を備えた『魔法円』について、一つの方法を達成し、その技能を身に付けている感じがしてきた。


 そもそも、サノスが俺に弟子入りしたのは


 〉魔法が使えるようになりたい


 という思いだったはずだ。


 俺はそんなサノスの思いに応えて、何かの魔法を教えただろうか?


 とはいえ、魔法を教えるには、もっと細かい魔素の扱いを覚える必要があるのも事実だ。


 サノスの希望で、魔素充填に必要な魔素の扱いを教え始めてはいるが、最低限、あの程度の魔素の扱いが出来ないと、この先の魔法の習得も難しいのが事実だ。


 それは、サノスとロザンナが覚えようとしている回復魔法にも言えることだ。


 軽い回復魔法ならば、細かい魔素の扱いまでも覚える必要は無いが、ポーションの仕上げで施す程の回復魔法になると、それなりに魔素を扱える技能が必要なのは事実だ。


 少し、思考が逸れているな。

 考えを戻そう。


 俺はこの後に、サノスとロザンナが回復魔法を覚えるのを助けて行くべきだろうか?

 何らかのアドバイスを、俺から与えた方が良いのだろうか?


 そこまで考えて、俺の心の奥底にある疑問に気が付いた。


 なぜ、サノスとロザンナは、この本の名前を聞いて身を固くしたんだ?


 二人が共に回復魔法を覚えるために、それぞれがこの本を持っているのは納得が出来たはずだ。


 俺が漠然と感じていた本当の疑問は、この本の名前を聞いて、サノスとロザンナが身を固くしたことだ。


 俺に知られたくないから⋯


 もしかして、二人は俺に知られないように、自分達だけで、独学で回復魔法を学ぼうとしているのか?


 なぜ、二人は独学で学ぼうとしているんだ?


 待てよ⋯


 俺は、この本を二人がそれぞれに持っていた理由を、あの場で問いかけなかった。


 問いかけることが不正解だと感じたからだ。


 あの時に俺は、漠然とだがサノスとロザンナが独学で回復魔法を学ぼうとしている事を感じたのだ。


 二人が自分で成し遂げようとしているのに、俺が何かを言うのは不正解だと感じたのだ。


 だから、二人がそれぞれにこの本を持っている理由に踏み込むことを躊躇ったのだ。


 う~ん、俺はサノスから回復魔法を教えて欲しいと言われたなら、二つ返事で受け入れ、ローズマリー先生から教わったのを思い出しながら、サノスに教えていくだろう。


 しかし、もしロザンナから同じ願いが寄せられたなら、俺は即答して受け入れるのだろうか?


 ロザンナの場合、サノスとは異なり弟子ではない事を意識して、ロザンナの願いを受け入れない気がする。


 おそらく、ローズマリー先生に伺いを立てるように答えてしまうだろう。


 いや、もしかしたら、ローズマリー先生から学ぶことをロザンナに提案してしまうかもしれない。


 今の俺は、ローズマリー先生のように人に魔法を教えられる資質が備わっているのだろうか?


 それに、ロザンナに魔法の教えを願われた際に、どう対処するかの基本的な考え方を決めていない。


 既にサノスという弟子を取り、従業員としてロザンナを雇っておきながら何を今さらな気がしてきた⋯

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