4-15 彼女を宿まで送ります
「さて、これ以上の長居は、イチノス殿やサノスさんの迷惑になるな。ここらで退散させていただこう」
食後のお茶も飲み終えたところで、ヘルヤさんが退店の意思を告げてきた。
サノスに店番をお願いして、俺はヘルヤさんを泊まっている宿まで送ることにした。
ヘルヤさんは冒険者ギルドに程近い宿に泊まっていると言うので、再び、冒険者ギルドへ向かうこととなった。
「イチノス殿、出来上がったら伝令を貰えるのか?」
「はい、伝令を出しますね。それと⋯ ヘルヤさんとの繋がりは、先程の研磨技術で良いですか?」
「私との繋がり?」
「ええ、ヘルヤさんの研磨技術に私が目を付けたことにすれば、他者から問われても答えに苦慮しないですよね?」
「なるほど⋯ ハハハ。そこまで気がつかんかった。宿に戻ったら持ってきた試作品から一つ選んでイチノス殿に届けよう」
「お手数をお掛けします」
「それにしても、この街は緑の多い良い街だな」
「間もなくヘルヤさんも住む街ですよ」
「ハハハ そうだな。この街に住むのが楽しみだ」
そんな会話をしながら、俺はヘルヤさんを泊まっている宿の近辺まで送り届けた。
◆
カランコロン
「サノス、戻ったぞ」
ヘルヤさんを送り届け、店舗兼自宅に戻り作業場のサノスに声を掛ける。
「師匠、お帰りなさい。早速ですがお願いします」
作業場に行けば、作業机に置かれた『魔法円』の前でサノスが待ち構えていた。
「また俺が魔素を流せば良いのか?」
「はい、何度もお願いしてすいません⋯」
若干だがサノスが申し訳無さそうな感じだ。
「まあ、かわいい弟子のためだ(笑」
「これって⋯ 私が一人で出来るようになれば、師匠の手を煩わせなくて済むんですよね⋯」
「サノスの言うとおりだな」
「さっき買い物に行ってる時に思ったんですけど⋯」
何やらサノスは思う所があるような、歯切れの悪い返事をしてくる。
これはサノスが何かに気が付いているようだ。
弟子の気付きを手伝うのは師匠の役目だ。
いまここで『魔法円』に魔素を流して終わらせるよりも、そちらの話をした方が良さそうな気がする。
「サノス、ちょっと話をしよう」
「師匠、何ですか急に? あっ! もしかして⋯」
「ん? もしかして?」
「ヘルヤさんとお付き合いする話ですか?」
「はい?」
「さっき買い物に行った時に母と会って言われたんです。師匠がヘルヤさんとお付き合いしてるって(ニヤリ」
オリビアさん。
娘さんに変なことを吹き込まないで!
「給仕のお婆さんも言ってたんです、師匠がヘルヤさんと手を繋いで歩いてたって。別に私は師匠が誰と付き合っても文句は言いませんから安心してくださいね(ニヤリ」
サノス。
勘違いの話をする度に『ニヤリ』とするな。
「そうだ! ヘルヤさん、この街に住むんですよね?(ニヤリ」
「⋯⋯」
「私をお使いに行かせたり、ヘルヤさんを送ったり(ニヤニヤ」
「⋯⋯」
「師匠も隅に置けませんね(ニヤニヤ」
「⋯⋯」
『ニヤリ』から『ニヤニヤ』に変わって行くサノスを見ながら、ヘルヤさんとの繋がりを上手く広める方法を考えるべきだと本気で悩みそうになってしまった。
◆
俺は誤解を解くため、サノスに先程ヘルヤさんと打ち合わせた『研磨技術』での繋がりの話をした。
その話を聞いて、サノスもそれなりに納得したようだ。
「じゃあ、師匠とヘルヤさんは、まだお付き合いしてる訳じゃないんですね?」
「ああ、婆さんもオリビアさんも、そしてサノスも勘違いが酷すぎるぞ」
「けど、可能性はあるんですよね?」
「無い(キッパリ」
「⋯⋯」
ハッキリと俺が『無い』と宣言すると、サノスが驚いた顔で固まった。
そんなサノスに俺は目を細めた顔を向けて静かに告げる。
「これ以上、変な勘違いを口にしたら破門にするぞ」
「す、すいませんでした⋯」
「その手の話は2度とするな。わかったな?」
「はい、もうしません⋯」
サノスが小さくなった。
少し言い過ぎたか?
だが、要らぬ誤解は早めに解くべきだろう。
気持ちを切り替えて、小さくなったサノスに『魔法円』の話をする。
「サノス、話を戻すぞ」
「はい、師匠、何でしょうか」
「さっき、サノスが気付いた件だ」
「気付いた件?」
「俺が『魔法円』に魔素を流して、その様子をサノスが見る件だ」
「あぁ、その件ですね。気付いたと言うか、これから毎回、師匠に魔素を流して貰わなくても自分で出来る方法がある気がしたんです」
「その方法は『ある』」
「師匠、やっぱりあるんですね!」
俺の言葉でサノスの顔に明るさが戻った。
「まず一つは、俺以外の誰かに協力して貰う方法だ」
「師匠、待ってください。メモして良いですか?」
そう言ってサノスは自分のカバンからメモと鉛筆を取り出し、先程の俺の言葉を書き始めた。
サノスのメモ書きが止まったところで、俺は言葉を続ける。
「だが、この方法は、サノスの将来を考えると俺はお勧めしない。何故なら将来サノスが独り立ちした時に障害になる可能性があるからだ」
「障害⋯ ですか?」
「例えば、サノスが独り立ちしてから、協力した奴が現れたらどうする?」
「???」
「『おう、サノスも偉くなったなぁ。昔は協力してやっただろ、ちょっと融通してくれや』みたいな感じで金をせびられたらどうする?」
「そ、それは⋯ 嫌です」
「嫌だろ。これは極端な例だが、俺だってそうなる可能性はゼロだとは言いきれない」
「うんうん」
サノス、そこで頷くな。
師匠は少しだけ悲しいぞ。
「そうしたことを考えると、魔導師の修行はかなり孤独なものなんだ。誰かに頼らず、自分で考えて解決して行く方法を探って行く必要があるんだ」
「かなり辛いですね⋯」
「その方法、自分で解決して行くには、まずは自分の状況を冷静に見つめる必要がある」
「どう言うことですか?」
「今のサノスは『魔法円』に魔素を流すと、魔素の流れを見ることは出来ない」
「はい、ハッキリと見れません」
「それを鍛えるのが2番目の方法だな」
「やっぱり、そこを鍛えるしかないか⋯」
「さっきのサノスが魔素を流した時に思ったんだが、
1.『魔石』に触れずに魔素を取り出す
2.取り出した魔素を『魔法円』に流す
3.その魔素を反対の手で拾い上げる
4.拾い上げた『魔素』を体内循環して元の手に戻す
ここまでは出来てるだろ?」
俺がそこまで説明すると、サノスが胸元の『魔石』に手を置き、魔素がどう流れたかを身振りで演じ始めた。
「そこに魔素を見る意識を加える」
「⋯⋯」
サノスが黙り込んだ。
何かを必死に考えているようだ。
時折、魔素の流れを演じては、カット目を見開く様子を数回見せてくる。
俺はそんなサノスを眺めながら、幼い頃に母(フェリス)から教わった練習方法を、サノスにどう伝えるかを思案し始めた。
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