19-4 商工会ギルドのメリッサ


 現在、魔導師のイチノスは、商工会ギルドの前に立っている。


 以前に来た時にも思ったが、商工会ギルドの建物は冒険者ギルドの建物と似ている。

 冒険者ギルドの建物と同じ設計図を使って、商工会ギルドを建てたのかもしれない。

 いや、その逆もあり得るな。


 そんな冒険者ギルドに似た建物である商工会ギルドの前に、今日は街兵士は立っていない。

 冒険者ギルドと同様に、商工会ギルドも普段は街兵士が入り口に立つことは無いのだろう。


 まあ、一昨日に来たのは予定に無い急なことだった。

 本当に偶然で、イルデパンが商工会ギルドを訪れていて、街兵士が立っていたのだろう。

 今日は魔石の入札情報を得るためで、俺としては予定されていることだ。


 それでも、今回は予定していない案件、と言うべきか、派生した案件と言うべきか、招いてしまった案件がある。

 それは商工会ギルドのアキナヒから、店に突撃を企てる商人達へ、どの様な対策をしたかを聞き出すことだ。


 それにしても、隔日で西町を出ている気がする。

 今日の道中、街兵士に出会えたならば、俺が西町を出ていることが伝わると思ったが⋯


いや、大丈夫か?


 一昨日、商工会ギルドへ来た際に、イルデパンの目の前で、今日の商工会ギルド訪問を知らせているのだ。


 来月からは魔法技術支援の相談役で、商工会ギルドへ足を運ぶことも増えるだろう。

 相談役の業務は店で受けずに、商工会ギルドか冒険者ギルドで受けることをアキナヒへ伝えた際に、イルデパンも同席していたのだ。

 もうあまり、イルデパンからの『西町を出るな』の忠告を、気にするのは止めることにしよう。


 商工会ギルドへ入ると、受付カウンターには多くの人が列を作っていた。


 受付カウンターの窓口は全部で3つ、そのどれにも数人の列が出来ていた。


 そうか、今日は月末日だな。


 これは、明日の月初はもっと混雑しそうだ。

 毎月、月初の商工会ギルドは、納税者で混雑すると聞いている。

 実際、俺も先月は混雑に巻き込まれた記憶がある。


 しばらくすると、俺の前に並んでいたエプロンを着けたままの女性が受付カウンターから離れた。

 空いた受付カウンターへ進むと、一昨日にも対応してくれたのと同じ女性職員が座っていた。


「イチノスさん、こんにちは」


「こんにちは、アキナヒさんはお手隙かな? 一応、一昨日にこの時間で予約を入れたんだけど?」


「はい、伺っております。案内させていただきます」


 そう言って女性職員が席を立ち上がり、衝立の向こうに消えた。

 すると直ぐに年配の男性職員が現れ、当然のように空いた受付カウンターへ座った。


 男性職員に続いて戻ってきた女性職員が、俺を手招きで案内する。

 案内する先は、一昨日に2階へ案内される際に使った受付カウンター脇のスイングドアだ。


 スイングドアから中へ入り、女性職員の後について行こうとすると、彼女が問いかけてきた。


「イチノスさん、アキナヒがみえる前に、魔石の入札についての説明させていただきたいのですが、よろしいですか?」


「はい、それでお願いします」


 女性職員に続いて、衝立で作られた通路を通って階段で2階へ上がると、一昨日と同じ応接室へ案内された。


 応接室の扉は既に開いており、中には誰もおらず使われていないことが分かる。

 女性職員が応接室へ先に入り、扉を手で押さえてくれたので、それに応えて俺も応接室へ入って行く。


「イチノスさん、どうぞお掛けください。まもなくアキナヒも来ますので、それまでは魔石の入札の話をさせていただきます」


 女性職員が応接に座るように勧めてきた。


「そうですね。そうしましょう」


 俺は女性職員へ応えながら、勧められるままに応接へと座った。

 一方の彼女は、応接室の扉と床の間に何かの器具を挟んでいる。

 すると、応接室の扉が半分開いた状態で固定された。


 なるほど、この女性職員は冒険者ギルドのキャンディスやタチアナとは違って、互いの立場を考える知識と経験を持ち合わせているようだ。


 時に男女が一つの部屋に入って扉を閉めると、よからぬ噂をする者が現れることがある。

 この女性職員は、そうした事態への配慮ができているようだ。


 もしかして、彼女はどこかの貴族の子女なのだろうか?


「イチノスさん、改めて挨拶させていただきます。商工会ギルドの『メリッサ』と申します」


 商工会ギルドの制服らしきパンツルックスタイルの彼女が、俺の座る反対側の応接の脇に立ち、深々と頭を下げて名を告げてきた。


 それに応えるために俺も立ち上がろうと腰を浮かし掛けたが、彼女が半歩前に出て、その深く青い瞳で俺を制してきた。


「イチノスさんとは身分に差がありますので、どうか座したままでお願いします。ただ⋯」


「ただ?」


「敬称は『さん』とすることをご容赦ください」


 どうやらメリッサは俺の出自を知っているようだ。

 それでいて『さん』付けで俺の名を呼ぶのは、彼女なりの配慮なのだろう。


「ククク メリッサ『さん』の心遣いに感謝します(笑」


「ホホホ ありがとうございます(笑」


 口元に手を充てて笑う彼女を改めて見れば、中々に美しい人間種の女性だ。


 髪型は母(フェリス)に似た短めのショートボブだな。

 色合いは茶髪⋯  いや、金髪よりな茶髪な感じだ。


 もう少しハッキリとした金髪ならば、母(フェリス)と同じと言えるのだろう。

 そして、一昨日も思ったが、月初に会った時よりも髪の色が明るい。


 そんな彼女の顔立ちで目を引くのは、先ほども俺を制してきた不思議な青さを持った瞳だ。

 その青い瞳は深い知識と優しさと、そして強い意志を宿しているようにも感じる。


 そんなメリッサの肌の色合いは白く透明だが、血色が良い感じで健康的なのが、何故だか喜ばしくすら思えてしまう。


 身長は、高いと感じる冒険者ギルドのキャンディスよりは低く中程度。

 先ほどの俺の前を案内するように歩く後ろ姿からしても、優雅な曲線を持つ体つきで、自然の摂理と調和している。


 こうして改めてメリッサを観察すると、美しいだけでなく知識と優しさ、そして強さを兼ね備えた感じの女性だとわかる。


 そんなメリッサが応接へ座り、口を開いた。


「今回の商工会ギルドで行う魔石の入札については、全般を私が担当することになりました」


はぁ⋯ そうですか⋯


 何とも返事をしにくい言い方だな。

 どこか『私が』感が強すぎるように思えるぞ。


「イチノスさんは魔導師であられることから、店舗で販売される魔石を手に入れるため、今回の入札へ参加されると冒険者ギルドから聞いております。この認識は正しいでしょうか?」


 固い、固すぎるよメリッサさん。


「はい、私の店で販売することを目的としての入札への参加ですね」


「ではイチノスさんは、王都などへ向けた転売目的ではないのですね?」


転売目的?


 メリッサは随分と踏み込んだ指摘をしてくるな。


 確かにリアルデイルで魔石を仕入れて、それを王都へ運んで売る方法もあるだろう。

 実際、そうした魔石の行商的な商売をしている商人もいると聞いている。


「そうなりますね。むしろ、このリアルデイルの街で、街に住む方々が使う魔石を手に入れるための入札への参加ですね」


「随分と踏み込んだ話をして、すいませんでした」


 あっさりとメリッサが引いた。


 もしかして、今回の商工会ギルドの魔石の入札では、転売目的の者を排除しようとしているのだろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る