7-4 口説いて褒めてやる気にさせる


 それからもキャンディスの話は続いた。


 キャンディスが話し、サノスが質問をして行く。

 サノスの質問も尽き、キャンディスの話が一段落したところで、サノスが俺に尋ねてきた。


「師匠、どう思います?」

「俺は悪くないと思うぞ。特に今後を考えれば、サノスの後輩達の仕事が増える事になるのが、俺は気に入ったな。そうした視点で考えるとサノスはどう思う?」


「それは⋯ 私も良い事だと思います。ロザンナのような後輩の仕事が増えるのは嬉しいです」


 俺は、サノスの質問に質問で答える手段を敢えて使った。


 サノスが口にした、サノスの後輩のロザンナを思い浮かべながら問い掛けた。

 ロザンナのように、将来を冒険者と定め切れない者には、常設依頼(じょうせついらい)で糧(かて)を得ながら将来を考える時間が得られるのは朗報だろう。


「じゃあ、サノスはポーションの原液作りが『常設依頼(じょうせついらい)』になるのは賛成なんだな? それとも次回も指名依頼で受けて独占したいとか?」

「師匠、私はそこまで欲にまみれてません」


「ならば後輩がサノスを真似て頑張るのは嬉しいんだな?」

「はい。師匠、どうやってみんなに教えます?」


「おいおい、もうそこまで考えてるのか?」

「はい。まずはロザンナですね。彼女はあの三人の中でも薬草採取が一番上手なんです」


「へぇ~」

「ロザンナがポーションの作り方を覚えれば、きっと新しい『常設依頼(じょうせついらい)』の常連になれます」


 サノスは胸を張り、明るい口調で答えてきた。


 そんなサノスの視線を誘導しながら、机の上に置かれた鍋を指差して、俺はサノスに問い掛ける。


「サノス、この鍋について話す前に、サノスの作り置きしていたポーションの原液の話をして良いか?」

「はい。師匠お願いします」


「サノスが作り置きしていたポーションの原液だが、今朝からの討伐に役立っていると考えたか?」

「まぁ、役立って欲しいとは思いました」


「サノスの顔見知りの冒険者の方々が、安心して討伐に行けるんだ。そう考えたことはあるか?」

「サノスさん。皆さん『これで安心して行ける』『サノスに礼を言っといてくれ』そんな感じでしたよ」

「キャンディスさんまで⋯ な、何か照れてしまいます~」


 割り込んできたキャンディスの言葉に、サノスが照れているが嬉しそうな顔色を見せてきた。

 そんなサノスに向かってキャンディスが褒め言葉を続ける。


「今回はギルドの判断で緊急の討伐依頼になったにも関わらず、サノスさんのお陰で本当に助かりました」

「いえいえ、たまたまです~」


 キャンディスが続けた言葉に酔いしれるサノスを脇に置いて、俺はキャンディスに問い掛ける。


「キャンディスさん、明日も討伐は続くんですか?」

「はい。今回の討伐ですが、ギルドでは最低でも1週間を考えています。冒険者の皆さんには、明日も頑張って欲しいです」


 キャンディスから1週間の話が聞けたところで、ニヤケ続けるサノスに話を振る。


「サノス、どうする?」

「えっ? 私ですか?」


「そうだ。明日も朝から、ワイアットや冒険者達は魔物の討伐へ向かうそうだ。サノスはどうする?」

「私ですか? 私は討伐には行けませんけど?」


「サノスさん、そうじゃなくて⋯」


 キャンディスが割り込もうとするが、それを俺はそっと手で制する。


 俺は、きょとんとした顔のサノスを真っ直ぐに見つめる。


「サノスは明日の討伐で、何かをするのか?」

「師匠、私は冒険者じゃ無いですよ。出来ることと言えば⋯」


 サノスが言葉を止めて目線を机の上の鍋に移した。

 そんなサノスに見えるように、俺は鍋の木蓋に貼られた張り紙に、ゆっくりと手を伸ばす。


「サノス、どうする?」

「煮出します。これを煮出してポーションを作ります!」


 俺の手を追うようにサノスの手が伸び、蓋に置かれた張り紙を外すとキャンディスに手渡した。


「キャンディスさん、これから直ぐに作業を始めます。この部屋を借りて良いですか?」

「サノスさん、ありがとうございます。この部屋を自由に使ってください」


 そう告げたキャンディスが俺に向き直った。


「さあ、イチノスさん。サノスさんを邪魔しないようにしましょう」


 そう言ってキャンディスが席を立ち上がる。


「そうです、これは私の指名依頼です。師匠の出番はありません(キッパリ」


 そう告げたサノスは、椅子の上に置かれた紙袋から『湯沸かしの魔法円』を取り出して机の上に置いた。


 続けて鍋を持ち上げ『湯沸かしの魔法円』の上に置こうとする。

 そんなサノスへ、キャンディスが空かさず手助けして『湯沸かしの魔法円』の上に鍋を置いた。


「ありがとうございます」


 キャンディスへ礼を述べたサノスは、自分のカバンから『魔石』を取り出した。

 昨日、サノスに渡すようにキャンディスに願った『オークの魔石』だ。


「さあ、イチノスさん行きましょう」

「ああ、そうだね」


 キャンディスに急かされ、俺も椅子から立ち上がった。

 サノスは鍋の蓋を開けて中身を確認して、うんうんと一人で頷いている。


「イチノスさん」

「ああ、わかった」


 再びキャンディスに急かされ、掲示板脇の別室を出ようとすると、サノスが『湯沸かしの魔法円』に魔素を注ぎ始めるのが見えた。


 キャンディスと共に掲示板脇の別室を出た所で、掲示板へ目をやる。


 古くさく黄ばんだ『薬草採取』の『常設依頼(じょうせついらい)』の隣に、真新しい白い掲示物が見えた。


━【ポーションの原液調達依頼】━

ギルドでは見習い冒険者が作った

ポーションの原液を求めています

詳しくは受付カウンターへ

[リアルデイル冒険者ギルド]

[ベンジャミン・ストークス]

━━━━━━━━━━━━━━━━


「イチノスさん、今朝一番で出したんです」

「中々、仕事が早いな(笑」


「はい。それじゃあ次は2階の応接でギルマスと打ち合わせですね」

「いや、それよりキャンディスさんは指名依頼にサノスのサインは不要なのか?」


「サイン?」

「サノスはまだ、指名依頼にサインしていないと思うが?」


「あっ!」

「サノスの保護者なら、大衆食堂にオリビアさんが居ると思うぞ(笑」


 俺の言葉と共にキャンディスが受付カウンターに走りより、若い女性職員と何かを話し始めた。


 数回頷いた若い女性職員が受付カウンターを飛び出し、俺に目も向けずに冒険者ギルドから走って出ていった。

 きっと、オリビアさんを呼びに行ったのだろう。


「イチノスさん、お待たせしました。2階の応接でギルマスと打ち合わせです」

「はい(笑」


 思わず笑ってしまった俺は、キャンディスの案内で2階の応接に向かうことにした。

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