7-3 悩みは事情を聞いて解決しよう
冒険者ギルドへの道を歩きながら、サノスに聞いてみた。
「サノス、ギルドに行く前に聞いておきたいんだが、サノスは何回か指名依頼を受けたいのか?」
「それなんですが、迷ってるんです」
「何を迷ってるんだ?」
「何回かはしたいんですけど、あれって⋯ 私が作ったポーションじゃないですよね?」
サノス、中々、良い点に気がついたな。
「確かにそうだな。教科書通りだからな」
「指名依頼は嬉しいし、お金になるのは嬉しいです。けど⋯ 何か違うんですよね⋯」
「それは自分で考えて作った訳じゃない、教科書どおりに作っただけだからか?」
「多分、そこだと思うんです。それに仕上げの回復魔法は父さんや師匠だよりですよ。何か⋯ これで良いのかと思うのと、今回だけ、次回があるのかがわからない。次回も私は同じのを作るだけ? そんな感じで悩んでるんです⋯」
そこまで話したサノスは一息ついて、更に言葉を続けた。
「家に置いていた分は元手を十分に取り返せたから嬉しかったんです。けど、今日これから煮出すのは、薬草もギルドが無償で出したんです。これって『私が作ってるの?』『他の人でも作れるよね?』⋯ そんな気分になったんです」
サノスの言葉に俺は直ぐに答えず、サノスの気持ちが落ち着くのを待ってみた。
互いに黙ったままで冒険者ギルドへ向かって歩いて行く。
道の角を曲がり、今日も街兵士の立つ魔道具屋が見えたところで、俺からサノスに聞いてみる。
「サノスは割り切れないのか?」
「割り切る⋯ ですか?」
「そうだ、お金のためと割り切れるかどうかだ」
「お金にはなります。お金のためと割り切ればいいんです。けど⋯ 割り切れないんです⋯」
「わかった。まずはキャンディスさんの話を聞こう。なぜ『今回だけ』としたいのか、まずは理由を聞き出そう。それで良いな?」
「はい。そうします」
「この後は煮出すだけだよな?」
「ええ、湯沸かしで煮出すだけです」
「煮出すのは、キャンディスさんから話を聞いてからだな」
「そうなりますね⋯」
何かが抜けている気がしたが、一応、これからの方針が決まったと考えて、俺とサノスは冒険者ギルドへ足を踏み入れた。
冒険者ギルドに入って、直ぐに様子が変わっているのに気がついた。
冒険者達が溢れていたホールを挟んで、いつも依頼が貼り出される掲示板の反対側に、新たな移動式の掲示板が2台置かれていた。
2台の移動式掲示板には、それぞれの上方に『西方』と『南方』と書かれている。
━━【西方】━━
負傷者数 0
討伐数 6
オーク 3
ゴブリン 3
━━【南方】━━
負傷者数 0
討伐数 1
オーク 0
ゴブリン 1
なるほど、今日から始まった西方と南方での討伐依頼、その各方面での負傷者数と討伐数を書き出しているのか。
正直に言って、討伐依頼が出た時のギルドの様子を俺は始めて見た。
俺は物珍しさから、2台の掲示板を眺めてしまった。
「師匠は初めて見ますか?」
「あぁ、初めて見るな」
「あれ? 春に行われた、西の討伐の時って⋯ 当日の師匠はポーション作りに疲れて寝てましたね(笑」
「⋯⋯(ジロリ」
事実ではあるが、サノスの言い方が嫌みに思えて、つい、睨んでしまった。
そんな俺に気がついたのか、敢えて無視しているのか、サノスが話題を変えてくる。
「負傷者が0なのは、何か嬉しいです」
「そうだな」
サノスの言うとおりに、負傷者が出ていないと知るのは何故か嬉しい。
見知った冒険者達がケガをしたとか聞く事はあるのだが、こうした魔物の討伐依頼で負傷者が出るのは気分が良いものではない。
特にサノスの場合は父親のワイアットが参加しているのだ。
身内から負傷者が出ていないと知るのは、きっと喜ばしいことだろう。
そんな会話をサノスとしていると、受付カウンターから美味しい紅茶を淹れてくれる若い女性職員が出てきた。
女性職員の動きに受付カウンターを見直したが、キャンディスは見当たらない。
「こんにちは、サノスさんにイチノスさん」
「こんにちは。予約はしてないんだけど、キャンディスさんかギルマスはいるかな?」
「すいません。二人とも会議中なんです」
「そうか⋯ 待たせてもらっても良いかな?」
「今、聞いてきます。そうだ、サノスさん。ポーションを入れた鍋は掲示板脇の別室に移動しています」
「ありがとうございます」
礼を述べたサノスを、若い女性職員の言葉を借りて少し誘導する。
「サノス、それなら別室で待たせてもらおう。サノスが作ったポーションも見たいしね。それで良いね?」
「そうですね。ポーションも気になるので、そこで待たせてもらいます」
サノスを誘導でき、若い女性職員も笑顔を浮かべてくれたので、俺とサノスは連れ立って掲示板脇の別室へ向かった。
昨日と同じ別室に入ると、机の上に鍋が乗せられていた。
その鍋は木製の蓋で閉じられており1枚の紙が貼られている。
─
絶対に触るべからず
キャンディス
─
「なあ、サノス。これって俺もサノスも触るなって事かな(笑」
「触らないと煮出せないですね(笑」
コンコン
扉をノックする音に続けて入ってきたキャンディスが、俺とサノスに深く礼をして来た。
「サノスさん、イチノスさん。今日もギルドに来てくれて、本当にありがとうございます」
「いえいえ、サノスからちょっと相談を受けまして、事情を確認したくて伺いました」
「⋯⋯」
「?? サノスさんからイチノスさんへ⋯ 相談⋯ ですか?」
「えぇ、指名依頼の事です。キャンディスさんの言葉でサノスが悩んでしまったんですよ」
「⋯⋯」
「私の言葉⋯ ですか?」
どうやらキャンディスは、自分の言葉でサノスが悩んだことを、わかってはいないようだ。
「キャンディスさん。昨日、サノスが指名依頼のサインをする時に『今回だけです』って言ったそうですね?」
「⋯⋯」
「⋯『今回だけ』? あぁ~それですね。その事でサノスさんを悩ませてたんですね。だとしたら私の言葉が足りませんでした。サノスさん、本当にごめんなさい」
そう言ったキャンディスは、黙って聞き続けるサノスに向き直って、素直に頭を下げた。
そんなキャンディスにサノスが問い掛ける。
「キャンディスさん。聞いていいですか?」
「はい。何でも聞いてください。けど、立ち話も何ですから座りませんか?」
キャンディスから着席を勧められた。
机を囲むように置かれた四脚の椅子の内、一脚には店の紙袋が置かれており、見た限りは『魔法円』が入っているようだ。
3人で机の椅子に座って話し始めると、先ほどの続きとばかりにサノスが口火を切る。
「キャンディスさん、どうして『今回だけ』なんですか?」
「それね。サノスさんへの指名依頼は今回だけ。次回からは見習い冒険者なら誰でも受けれる『常設依頼(じょうせついらい)』にするの」
「常設依頼(じょうせついらい)?」
キャンディスの言葉に、俺は思わず口を挟んでしまった。
けれどもキャンディスは俺の言葉に反応せずに、サノスに向かって説明を続ける。
「サノスさんはギルドの『常設依頼(じょうせついらい)』は知ってるわよね?」
「薬草採取とか、ドブ掃除ですよね?」
「そう、見習い冒険者の重要なお仕事よね。それにポーションの原液作りも加えるの」
「それって⋯ ポーションの原液作りも見習い冒険者の仕事にするってことですか?!」
「そうよ。サノスさんのような見習い冒険者が、自分で薬草を取ってきたり、ギルドから薬草を購入して、自分の方法でポーションの原液を作るの、それを一旦ギルドで買い上げるの」
「⋯⋯」
「それで、見習い冒険者から買い上げたポーションの原液は、ギルドがポーションにしたり、欲しがる人に売るの。誰が作った原液かをわかるようにして売って行くの」
「⋯⋯」
サノスはキャンディスの話を一所懸命に聞いている。
俺もキャンディスの話を聞き続け、なるほどと頷いて行く自分を感じてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます