7-5 売ってません配ったんです


 キャンディスに冒険者ギルドの2階の応接室へ案内された。


「ギルマスを呼んできますので、こちらでお待ちください」


 俺を一人で応接室に残して、キャンディスはギルマスを呼びに行った。


 応接に座り、カバンからメモ用紙とペンを取り出す。

 討伐に向けて準備するポーションの調達計画が気になって、現状を整理したくなったのだ。


■討伐前日(昨日)

・討伐初日分のポーション製造

  原液はサノス製

   仕上げは俺(昨日の夕方)

   ⇒ポーションを冒険者に渡す

・討伐2日目分の原液の仕込み

  サノスへ指名依頼

   素材 ギルドの在庫

   漬け込み サノス


■討伐初日(今日)

・討伐2日目分のポーション製造

  サノスへ指名依頼

  原液はサノスが煮出し中

   仕上げは今日の昼過ぎに教会長

   ⇒ポーションを冒険者に渡す

・討伐3日目分の原液の仕込み

  常設依頼でサノスかロザンナ(?

   素材 見習い冒険者が採取(Ⅹ:禁止中

   素材 ギルドの在庫(?

   漬け込み サノスかロザンナ(?


■討伐2日目(明日)

・討伐3日目分のポーション製造

  常設依頼でサノスかロザンナ(?

  原液は明日の昼前にサノスかロザンナが煮出す(?

   仕上げは俺(?

   教会長にお願いできないか?

   ⇒ポーションを冒険者に渡す

・討伐4日目分の原液の仕込み

  常設依頼でサノスかロザンナ(?

   素材 見習い冒険者が護衛付きで採取(?

    護衛の冒険者は指名依頼(?

    何人が参加するのか(?

    雨が降ったら中止(?

   素材 ギルドの在庫(?

   漬け込み 常設依頼でサノスかロザンナ(?


 ここまで書き出して、確定していない部分に『(?』を付けてみた。


 明日のことになると『(?』だらけだ。

 これは既に俺の手を離れて考えが及ばないからだと思うが、若干、心配な部分だから気になるのだろうか?

 更に気になるのは、今日のこれからの部分に『(?』があることだ。


 これらの確定していない部分を、キャンディスはどう考えているのだろう。


コンコン


 応接室のドアをノックする音と共にキャンディスが入ってきた。


 俺を一人で応接に待たせる様子も含めて、キャンディスから俺への遠慮が取れた感じがする。

 それと共に、彼女が担当しているポーションの調達に、かなり巻き込まれている感じを受けるが、気にしないことにした。

 こちらとしても、ざっくばらんに進めて、面倒事が近寄ってきたなら、早々に逃げさせて貰おう(笑


「イチノスさん、お待たせしてすいません。ギルマスは来客の対応中で、もうしばらくお待ちいただけますか?」

「いえいえ、気にしないでください。急に訪問したのは私の方です。日を改めても⋯」


「いえ、ギルマスからイチノスさんに待って貰うように言われております。イチノスさんに御用事があるようであればギルマスに伝えますが?」

「いや、格段に用事は無いのだが⋯」


 サノスの指名依頼の件は、キャンディスから常設依頼の話を聞き出し、サノスも納得したので片付いたと言えるだろう。


 俺からのギルマスへの用事は⋯ 明日の回復魔法を教会長に代わってもらえないだろうかと言うぐらいだな。


 何だったらキャンディスに頼んで終わらせるか?


「では、ギルマスが来るまで、私からのお知らせを聞いてください」

「えっ、はい。お伺いします」


 少し考えている隙をキャンディスに突かれてしまった。


「昨日のポーションの鑑定結果です」


 そう言ってキャンディスが一枚の紙を見せてきた。


━【ポーション鑑定結果】━

等級 7

製作者 サノス(イチノス)

数量 40本分


 なるほど、教科書通りに作ると通常は9等級と言われている。

 サノスの原液の作り方が良かったのか、俺の回復魔法が効いたのか、7等級と判定されたのは喜ばしいことだ。

 この等級ならば中級ポーションとして扱える。


 ポーションの等級は、1~9で表される。

 1等級が最上位で『特級』とも呼ばれるものだ。

 9等級が最下位で『低級』とも呼ばれ、教科書通りに作ったものだ。


特級 1

上級 234

中級 567

低級 89


 ちなみに俺がギルドに納めるのも、店で売るのも3等級の物にしている。


「中級とは喜ばしいですね(笑」

「はい。いつもなら冒険者の方々は上級を求めるのですが、今回は緊急事態でしたので十分と受け入れて貰えました」


 キャンディスの出してきた紙を改めて見直して、俺の名前がサノスの後ろに括弧付けで記されていることが気になった。


〉製作者 サノス(イチノス)


「このイチノスとは?」

「最終工程がイチノスさん(ニッコリ」


 キャンディス、その笑顔は何を意味する?


 昨日、俺の名前を出して欲しくないことは伝えたはずだが⋯


「この部分は、何を意味するのかな?」


 俺はポーションの鑑定結果に記された自分の名前を指差す。


「イチノスさんの名前の事ですか⋯ サノスさんの作ったポーションの原液に、イチノスさんが最終工程を行った⋯」

「確かにそれは事実だが、俺の名前を付けて売ってないよな?」


「売ってません。配りました」

「⋯⋯」


 今、不穏な言葉を聞いた気がする。

 『配った』とかキャンディスが口にした気がする。


「配ったとか言った気がするが⋯」

「西の関で24人、南の関で12人が

夜明けと共に先兵部隊で出たんですがギルマスの指示で、ギルド製造のポーションとして36名全員に配りました」


「配った⋯ それって⋯」

「イチノスさんが気にされていた、イチノスさんの名を付けて売ってはいません。無償で配りましたから(ニッコリ」


 再びキャンディスが笑顔を見せてくる。

 その笑顔に俺はやられた感が消せない。

 中級ポーションを無償で配られたら、冒険者の連中は十分と考えたのも頷ける。


「じゃあ、先兵隊の方々はギルドから支給されたポーションが、サノスと俺の合作だということを知っているのか?」

「イチノスさん、そこは安心してください。冒険者の皆さんにはギルドの支給品で中級ポーションとして伝えています。誰が作ったかは伝えてません。ギルドの職員全員にも製作者については口外禁止を言い渡しています」


 まあ、それなら良しとするか⋯


「ギルドの支給品でサノスさんとイチノスさんに迷惑は掛けられませんからね(笑」

「ククク なるほど。それがギルドの狭義というわけだな(笑」


「はい(ニッコリ」


 魔導師の俺に狭義があるように、冒険者ギルドに狭義があっても何らおかしくはない。

 俺が一方的に自分の狭義を語らずとも、キャンディスがギルドの狭義を示してくれるのは、とてもありがたいことだ。

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