19-3 試しに使ってみる


「ロザンナ、試しに使ってみるか?」


「はい、使いたいです」


 『従業員用の魔石』として、俺はロザンナに『ゴブリンの魔石』を手渡した。

 それを首から下げたロザンナに、試してみるかを尋ねると、興奮気味に即座に試してみたいと答えてきた。


 ロザンナの返事を聞いた俺は、ティーポットを手にして蓋を開け、中を覗き込む。

 ティーポットの中の茶葉はすでに開ききっており、注ぎ切れていないお茶がわずかに残っていた。


 そんなティーポットをロザンナの前に置かれた『水出しの魔法円』へ乗せて行く。


「これに水を出してくれるか?」


「えっ? このままで良いんですか? 茶葉は換えなくていいんですか?」


「あぁ、換えなくていいよ。冷めたのが飲みたいんだ」


「わかりました」


 そう答えたロザンナが、右手を魔素注入口に置き、左手を胸元に当てた。

 すると、魔素注入口に添えたロザンナの指から『水出しの魔法円』へと魔素が流れていく。

 左手を胸元の『ゴブリンの魔石』に添えているが、無事に使えているようだ。


 ほどなくして、ロザンナがティーポットの蓋を開けて中を確認し、少しティーポットを揺すった気がした。

 直ぐに俺のマグカップへとロザンナがお茶を注いでいく。


「イチノスさん、どうぞ」


 ロザンナの出してくれた俺のマグカップには、かなり濃いお茶が入っていた。


 それを一気に飲み干し、その苦味を使って二日酔い気味な頭を回復させる。

 ふと壁の時計を見れば、既に9時を回ろうとしていた。

 そろそろ着替えて商工会ギルドへ行く時間だ。


 机の上を片付け始めたサノスに、今日の予定を伝えて行く。


「サノス、俺は着替えたら商工会ギルドへ行ってくる」


「師匠、今日はお昼には戻るんですよね?」


「そうだな、昼には戻る。それからまた出掛けるな」


 そこまで告げて、俺は作業場の自席から立ち上がった。



 2階で着替えを終えた俺は、作業場へ戻ってきた。


 作業場ではサノスが昨日の続きで『湯出しの魔法円』に金属製の皿を置いて調整をしている。

 一方、サノスの隣に座るロザンナは、相変わらず型紙に描き漏れがないかを眉間に皺を寄せて調べていた。


 その光景を見ながら、外出用のカバンを手にした瞬間、ある懸念が湧き起こって少し考え込んでしまった。


 今日、この後、俺は商工会ギルドへ行って、昼には一旦店へ戻るつもりだが、その後は再び店を出て不在になるんだよな。

 そんな状況が予定されていながら、ロザンナに身に着けるような魔石を渡すのは正しい判断だったのだろうか?


 さっきのロザンナは、魔法円に魔素を流す際に、結局は魔石に手を添えていた。


 首から下げて魔石を身に着けるのは、両手を使えるようにするためだ。

 だが、ロザンナはそうした魔石の使い方は未経験なんだよな。


 そこまで考えたところで、サノスが俺に気づいて尋ねてきた。


「師匠、お昼には戻るんですよね?」


「あぁ、その予定だが?」


「お昼御飯を買っておきますか?」


「ん? そうだな⋯」


「また、バケットサンドにしようと思うんです」


「そうだな、俺の分も買っておいてくれ」


 俺は財布から銅貨を取り出し、サノスに手渡して行く。

 銅貨を渡しながら、先ほどの懸念していたことをサノスへ伝えることにした。


「じゃあ、行ってくるな」


「「いってらっしゃ~い」」


 二人が見送る言葉を口にしながら席を立とうとしたが、俺はサノスだけに声をかけた。


「ロザンナはそのままで。サノス、ちょっと話があるから店舗へ来てくれるか?」


「へ?」


 首をかしげながらも、サノスは席を立ち上がり、俺と一緒に店舗へ着いてきた。

 店舗でサノスと二人になったところで、先ほど考えていたことを伝えて行く。


「サノス、さっきロザンナに魔石を貸し出したことなんだが⋯」


「はい、それがどうかしましたか?」


「もし、ロザンナが魔石に手を添えずに魔素を流しそうになったら、サノスに止めて欲しいんだ」


「??」


 サノスは俺の言葉の意味をすぐに理解できないのか、首を傾げてきた。


「ロザンナは魔石に手を添えずに魔素を流すのは初めてだろ? 無理をするかもしれないんだよ」


「あぁ⋯  わかりました」


 どうやらサノスは気付いてくれたようだ。


 初めて魔石を首から下げ、その魔石に手を添えずに魔素を取り出そうとすると、魔素を流したい思いが強い場合、時に体内の魔素を使ってしまうことがある。

 魔素を流したい思いが強すぎて体内魔素を使って行くと、魔力切れに至る可能性があるのだ。


 貸し出した魔石をロザンナから取り上げることも考えたが⋯


「私も、少しだけ経験がありますから(笑」


 サノスが微妙に笑いながら言葉を続けてきた。

 やはりサノスは、サノスなりに経験があるようだ(笑


「まあ、お茶を飲む際に、魔法円に魔素を流す時ぐらいだろうから、頼むよ」


「はい、わかりました。私がきちんと見張ってます(笑」


「じゃあ、行ってくる」


「いってらっしゃ~い」


カランコロン


 俺はサノスに見送られて店を出た。


 店を出た直後、道を挟んだ反対側の簡易テントへ目が向いた。

 簡易テントの前では、サノスとロザンナが『お姉さん』と呼ぶ二人の女性街兵士が、近所の老人と話し込んでいるようだ。

 これなら王国式の敬礼での挨拶は特に必要なさそうと判断し、冒険者ギルドと反対側の東西に走る大通りへ向かった。


 しばらく歩いて洗濯屋が見えた所でふと気づいた。

 俺は洗濯屋からの明細をまだ受け取っていない。


 確か今日の昼過ぎに、洗濯屋の娘=アグネスが明細を持ってくると言っていたはずだ。

 明細を受け取れば、それに対する料金を支払わなければならないはずだ。


うーん


 サノスに洗濯屋から明細が届くことを、伝えておくべきだったな。

 まあサノスならば、臨機応変に対応してくれるだろう。


うん


 ここはサノスの対応力を信じよう。


 それにしても、昨夜は飲みすぎたな(笑


 エールを5杯飲んだまでは良かったのだが、その後にムヒロエが、エールの強さの話を始めた辺りで雰囲気が変わった気がする。

 当然のように、ワイアットやアルフレッド、そしてブライアンが同席していては、ムヒロエからエルフ語=『ラトビア語』を話せる理由を詳しく聞き出せるはずもない。

 ムヒロエは地元の言葉だと言っていたが、俺の知る限りではその可能性は明らかに低いはずだ。

 まあ、ムヒロエが魔石の鑑定を依頼するために実際に店へ来た時に、詳しい話を聞き出そう。


 むしろあの飲み会、あの調査隊の面子に、ムヒロエがすんなりと受け入れられたことが、俺としては何となく嬉しかったな。


 そんなことを考えながら、俺は商工会ギルドへと向かった。

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