7-7 謝罪と懸念の解決
「イチノス殿、待たせてしまったこと、このとおり深くお詫びする」
ギルマスが応接に座ったままだが深く頭を下げてきた。
それを見てギルマスの隣に座るキャンディスも慌てて頭を下げてくる。
俺は黙して頭を下げる二人を見つめた。
やはり、すんなりとは帰れそうもない。
「二人とも頭を上げてください。予約もなく訪問したのは私です。多少の待ち時間は気にしておりません」
「ありがたい言葉だ。キャンディスさん、私にも紅茶を淹れてくれるかな?」
「あっ、はい。直ぐに淹れます」
ギルマスの言葉にキャンディスが立ち上がりワゴンで紅茶を淹れ始めた。
「ギルマス、お忙しいようですね」
「えぇ、もう逃げられないですね。イチノス殿のお力を借りないと無理ですね(笑」
おいおい、待たせた謝罪が終わったばかりで、俺に仕事をフルのか?
「いやいや、私なんてかえって足を引っ張るだけですよ(笑」
「ギルド内の仕事はみんなが支えてくれるんだが、ギルド外の仕事はお願いできないですからね。実はそれが面倒でね」
「ギルドの内外で、身体が2つ欲しい気分ですか?」
「いやいや、2つじゃ足りないね。3つは欲しい気分だよ」
「3つですか?」
「ギルドの中の案件で一人、外の案件で一人、それを繋げたり調整するので一人。合計3人だね」
「その3人で話し合ったら大変そうですね(笑」
「うんうん。きっと殴り合いの喧嘩が始まるよ(笑」
「ククク」「ハハハ」
ギルマスとの会話に笑いが出たところで、キャンディスが紅茶をギルマスの前に出す。
「ありがとうね。さて、キャンディスさんの用事は終わったのかな?」
「いえ、終わってません。むしろイチノスさんから指摘を受けて増えてしまいました」
そう口にしてギルマスの隣に座り直したキャンディスが、俺の書いたメモ書きをギルマスに手渡した。
ギルマスが手にしたメモ書きに目をとおし始めた。
メモ書きを指でなぞって行く様子をしばらく眺めていると、読み終えたらしくギルマスが呟く。
「なるほど。明日の天気と討伐状況か⋯」
「ええ、それにイチノス殿から希望も出ています」
ギルマスの隣に座るキャンディスがギルマスへ問い掛ける。
「イチノス殿から希望?」
「はい、明日のポーションの仕上げを教会長に代わって欲しいとの事です」
「はい。私事ですが教会長から宿題を貰っていて、それを先に片付けたいのです」
キャンディスの言葉に続けて、俺が理由を添える。
「ほ~ イチノス殿が教会長から宿題ですか?(笑」
「まあ、私事ですが(笑」
「イチノス殿と教会長で話し合いをと思いましたが⋯ う~ん⋯ 宿題を出した先生との話し合いは難しいと?(笑」
「ククク ギルマス、察しが良いですね(笑」
俺とギルマスが冗談を交わし終えたところで、ギルマスがキャンディスに視線を移した。
「キャンディスさん、よく聞いてください」
「は、はい」
「あなたにポーション調達の全権を委任したのには、こうしたことの判断も含んでいます。これはキャンディスさん、あなたの裁量の範疇(はんちゅう)です」
「は、はい⋯」
キャンディスが返事に窮してる感じだ。
「教会長と目の前のイチノス殿には辛辣な言い方かもしれませんが、二人以外、他の回復術師でもギルドは受け入れます。そうした柔軟性を持って考えてください」
「は、はい⋯」
確かにギルマスの言うとおりに、俺や教会長以外でも良いな。
「それと、ポーションの調達に無理があるなら討伐は中断します。これは前にも伝えた決定事項ですよ。ポーション無しで冒険者の方々に討伐依頼は出せません。これはギルドの威信に関わることです」
「は、はい⋯」
おっと!
ギルマスが場合によっては討伐の中断もアリだと言いきったぞ。
「それと薬草採取の護衛は場合によっては指名依頼でも構いません。護衛無しでの薬草採取は見習い冒険者を危険に晒すだけです」
「は、はい⋯」
おー ギルマスは俺のメモ書きを一読しただけで、俺の意図を汲み取っている。
「冒険者の方々に薬草採取の護衛依頼は打診していますか?」
「いえ、未だです」
「それに、薬草採取の為に見習い冒険者に参加して貰う同意は取れていますか? これは保護者も含めてです。見習い冒険者に力を借りるには、後輩の彼女としっかり話し合ってください」
「う、う⋯」
くっ(笑
後輩の彼女とは、あの美味しい紅茶を淹れてくれる若い女性職員の事だな。
ギルマスはキャンディスと若い女性職員の連携を求めてるんだな。
「し、しかし、ギルマス⋯」
「『しかし』は止めましょう。キャンディスさん、何を躊躇ってるのですか? これはあなたの成長のための任務ですよ」
そこまでギルマスが話し、キャンディスは黙ってしまった。
キャンディス、頭を垂れないで頑張れ!
「天気については、商工会ギルドに打診しましょう。西の関に着いた商隊から商工会ギルドは情報を得ているはずです。連絡をしてはどうですか?」
なるほど。
天気は西方から変わってくる。
商工会ギルドでは、西方から来た商隊から天気の様子を得ている話しは聞いたことがあるぞ。
さすがはギルマスだ。
俺のメモ書きを一回読んだだけで、あっという間に俺の頭の中にあった一連の懸念を解決へと導いて行く。
それにしても、キャンディスと若い女性職員の確執は根深いものがありそうだ。
「さて、キャンディスさんの用件はこれで済んだかな?」
「は、はい⋯ 済んだと思います⋯」
「この先は、ギルド外の話なんだ。おっと! もしかしてキャンディスさんが担当してくれるのかな? それなら大助かりだ」
「ちょ、ちょっと待ってください」
キャンディスがメモ書きをギルマスから取り上げ、慌てて応接から立ち上がった。
「ま、そう慌てずに聞いてくれよ」
「いえ、先ほどギルマスにいただいたお話を進めます。それに、そろそろ先発隊が戻って来る頃です。急いで話を聞いてきます」
「じゃあ、仕方がないね。とにかく、今回の討伐の件はキャンディスさんに任せるから、皆をうまく口説いてね」
「はい。では失礼します」
結局、キャンディスは慌てて応接から出て行ってしまった。
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