7-2 弟子の相談に応じる


「師匠、ロザンナに何を聞きたいんですか?」


 サノスが店の外の掃除に行かずに粘って俺に聞いてくる。


 あまりサノスに粘られるのも面倒臭い。

 俺は迷ったが、サノスとロザンナの将来を考えてきちんと話すことにした。


「サノス、そしてロザンナ。黙って聞くように」

「「⋯⋯」」


「魔導師や魔道具師を目指す者は、最初に躓くことがある」 

「「⋯⋯⋯」」


「魔導師や魔道具師を目指す者は、サノスのように店番から弟子入りして始めることが多いんだが、これを始めるといろいろな声が聞こえてくるんだ」

「「⋯⋯⋯⋯」」


「『魔導師の店で働くって⋯ もしかして魔素が使えるの?』そんな感じで周囲が囁き始めるんだ」

「「⋯⋯⋯⋯⋯」」


「時にはこんな言葉も聞こえてくる。『魔素も使えないのに魔道具師なんて成れるの?』そうした言葉に耐えられるか?」

「「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」」


 黙って聞いているサノスとロザンナ。

 俺はサノスへ目線を移して問い掛ける。


「サノスは自分の時を覚えてるか?」


 サノスが店で働きたいと言ってきた時に、俺はサノスに同じ話をした。

 だがサノスは『大丈夫です』と答えるだけだった。


 それに、両親との面接で、オリビアさんに問い掛けても、オリビアさんは明るい声で『イチノスさん気にしないで』と返事をした。

 ワイアットに至っては『娘が望むならお願いする』としか言わなかった。


「私ですか? 私はみんなが知ってましたよ。父も母も知ってるし、ヴァスコとアベルも知ってました。ロザンナも知ってるよね?」

「えぇ、サノスさんは教室でみんなに水を出すのを見せてましたよね?」


 おいおい。マジかよ!


 サノスがロザンナを巻き込んで初等教室での話をしてくる。


 そこまで周囲に知られてて、よくぞ今まで平穏無事に過ごせたなと言いたい。

 よからぬ考えの奴らに『魔素』が扱えると知れたら大変な事になるぞ。


 そもそも『魔素』が扱えると知れたら、誘拐されて奴隷のように扱われて『人間魔石』扱いにされる可能性があるぞ。

 俺は母(フェリス)からも警告されたし、魔法学校時代の学友も親から同じことを言われてるぞ。


 魔法学校のように、皆が『魔素』を扱えるとわかっている場所なら仕方がない。

 そうした場所でもない、一般庶民の初等教室で『魔素』を使ってみせるなんて危険じゃないのか?


「ロザンナも真似して出来たんだよね?」

「サノスさんの教えが良かったんです」


「ロザンナ、照れるからやめてぇ~」


 サノス、喜ぶんじゃない。

 お前は、ロザンナに何を教えたかわかってるのか?

 まあ、今までサノスもロザンナも人攫(ひとさら)いに遇っていないようだから大丈夫なのだろう。

 それよりも、サノスとロザンナの話を聞いて、俺は確認しておきたい事が出てきた。


「サノス、ちょっと聞いて良いか?」

「何ですか? 師匠?」


「さっきの話で、ヴァスコとアベルも知ってると言ったが、あの二人は子供の頃から『魔素』が扱えたのか?」

「プルプル」「ブルブル」


 サノスとロザンナが首を振る。


 ヴァスコとアベルは使えなかったか⋯

 まあ成人してから、自分が『魔素』を扱えるとわかることも多いと聞くからな。


「それで、イチノスさん。どうでしょうか?」

「う~ん⋯ ちょっと考えさせてくれるか? 今この場でのロザンナへの返事は『保留(ほりゅう)』だな」


「『保留(ほりゅう)』ですか?」

「長くは待たせない。急な話で、俺の考えが整理できないだけだ。今日のこの場はそれで納得してくれないか?」


「わかりました。私も急ぎません。今日はお時間をいただき、ありがとうございました」


 ロザンナはそう言って席から立ち上がった。

 座っていた椅子をきちんと直して、ロザンナは再び頭を下げて店舗の方へと向かって行く。


「ロザンナ、送ってくよ」


 サノスがそう言って、ロザンナを追うように席を立ち上がった。


 サノスとロザンナが居なくなった作業場で、暫し考える。

 ロザンナを店番で雇うとなると、二人分の仕事を考える必要がある。


 サノスに『魔法円』を描かせることに集中させ、ロザンナを店番に専念させるのも手だな。

 だがサノスが描いた『魔法円』が売れないと、店には『魔法円』の在庫が溢れるだけだ。


 続けて考えなきゃいけないのは、サノスとロザンナの日当に、どの様に差を付けるかだ。

 サノスは雇い始めた頃の多忙さから、今の日当になった。

 ロザンナを雇ったとして、サノスとロザンナを同じ日当にするのは問題があると思う。

 ロザンナの店番とサノスの『魔法円』を描く仕事では、仕事の内容が違いすぎる。

 ロザンナがサノスと同じ能力で同じ仕事や作業ならば、同じ日当が妥当だろう。


 それにサノスとロザンナには、初等教室で先輩と後輩の関係がある。

 そうした関係の二人に、同じ日当と言うのは不満の種に成りかねない。


 そう言えば⋯ 今のサノスはギルドの指名依頼を受けてるよな?

 ギルドへ行ってる間は、俺の店の為の働きをしていない。

 こうした場合でも、俺はサノスに日当を払うべきか?


 そもそもサノスは、いつまでギルドの指名依頼を受けるんだ?


 いかんいかん。

 思考が脱線している気がする。


カランコロン


 店の出入口の扉に付けた鐘がなり、サノスが戻ってきたと知らせてくる。


 作業場に戻ってきたサノスは御茶(やぶきた)を淹れるのに使った道具を淡々と片付けて行く。


 俺は机の上に置かれた教本を1冊取りだし、中身を読むでもなくパラパラと捲って行く。

 手にした本は王国の歴史を記した本のようだ。


 両手持ちのトレイに全てを乗せ終え、台所へ行こうとするサノス。


 何故だろう。

 サノスが一言も喋らない。


 いつもなら、それなりに会話を振ってくるサノスが一言も喋らない。


「サノス、黙ってどうした? らしくないな(笑」

「⋯⋯」


 サノスは俺の言葉で一瞬止まったが、返事もせずに台所に向かった。

 台所からは洗い物をする音が聞こえるだけだ。


 程なくして洗い物を終えたサノスがエプロンで手を拭きながら戻ってきた。


「師匠、相談があります」

「なんだ?」


「今度は私の相談です」


 私の相談?

 さっきは後輩の相談で、今度はサノス自身の相談と言うことか。


「ギルドの仕事っていつまで続くか、キャンディスさんと話し合ってもらえませんか?」

「???」


「今回のギルドからの指名依頼がいつまで続くかを知りたいんです」

「確か⋯ ギルマスは今日の討伐の成果次第で、明日には薬草採取を解禁する話をしていたが⋯」


「う~ん⋯」

「どうした? 何が心配なんだ?」


「ギルドの指名依頼を決める時に、期間と言うか⋯ 回数の話になったんです」

「期間? 回数?」


「ええ、昨日の夜、指名依頼の金額で悩んでる最中に、父さんに言われて先にギルドの在庫の薬草と準備してくれたタライを使って薬草の漬け込みをしたんです」

「うんうん」


「その後でギルドのみんなで晩御飯を食べて、薬草を鍋に移して⋯」

「⋯⋯(その鍋は晩御飯が入っていた鍋だぞ)」


「それから依頼料を決めて、キャンディスさんの準備した契約書にサインする時に『今回は』って言われたんです」

「それでサノスはどうしたんだ?」


「『今回は』の言葉が気になって聞いたんです。『今回だけですか?』って聞いたんです」

「それでどうなったんだ?」


「キャンディスさんが『とりあえず今回です』って言うんです⋯」


 何となくだが、キャンディスと言うかギルドの考えが気になるな。


「キャンディスさんの言葉が気になって、明日の朝にサインするから今日は持ち帰りますって言って、サインしませんでした」

「⋯⋯」


「それで、父さんと母さんに相談したら、師匠にも相談しろって言われて⋯」

「わかった。一緒にギルドに行こう」


 俺の言葉で一気にサノスの顔が明るくなった。


「師匠、ありがとうございます!」

「そうだ、どうせだから今日は店を休みにしよう」


「えっ、いいんですか?」

「あぁ、たまには良いだろう」


 こうして急遽店を休みにして、俺とサノスは冒険者ギルドに向かうことにした。

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