王国歴622年5月17日(火)
5-1 見えても顔に出すな
カランコロン
「師匠! おはようございます!」
店の出入口に着けた鐘が鳴り、続けてサノスの大きな声が聞こえる。
ドタバタと足音がして、カゴを抱えたサノスが作業場に入ってきてた。
「サノス、おはよう」
「おはようございます。師匠宛に伝令が来てますよ」
俺は自分で淹れた緑茶(やぶきた)を味わいながら台所に向かうサノスに声を掛けると、サノスが伝令の到着を知らせてきた。
朝から伝令? 誰からだ?
サノスと入れ替りで店舗に行くと、昨日も伝令を持ってきてくれた見習い冒険者の少年が、両手鍋を持って立っていた。
「イチノスさん、おはようございます」
「おう、おはよう」
「伝令とスープを持ってきました(笑」
「おう、スマンな。どっちを先にする?」
「鍋でお願いします(笑」
「ここに置いて良いぞ(笑」
カウンターに見習い冒険者の少年が両手鍋を置くと、斜め掛けしたカバンから伝令用の封筒と依頼達成書を出してきた。
その時、作業場から店舗に出てきたサノスが見習い冒険者に声を掛けた。
「エド、ありがとうね。助かったよ」
「いえいえ、お安いご用です」
エド⋯この見習い冒険者の少年の名を、俺は初めて聞いた気がする。
「イチノスさん、ギルマスからの伝令です」
「ギルマス?」
「エドとギルドの前でバッタリ会って師匠の居場所を聞かれたんで、荷物持ちを条件に連れて来ました(笑」
サノスがカウンターに置かれた両手鍋を手にしながら、見習い冒険者の少年=エドが両手鍋を持っていた理由を伝えて来た。
「エド、すまなかったな(笑」
「いえいえ、依頼達成書にサインをお願いします」
◆
─
大魔導師イチノス殿へ
ワリサダ殿の従者であるダンジョウ殿が『水出しの魔法円』と『魔石』を欲している。本日の昼過ぎに伺うので応じて欲しい。
[リアルデイル冒険者ギルド]
[ベンジャミン・ストークス]
─
ワリサダの従者⋯『爺(じい)』と呼ばれていた髪を束ねていた男は『ダンジョウ』と言う名なのか。
水が合わなくて体調を崩したと聞いていたが、ギルマスに仲介を依頼できるほどに復活して何よりだな。
昼過ぎか⋯
ギルマスからの手紙を読み終え、今日の予定を少しばかり思案する。
ヘルヤさんの依頼を終わらせ
サノスの買ってきた昼御飯の後は
ダンジョウ殿の相手をして
⋯
何か忘れている気がするな(笑
ふと、向かい側のいつもの席でお茶を啜るサノスと目が合った。
「師匠、何かあったんですか?」
俺が今日の予定を思案していると、サノスが声をかけてきた。
「いや、何もない。昼過ぎに、以前の東国(あずまこく)の方が店に来るそうだ」
「東国(あずまこく)⋯ どっちですか?」
「どっち? あぁ、髪を束ねた方らしい。サノスは何か気になるのか?」
「⋯⋯」
俺の問いにサノスが、一瞬、躊躇(ためら)いを見せた感じがする。
「あの人はギルドのキャンディスさんと仲良くなったと聞きました⋯」
「そ、そうか⋯」
「もう終わった恋です。私は魔導師一直線で行きます!(フンス」
「そうかそうか(笑」
サノス、始まる前に終わった恋だと思うぞ⋯
「早速ですが、師匠、お願いします」
そう告げたサノスが机の上のお茶を片付けて行く。
俺の飲みかけのお茶も全て片付け、台所まで運ぶと直ぐに戻ってきて、棚から『魔法円』を出し机の上に置いた。
「今日はどうするんだ?」
「昨日と同じで私が見ますんで、師匠は魔素を流してもらえますか?」
「わかった。流すぞ」
「待ってください。準備しますから」
サノスは昨日と同じく椅子に掛けたカバンから鉛筆を取り出す。
椅子に座り直し姿勢を整えて両手を胸元で重ねて目をつむり、祈るような仕草をした。
「すぅ~はぁ~ はい!」
サノスの掛け声に合わせ俺は『魔法円』に魔素を流し、同時に集中して『魔法円』に目をやった。
『魔法円』には魔素が拡散する部分が1ヶ所見える。
そこが繋がればこの『魔法円』も完成だな。
ここまで出来上がってるならもう少しだ。
そう思いサノスに目をやると、瞬きすら忘れて自分が描いた『魔法円』を凝視している。
サノスの持った鉛筆の先が魔素の拡散して行く付近に来た際に、俺は思わず声を出してしまった。
「そう、そこだ⋯」
「えっ? あっ?! し、師匠!」
サノスが俺の声に反応し、俺を見て変な声を出してきた。
「どうしたサノス?!」
「い、今、師匠の胸元が銀色に光ってました!」
どうやらサノスは俺の胸元の『エルフの魔石』が見えたようだ。
「それって、師匠の『魔石』ですか! 何の『魔石』ですか? こんなにハッキリ見えたのは始めてです! 何の『魔石』ですか?!」
今にも飛び掛かるようにサノスが机に身を乗り出す。
俺はそんなサノスを手で制し、きつめの言葉を口にする。
「サノス、座れ」
「は、はい」
「落ち着いて、俺の話を聞くんだ」
「はい、聞いてます」
「俺が話したいことは2つある」
そこまで言うと、サノスが自分のカバンからメモを取り出し、椅子に座り直した。
「まず1つ目だ。これは良い話だから安心して聞け。サノスは意識すれば『魔素』が見えるよな?」
「ええ、見たいと強く願うと見えます」
「昨日よりも見えてる感じがしないか?」
「昨日よりも? 言われてみれば⋯」
「昨日は俺の胸元の『魔石』は見えなかっただろ?」
「そ、そうです。昨日は気がつきませんでした」
「多分だが、サノスの『魔素』を見たいと言う意識が良い方向に向いているようだ。より『魔素』を見れる状態が出来上がりつつある」
「じゃあ、師匠の手を借りなくてもよくなると言うことですか?」
「もう少し魔素を見る訓練をすれば、自分のものに出来ると思うぞ」
「やったー!」
サノスが喜びの声をあげた。
「続いて2番目の話だ」
「はい、お願いします」
サノスが鉛筆を手にメモに向かう。
「例え魔素が見えても表情に出すな」
「はい??」
「これは礼儀にも繋がる話だ」
「礼儀?」
「今、サノスは俺の『魔石』が何かを聞いてきただろ?」
「ええ⋯」
「世の中には、そうしたことを聞かれたくない人も居るんだよ」
「あっ⋯ す、すいません」
「この先、サノスが訓練を重ねると『魔素』が見える機会が増えるだろう。その度に聞いていると大変なことになるぞ」
「大変な事?」
「『おい、そこの娘。お前は魔素が見えるだろ。ちょっと俺の仕事を手伝え』みたいな感じで⋯ 街兵士に捕まった魔道具屋みたいな変な奴が近づいてくるかも知れん」
「うっ⋯⋯」
サノスの顔が歪み、物凄い嫌悪感を顔に出してくる。
「『魔素』が見えるようになるのは魔導師としては大きな成長の切っ掛けだ」
「⋯⋯」
「だが、話したように他者への礼儀もあれば、自分の身を守る必要もある」
「⋯⋯」
「まずは、魔素が見えても慌てないことだ。表情に出すだけで気づく奴も居るからな」
「き、気を付けます」
サノス、メモする手が止まってるぞ。
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