26-4「混乱の中で」

 

 俺は今、混乱の中にいる。


 幾多の思いから思考が乱れ、時折、不快感が顔を見せる混乱状態だ。

 それでも、冷静に対処しようと必死になっている自分がいる。


 メリッサさんが、丁寧かつ慎重に言葉を選んで『苦情』と『提言』のあらましを話している。それは、俺が思っていたよりもずっとクダラナイ話だった。


「イチノスさんのお店で売られている魔石の価格と、商工会ギルドが今回の入札で提示させていただいた参考価格に差があると⋯」


 メリッサさんの口にする丁寧な言葉も、そして慎重に選んで発しているであろう言葉、それらの一語一句の全てが俺には的外れな言葉にしか聞こえない。

 世の商(あきない)は、仕入れた品を仕入れた値と同じ価格で店に並べたり売ることなんてあり得ない。

 何よりも、世の商人は仕入れた品をより高く売り、利益を得ることを目的としている。

 それは、商(あきない)に関わる者が抱く利益の追求という考えだ。


 けれども、俺が店で扱う魔石では少し違っている。

 俺が店を持つに際して、同じように店を構えている魔導師が魔石の値段をどう決めているかをコンラッドに協力してもらい調べた。

 結果として魔石の商(あきない)で利益を得ようとしている魔導師が少ないことがわかった。

 大半の魔導師は、高額で魔石を販売して利益を追求する商売をしていないことが判明したのだ。

 確かに中には、利益を追い求めて高額で魔石を売ろうとしている魔導師も存在していたが、そんなのは極希(ごくまれ)だった。


 魔導師は、仕入れた魔石を使いやすくするための調整を施すのが当たり前で、その調整の手間賃を魔石の仕入れ値に乗せて魔石を売る方法をとっていたのだ。

 この事実を最終的に決定付けたのは、東町の魔道具屋の御主人と女将さんとの会話だった。

 いわば、魔導師や魔道具師が店を構え魔石を扱う場合には、調整の手間賃を受け取っているだけなのだ。


 少々話が前後するが、そもそも仕入れた商品を仕入れ値と同じ価格で店に並べる商(あきない)なんてあり得ない。

 俺は、魔導師として魔石を扱う商(あきない)をしているんだ。

 仕入れ値のままで魔石を売るようなことはできないし、魔石をばらまくような慈善活動をしているわけではない。

 そんなことは、少し考えればわかるはずだ。


「その価格差が、魔石を転売している証拠だと言われてるんです⋯」


『転売の証拠』というメリッサさんの言葉には、戸惑いと飽きれと怒りの混ざった感情が湧きだしそうになったが、再び軽い深呼吸で冷静さを取り戻す。

 冷静に考え始めて、苦情を述べてきた連中が何を言いたいのかがわかってきた気がする。

 魔石の価格に上乗せしている手間賃の背景が見えないのだろう。


「それで、イチノスさんが今回の入札で魔石を落札すると、その魔石はリアルデイル、しいてはウィリアム領の外に持ち出されてしまうと⋯」


 メリッサさんは、やはりそうしたことを口にしてきた。

 俺がリアルデイルの街で魔石を買い占め、それを他の街で売りさばいて利益を得ているんじゃないか?

 そんな風に疑っている者がいるらしい。


 もちろん、俺はそんなことは一切していない。

 だが、メリッサさんの言葉には、俺の店で購入した魔石がリアルデイル以外の場所に運ばれる可能性を示唆している。

 例えば、俺の店で魔石を購入した客がリアルデイルやウィリアム領の外へ魔石を持ち出す場合のことだろう。

 それは、俺の店で扱う魔石が必ずしもリアルデイルの街の中で消費されるわけではない可能性を示している。


 だがそれは、俺の意図したことじゃない。

 俺の店へ魔石を買いに来るのは、全てこのリアルデイルの街の住民なのだから、俺はこのリアルデイルの街で魔石が消費されると考えている。


「だから、商工会ギルドが他の領や街への転売を気にするのならば、イチノスさんの入札に商工会ギルドは応じるべきじゃないと⋯」


 まったくもって、クダラナイ話だ。

 しかし、このクダラナイ話をメリッサさんが気にするのは、致し方ないのかもしれない。

 今回の魔石の入札では、リアルデイル内での魔石の消費が願われ、転売対象として扱われないことを前提としている。

 その事は、魔石の入札に関する説明の際に、メリッサさんが俺に念押ししている。

 俺自身に転売の意図がないことを理解してもらえば、それで解決するかもしれない。


 だが、それをどうやって行うか。

 こんこんと俺が魔石の調整の手間賃だけを乗せていることを話せば、メリッサさんは理解してくれるだろうか?

 だが、そうなるとメリッサさんが裏付けを取るために、例えば東町の魔道具屋の御主人や女将さんへ問い掛けるかもしれない。

 そんな迷惑はかけられないし、たとえ裏付けが取れたとしても、一度疑念を抱いた連中の考えを全て改めるのは難しいだろう。


 総じて考えれば、これは有らぬ疑いをかけられ、その疑いが間違っている証明を求められるようなものだ。


 はぁ~

 思わず心の中で溜息をつきながら、俺はある意志決定をした。

 まず、俺はここで強く反論や抗うことはしない。

 しかし、転売の疑いは晴らすべきだ。

 何故なら、疑いを掛けられ続けることに対して、どうにも苛立ちを感じるからだ。


 そして、メリッサさんというか商工会ギルドが何かの判断をしたならば、それもまたひとつの決定だから、それには従おう。

 ここで俺が声を荒げ、抉じ開けるように前へ進むのは、最善策ではない気がしたのだ。


 そうなると、後はどうするかだ。

 今日ここで、魔石の入札をせずに帰るか?

 それとも、苦情だか提言を無視して入札に参加するか?

 そもそも、メリッサさんは、商工会ギルドは、俺の入札への参加を望んでいるのか?

 それとも断りたいのか?


「メリッサさん、提言だか苦情だか、そうした意見を商工会ギルドが受け取っているのは理解できました」


「イチノスさん、寛容なお心で理解していただいてありがとうございます」


「さて、ここで質問です」


「はい、何でしょう?」


「商工会ギルドは、私の入札参加を拒否しますか?」


「イチノスさん、その問い掛けに答える前に、人を呼んでもよろしいでしょうか?」


 人を呼ぶ? 誰を呼ぶんだ?

 何で呼ぶんだ?


「商工会ギルドへ持ち込まれた、この苦情や提言に詳しい方から、お話を聞いて欲しいのです」


「う~ん、それは魔石入札への参加の判断を、俺に任せると言うことですか?」


「いえ、違いま⋯ いや、そうかもしれません。その方を呼んでお話を聞いてもらうのは、ここからのイチノスさんとのやり取りを私と二人だけで行うのは、後々に問題になるかも知れないからです」


 メリッサさんが言わんとすることは、何となくだが理解できる。

 メリッサさんが一人で俺に対応すると、後に俺とメリッサさんの二人で決めたと周囲から言われる可能性が残るからだ。


「わかりました。この場へいらっしゃるのは、もしかしてギルマスのアキナヒさんですか?」


「⋯⋯」


 こうした話であれば、商工会ギルドのギルドマスターであるアキナヒだろう。

 そう思ってアキナヒさんの名を出したのだが、メリッサさんが無言だ。


「イチノスさん、他言無用で願います」


 ん? なんだ?

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