19-5 青い瞳
「イチノスさん、こちらが今回の入札にかける魔石の数量です」
そう言って、メリッサが一枚の資料を差し出してきた。
その資料には以下のように書かれている。
─
数量
オーク 62個 予定価格 22
ゴブリン 138個 予定価格 11
─
これは、なかなかの数量だ。
正直に言って、今回の魔物討伐がこれほどの規模だとは思っていなかった。
春の討伐の倍はあるんじゃないだろうか?
だが、示された数に驚いていても始まらないな。
今の店の状況から考えると、最低限、オークの魔石は30個、ゴブリンの魔石は40個は手に入れたい。
それに加えて、将来的にやってくる開拓団での需要も考慮する必要があるんだよな⋯
予定価格は最低入札価格を示していて、単位は銀貨なのだろう。
「メリッサさん、この予定価格は最低入札価格を示していて、単位は銀貨ですよね?」
「えぇ、おっしゃるとおりに最低入札価格で、単位は銀貨です。もしかしてイチノスさんは、金貨で考えてますか?(笑」
「いえ、出来れば銅貨だと嬉しいですね(笑」
「ホホホ イチノスさんは冗談がお好きなんですね?(笑」
くだらない冗談はさておき、今までの魔石の仕入額と比較して1割ぐらい高い感じがする。
そして、俺が確保したい数量と予定価格から試算すると、最低限でも金貨100枚ほどの資金が必要だな。
そのぐらいの資金なら、冒険者ギルドの預かりに残っているはずだ。
最終的には、将来的な需要を見込んだ数量と、今の資金状況の勘案になりそうだ。
実際の入札では、魔石の種類と数量、入札価格を申請する形式なのだろうか?
「メリッサさん、これは希望する魔石の種類と数量、そして入札額を添えて申し込めば良いのですか?」
「はい。こちらがオークとゴブリン、それぞれの入札申込書です」
そう告げたメリッサが2枚の申込用紙を差し出した。
「それとですね、イチノスさん。今回の入札では、申し込みと同時に半額を商工会ギルドへ提出していただく形になります」
ああ、先に半額を商工会ギルドへ納めて、支払い能力を確認しようということだな。
「以上が、今回の入札に関して商工会ギルドでお出しできる情報になります。イチノスさん、他にご質問があれば随時お問い合わせください」
「はい、丁寧な説明に感謝します」
そこまで話してくれたメリッサへ礼を告げて、俺は改めて数量が記された資料を見直した。
オークの魔石が62個か⋯
ん?
メリッサは『今回の入札』と言ったよな?
もしかして今後もあり得るのか?
「メリッサさん、この資料は今回の入札の資料ですよね?」
俺の問い掛けに、メリッサがニッコリと微笑んだが何も言わない。
あれ?
さっきよりもメリッサの瞳の青さが変わっている気がする⋯
今も、サカキシルからジェイク領へ向けての魔物討伐は続いているはずだ。
その魔物討伐で得られた魔石は、今回の入札に含まれているのだろうか?
「メリッサさん、今の冒険者ギルドでは魔物討伐の拠点をサカキシルへ移したと聞きました。そこで得られた魔石も今回の入札に含まれているのでしょうか?」
「⋯⋯(ニッコリ」
おい、ニッコリじゃなくて答えて欲しいんだけど?
「入っていないのですね?」
「イチノスさんは気づきましたね(ニヤリ」
おい、ニヤリの意味を教えてくれよ。
「実は今回の入札に掛ける魔石は、冒険者ギルドが魔物討伐の拠点をサカキシルへ移す前に得られたものです」
「そうなると⋯」
そこまで口にして、その先は思い止まった。
今ここで、サカキシルからジェイク領へ向けての魔物討伐で得られた魔石の、具体的な数量を気にする必要があるのだろうか?
そうしたことを考えていると、メリッサが口を開いた。
「未だハッキリしないのです」
「未だハッキリしない? 冒険者ギルドは何と言っているんですか?」
プルプル
メリッサに首を振られてしまった。
冒険者ギルドが魔物討伐の拠点をサカキシルへ移してからの成果を、冒険者ギルドから商工会ギルドへ知らせていないと言うことだろう。
いや、もしかしたらメリッサは知っていても、今この場では伝えられないと言うことかも知れない。
「メリッサさん、少し踏み込んで聞いても良いでしょうか?」
「はい、どうぞ聞いてください」
「今回の入札へ参加するために、この資料を取りに来た人数は何人ぐらいですか?」
俺の言葉を聞いた途端にメリッサが微笑みながら答えた。
「この入札に関する情報をお伝えするのは、イチノスさんが最初ですよ(ニッコリ」
おっと、そうだよな⋯
今日の10時から入札情報の開示だから俺が一番だな。
「イチノスさん」
メリッサが急に力のこもった声で、俺の名を呼んできた。
その声にメリッサの顔を見れば真っ直ぐに俺を見つめている。
あれ?
メリッサの瞳の色が変わっていないか?
「今回の入札ですが、参加される方々で互いに名が知られないように、十分にご注意ください」
えっ?
「商工会ギルドとしては、談合行為を警戒しております」
あぁ、あり得る話だな。
「そうなると、私のような魔導師であれば⋯」
「東町の魔道具屋さん⋯ でしょうか?(ニッコリ」
なるほど。
メリッサとしては、魔導師である俺と東町の魔道具師は類似枠なんだな。
再びメリッサを見れば笑顔を浮かべているが、その瞳は先程までのような透きとおった青さを感じない。
むしろ深い紺色な感じだ。
この瞳の色合いが、より濃く黒色に向かって変化するのは記憶にあるぞ。
鑑定眼?!
もしかして、メリッサは鑑定眼の持ち主なのか?
俺の知識では、鑑定眼を持つ者がその能力を使うと、瞳の色合いに変化が現れると学んでいる。
この知識は魔法学校時代に鑑定魔法を学んだ際に得た知識で、実際に鑑定眼を有する方には、これまで出会ったことは無かった。
それでも、鑑定魔法を覚えた者同士で瞳の色合いを確認した覚えがある。
焦げ茶色や黒色の瞳の者であればそれほど瞳の色合いに変化を感じることは少ないが、メリッサの場合は元の瞳の色が薄い青色であるため、それが顕著に見て取れるのかも知れない。
いや、本当に鑑定眼なのだろうか?
可能性としては少ないが、もしかして、メリッサは鑑定魔法を使いながら、俺を観察しているのだろうか?
まあ、俺としては嘘偽(うそいつわり)りを口にする気は無いから影響はないのだが⋯
「安心してください。私からはそうした動きはしませんから」
「はい、商工会ギルドとしては、イチノスさんを一番で信用しています」
おっと、メリッサの瞳の色が明るくなってきた(笑
「メリッサさん、入札の受付は次週の7日の火曜日ですよね?」
「はい、朝の10時から受け付けています。イチノスさんは、その時間にいらっしゃいますか?」
「入札の締切が11時と聞いております。その時間までには来る予定です」
「はい、是非とも入札へ参加してください」
そう答えたメリッサの顔は明るく、青い瞳も輝いていた。
そうした彼女の放つ輝きから、今回の入札へ俺が参加するのを、メリッサが強く願っているのがありありとわかった。
今回の入札で得たいと考えているのは、店で扱う魔石だ。
仕入れを確保しつつも、より安く仕入れたいのが本音だ。
より安く仕入れることができれば、利益もさることながら、より安定した価格で販売することができる。
俺の店では魔石の値段を可能な限り一定額に抑えようとしている。
店で扱う商品は魔法円と魔石、それにポーションなので、これらの価格は可能な限り定額に抑えたいのが本音なのだ。
今回の入札で魔石の仕入価格が値上がりすると、販売価格への反映を考える必要が出てしまう。
ただ、即座に仕入れ価格の値上がりを販売価格へ反映させると、魔石を購入してくれるお客様に、ご迷惑をかけることになってしまう。
そんなことを考えながら、渡された書類をカバンにしまっていると、応接室の扉がノックされた。
コンコン
その音に反応して半開きの扉へ目を向ければ、アキナヒが応接室の中を窺っていた。
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