19-2 従業員用の魔石
「イチノスさん、やっぱり、魔石を分割払いで売って貰うのは難しいですか?」
「いや、ちょっと待ってくれ⋯」
二日酔い気味の頭では回転が追いつかず、ロザンナの問いかけに素直に『うん』と答えられない。
何か良い解決策はないかと、なぜか机の上に置かれた普段使いの『オークの魔石』へ目が行く。
ちょっと待てよ?
こうして店で御茶を淹れるときに、サノスとロザンナは店で用意した普段使いの『オークの魔石』を使っているんだよな?
なんとなくだが、そこに解決策があるように思えてきた。
ロザンナの欲しがる普段も身に着ける魔石で考えるから難しいんじゃないのか?
サノスとロザンナが店で過ごす間に使う魔石=『従業員用の魔石』を渡せば解決する気がしてきたぞ。
この机の上に置かれた普段使いの『オークの魔石』を、そのままロザンナに使わせれば良いのか?
ロザンナの魔素循環の練習では、この『オークの魔石』を首から下げて身に着けさせれば良いのか?
いや、そうなるとロザンナが使っている間はサノスが使うことができなくなる。
そういえばサノスは自前で魔石を持ってるんだよな⋯
今後、二人が店で魔法円を描いて魔素の通りを確認する時には、サノスとロザンナのそれぞれが魔石を身に着けている方が便利だよな⋯
よし、決めた。
『従業員用の魔石』として、小振りの魔石を準備して、サノスとロザンナが使えるようにしよう。
マグカップのお茶を飲み干して席を立ち、棚から『ゴブリンの魔石』を収めた箱を取り出す。
サノスとロザンナは座ったままで、俺が何をするのかと注視している。
棚から取り出した箱を作業机の上に置き蓋を開けると『魔石光(ませきこう)』を放つ複数の『ゴブリンの魔石』が現れた。
ロザンナの前にそれを置きながら、俺の考えを伝えて行く。
「ロザンナ、落ち着いて聞いて欲しい」
「はい」
「魔石を分割払いで購入すると言うが、支払いには日当を充てるつもりか?」
「はい、そう考えています」
ロザンナが目の前に置かれたゴブリンの魔石と、手にした銀貨を交互に見ている。
「ロザンナも知っている通り、魔石の価格は高額だ。分割払いだと、ロザンナは一ヶ月以上もタダ働きをすることになる」
「⋯⋯」
分割払いの影響を強調しながら説明すると、ロザンナは沈黙を返してきた。
「しかし、ロザンナが店内で従業員としての仕事をするためには魔石が必要になるだろう。そこでロザンナに魔石を貸し出そうと思う。いわば『従業員用の魔石』と考えて欲しい」
「「えっ?」」
ロザンナの驚きに合わせてサノスも声を出した。
俺は二人の声を無視して、机の上に置かれた普段使いの『オークの魔石』を指差しながら説明を続けた。
「この『オークの魔石』と同じ扱いで、小さめの魔石をロザンナへ貸し出そうと思っている」
そこまでの俺の話を聞いたロザンナが、実に晴れやかな顔を俺に見せてきた。
一方、隣のサノスの顔は未だに驚きに満ちている。
「この箱にはゴブリンの魔石が入っている。好きな魔石を選んで、従業員用の魔石としてロザンナには店内で使って欲しい」
「イチノスさん、本当に良いんですか?」
ロザンナが目をキラキラとさせながら尋ねてきた。
「問題ない。ただし、店から貸し出す物だから店から持ち出すことは出来ない。従って普段から身に着けることが出来ないのは理解してくれ」
「はい」
「うんうん」
ロザンナが声を出して返事をし、サノスが頷く。
どうやら、サノスが驚きから戻ってきたようだ(笑
「ロザンナが家で魔素を扱う練習をする際には、ローズマリー先生が居る時に、家に置いている魔石を使ってくれ」
「わかりました。イチノスさん、ありがとうございます」
「ロザンナ、良かったね」
「えぇ、嬉しいです」
お辞儀をして礼を述べたロザンナは、明るい声でサノスの投げかけへも応えた。
そんなロザンナの笑顔に釣られたのか、サノスも笑顔で頷いている。
そんな笑顔のサノスへ俺は尋ねて行く。
「サノスはどうする?」
「えっ? 私ですか?」
「そうだ、サノスも従業員用の魔石を使うか?」
「う~ん⋯ 私はいいです」
サノスが胸元に手を充てて答えた。
サノスとしては、今、身に着けている魔石の方が良いと感じているのだろうか?
「代わりに⋯ お願いがあります」
「代わりにお願い?」
「魔素充填を教えてください」
おっと、サノスはここで魔素充填の話をしてくるのか?
なかなかサノスは賢いな(笑
「わかった。サノスには魔素充填を教えよう」
「はい、魔素充填ができれば、この魔石を使い続けることができます」
サノスは胸元に手を置いたままだ。
そうしたサノスの言葉と行動から、今、身に着けている魔石に思い入れを持っていることがわかる。
これは無理に『従業員用の魔石』へ変える必要はないだろう。
「イチノスさん、これにします」
そして、ロザンナが一つのゴブリンの魔石を選んで手に取って見せてきた。
ロザンナが選んだ魔石を受け取り、念のために割れやヒビがないかを、軽く確認して行く。
店での売り物なので前もって確認済みだが、今後はロザンナが使うので念のためだ。
「うん、問題ないな。店に置いてある魔石を入れる袋はわかるか?」
「はい、わかります。持ってきてもいいですか?」
「あぁ、持ってきてくれ」
俺の返事を聞いた途端、ロザンナが席を立った。
そんなロザンナを見ながら、サノスが聞いてきた。
「師匠、いつ頃、魔素充填を教えてくれます?」
「今度、ポーション作りをするだろ?」
「えぇ、明日ですよね?」
「その時に、魔素充填に必要な魔素の扱い方を教えるよ」
そんな話をしていると、店舗からロザンナが足早に作業場へ戻ってきた。
ロザンナの手には魔石を入れる布袋があった。
「イチノスさん、これですよね」
「おう、魔石を入れて首から下げてくれ」
「はい」
返事と共に、椅子に座ったロザンナへゴブリンの魔石を渡すと、持ってきた袋の中に魔石を入れて口を閉じて行く。
すると、サノスが席を立ち、自分の棚から仕事に使う小物を入れる箱を取り出し、机の上に置いた。
何をするのかと思えば、箱から赤い毛糸玉を取り出してロザンナへ渡した。
「ロザンナ、今日はこれで我慢して」
「先輩、ありがとうございます」
ロザンナがサノスから毛糸玉を受け取ると、適当な長さで赤い毛糸を切り出し、魔石を入れた布袋へと結びつけていく。
出来上がったものを首にかけたロザンナが、サノスに見せて感想を聞いた。
「先輩、どうですか?」
「うん、これでロザンナも『魔石持(ませきもち)ち』だね。ヴァスコやアベルが見たら、きっと羨ましがるよ(笑」
「ですよねぇ~(笑」
「「キャハハハ」」
サノスと互いに顔を見合わせ、笑いながら応えるロザンナは、本当に嬉しそうな顔だ。
そんな二人の笑顔を見て、サノスの使った『魔石持(ませきもち)ち』という言葉を注意すべきかどうか迷ってしまう。
『魔石持(ませきもち)ち』
この言葉は、ワイアットのような冒険者たちが魔物を呼ぶ際に使う言葉だ。
しかし、サノスもロザンナもとても喜んでいる。
だとしたら、そんな些細なことで二人の喜びを損ねるのは、師匠としての責務に欠けることになるのだろうか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます