7-6 彼女のいろいろな姿を見ました
キャンディスと会話を重ねて、だいぶ解(ほぐ)れた感じがしてきた。
やはり、こうしてざっくばらんと会話を重ねるのが楽だな。
「イチノスさん、聞いても良いですか?」
「何でしょう?」
「サノスさんの悩みって、なんだったんですか?」
おいおい、サノスの悩みを未だにキャンディスは理解していないのか?
「キャンディスさん、そこはわかって欲しいですね。サノスも一人の魔導師になろうとしているのです。見習いから一人前の冒険者になるのと同じですよ」
「はぁ⋯」
「キャンディスさんも経験ありませんか? 成人する前って悩みませんでしたか? 周囲の成人した人々から意見されたりして、悩んだりした記憶はありませんか?」
「⋯ あったかも?」
「それですよ。キャンディスさんにもあったように、サノスも成人する前の経験です。サノスは『そういう年頃(としごろ)』なんです」
「そう⋯ 年頃(としごろ)⋯」
何かキャンディスが悩み始めた感じがする。
「実は、最近、受付業務に付いてても見習い冒険者が来ないの⋯」
「はぁ?」
「受付に座ってると、むさ苦しい冒険者は来るんだけど、見習いの若い子達が来ないの⋯」
まてまて。
キャンディスは何の話をしてるんだ?
「こないだ後輩と並んで座ってたら、見習いの若い子達が、みんな後輩の所に並んだの」
「(その後輩って、美味しい紅茶を淹れてくれる若い女性職員か?)」
「それで、ギルマスに相談したんだけど、イチノスさんみたいにギルマスに言われたんです」
「⋯⋯」
「『そういう年頃』なんだって⋯」
いやいや、キャンディスさん。
ギルマスは違う意味で言ったと思うよ。
「そしたら、今回の討伐を計画してみろってギルマスに言われて⋯」
「ほぉ~」
「おまけじゃないけど、ポーションの調達は全権を委任されて」
そこまでキャンディスが語ったところで、キャンディスの目線が俺の書いたメモに移った。
「イチノスさん、そのメモは⋯」
「あぁ、これですか?」
キャンディスが俺の書いたメモ書きが気になるようで、素早く手を伸ばし、それを手にした。
メモを手にしたキャンディスが、じっくりと読み込んでいる。
俺が主体でない事に首を突っ込んでしまったようで、恥ずかしい感じだ。
「これって、この先のポーション確保の計画書ですか?」
「あぁ、俺なりに書き出してみたんだが、既にキャンディスさんは準備してるよね? ツマランもんなんで気にしないでください」
「いえ、これは⋯ そうか⋯」
キャンディスが、一旦、俺に目をやったが直ぐにメモ書きに戻り、ブツブツと呟き始めた。
何か気になることでもあるのだろうか?
コンコン
「お茶を用意しました」
応接のドアがノックされ、今さっき話題になった若い女性職員の声がする。
こうした場合には、ギルド職員のキャンディスが応じるべきだろう。
だが、当のキャンディスは、俺の書いたメモ書きを見ながら、ブツブツと呪文を唱え続けている。
仕方なく俺が応じると、若い女性職員がティーセットを乗せたワゴンを押して入ってきた。
若い女性職員が丁寧な所作で紅茶を淹れると、俺とキャンディスの前に置いてくれた。
「イチノスさん、どうぞ」
若い女性職員に促され、出された紅茶を口に含めば、実に豊かな香りが口内に広がる。
渋みも少なく、なかなか良い紅茶で⋯ やはり淹れ方が良いのだ。
「なかなか良い紅茶ですね。淹れ方も素晴らしい」
「ありがとうございます」
俺の言葉に若い女性職員が笑顔でペコリと頭を下げる。
「そう言えばオリビアさんはいらっしゃいましたか?」
「そうそう、急にお願いしてごめんなさいね」
俺の問い掛けに、ティーカップを手にしたキャンディスが割り込んできた。
「はい。オリビアさんに来ていただき、無事にサノスさんとオリビアさんにサインを貰いました」
「ありがとうね。紅茶も本当に美味しいわ」
「ありがとうございます」
そう告げて若い女性職員は頭を下げ、再びキャンディスに視線をやってから、ワゴンを残して応接から出ていった。
う~ん。
なぜか居心地が悪い感じがする。
先程のキャンディスの話を、俺が意識しすぎているのだろうか。
「キャンディスさん、私からお願いがあります」
「なんでしょう?」
「明日の仕上げを教会長に代わってもらえないだろうか?」
「えっ? 教会長のご都合を伺ってみないと⋯」
「今日の昼過ぎにいらっしゃるんですよね? その際に聞いて貰えませんか?」
「えぇ、伺ってはみますが⋯」
「教会長の返事については、伝令で知らせてください」
そこまで告げて、若い女性職員が淹れてくれた紅茶は名残惜しいが、応接から出ようとカバンに手を掛けた。
「あの、イチノスさん。私の対応に何か失礼な事がありましたでしょうか?」
コンコン
キャンディスがオロオロし始めた時、応接のドアがノックされたかと思うとギルマスが入ってきた。
「いや~ イチノス殿、待たせてしまって本当に申し訳ない」
ギルマスの登場にキャンディスがさらに慌てだした。
一方の俺は、帰る機会を逃したかとカバンに掛けた手を戻す。
ギルマスは慌てるキャンディスに目をやり、続いて座り直した俺を見てきた。
「ギルマス! イチノスさんが!」
遂にキャンディスが声を荒げ始めた。
彼女のこんな姿を見るのは始めてだ。
もっとも、今日はいろいろな姿のキャンディスを見ている気がする。
一方のギルマスは彼女を手で制して、応接に座った。
「キャンディスさん、ちょっと落ち着こうか」
「イチノスさんが⋯」
「うんうん。キャンディスさん、私の話が聞けるかな?」
「⋯⋯」
「キャンディスさん、まずはイチノス殿を待たせてしまった。私がイチノス殿にお詫びするのが先だよね?」
「⋯は、はい」
ようやくキャンディスが落ち着いたようだ。
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