4-18 この街に感謝したい気分になりました
ゴクゴク
風呂屋で出来上がった体にエールが染み渡って行く。
冷えたエールが渇いた喉から体の奥深くまで染みて行く感じだ。
エールを一気に飲み干したら、机の脇で待ってくれているサノスにお代わりを頼む。
「プハ~ サノス、もう一杯頼めるか?」
「はい、銅貨1枚で頼めますよ(笑」
「ならエールと串肉で銅貨2枚だな」
サノスに銅貨2枚を差し出すと例の木札が戻ってくる。
そんなやり取りを終えると、大衆食堂の同じテーブルに座るワイアットが聞いてきた。
「なあ、イチノス。聞きたいことがあるんだ⋯」
ワイアットが神妙な口ぶりで聞いてくる。
風呂屋を楽しんだ俺は、湯上がりのエールを求めて大衆食堂へと戻って来た。
店に入ると給仕頭の婆さんが、ワイアットとその冒険者仲間二人が座るテーブルを勧めてくれた。
ワイアットとその仲間二人も手招きしてくれるので、同席し、まずはエールを一杯楽しんだところだ。
「何だ急に?」
「オリビアから聞いたんだが⋯ ヘルヤさんと⋯ 付き合ってるのか?」
「???」
思わずワイアットの言葉を聞き返したくなった。
同じテーブルに着いているワイアットの仲間二人に目をやれば、俺の返事を待っている感じだ。
「なあ、どっちなんだ? 付き合ってるのか、付き合ってないのか。俺達には大切なことなんだ。イチノス、正直に答えてくれ」
「「うんうん」」
「ワイアット、お前までそんなことを聞いてくるのか?(笑」
「なあ、どっちなんだ?」
ふと、そこで思った俺はゆっくりと返事をする事にした。
「俺は ヘルヤさんと 付き合って い⋯」
「⋯る?」
「「⋯ない?」」
ワイアットが俺の言葉に『肯定』を着けたそうとし、ワイアットの仲間二人は『否定』を願ってくる。
「⋯無いな」
「⋯⋯」
「おっしゃー サノス! ワイアットの奢りでもう一杯だ!」
「おう! 俺にもワイアットの奢りで頼む!」
ワイアットが頭を垂れ、仲間の二人がジョッキを高く掲げてサノスを呼びつけた。
俺のお代わりを持ってきたサノスが遠慮なくワイアットから銅貨を徴収して行く。
俺も便乗して『質問に答えた分』と言うことで、ワイアットから一杯奢らせた。
お前ら何でも賭けにするな(笑
サノスの持ってきたお代わりのエールを飲みながら、こいつらの賭け好きに軽く呆れた。
◆
「オリビアが言ったんだよぉ~ イチノスがヘルヤさんと腕を組んで歩いてたってぇ~」
「いや、彼女はイチノスのタイプじゃ無いな」
ワイアットの言葉に仲間の一人が答えるが⋯ 俺とヘルヤさんが腕を組んで歩いてた?
待て待て、俺とヘルヤさんの話に尾鰭(おびれ)が付いてる気がするぞ。
「おう、俺もそう思ったんだよ。ヘルヤさんはイチノスのタイプじゃ無いって思ったんだよ。それでも俺はオリビアの言葉を信じる事にしたんだよぉ~」
「本音は違うだろ。ワイアットはイチノスとヘルヤさんが付き合ってたら『強化鎧』を頼みやすいって言ってたじゃないか(笑」
仲間の言葉に応じつつ変な言い訳をするワイアットに、もう一人の仲間が暴露するような話をして来た。
「ワイアット、残念だったな(笑」
「まったくだよ⋯」
「「ハハハ」」
慰めにならない言葉をワイアットに向ければ、再びワイアットが頭を垂れ、一方の仲間の二人が笑い声でハモってくる。
まったく⋯ こいつらは⋯ 俺とヘルヤさんの関係を賭けに使うとは⋯
すると、賭けに負けて頭を垂れていたワイアットが逆転を狙って変な願いをして来た。
「ならイチノス、これからヘルヤさんと付き合え。そして俺の『強化鎧』をヘルヤさんに頼んでくれ!」
それに合わせて賭けに勝った仲間の二人が茶化してきた。
「おっとワイアットにしては名案だ(笑」
「それならイチノス、俺の分も頼んでくれよ(笑」
茶化す二人に俺は答える。
「わかった。賭けに勝った二人分は頼んでやる。ワイアットは⋯ 賭けに負けたから無しだな(笑」
「「ギャハハハ」」「ククク」
一段と大声で笑う仲間二人に負けじと俺も笑ってしまった。
ドンッ ドンッ ドンッ
俺達の座る机にエールのジョッキが3個も音を立てて置かれた。
見ればオリビアさんとサノスが仁王立ちしている。
「あなた賭けに負けたなら、明日もパンを作ってね!」
「父さん、だから言ったじゃない。師匠はヘルヤさんと付き合ってないって!」
「⋯⋯」
「「「ククク」」」
呆気にとられるワイアットの姿に、ワイアットの仲間二人と一緒に笑ってしまった。
◆
エールを楽しみ、軽く食事もした俺は大衆食堂を後にすることにした。
ワイアットはオリビアさんとサノスを送るために、もう少し残るそうだ。
ワイアットが残るならと、仲間の二人も残ってもう少し飲むらしい。
オリビアさんと給仕頭の婆さんには、ヘルヤさんとの関係を誤解するなとしっかり念を押した。
そんな店を出る際、サノスに声を掛ける。
「明日の朝はゆっくりでも良いぞ」
「なら、食堂でパンとスープを買ってから店に行きます」
「そうか、ワイアットがパンを捏ねるんだな(笑」
「そうなると母さんも一緒に店に出るから、多分、スープを作ると思います」
「なら、パンもスープも多めで頼めるか? 昼だけじゃなく夜にも回したいんだ」
「鍋があるかな? 多分、大丈夫だと思います」
「スマンな。じゃあ、おやすみ」
「師匠、おやすみなさい」
大衆食堂を出て店舗兼自宅へと夜道を歩いて行くと、魔道具屋の前で煌々と輝くガス灯が目につく。
魔道具屋の前には、来る時に立っていた街兵士が同じ様に立っていた。
あの魔道具屋が店を閉めるとなれば、俺の店にそれなりに客が増えそうな気がするな。
いや、それはないか(笑
この魔道具屋は俺が店を開いてからは、かなり左前になっていた筈だ。
逮捕された主(あるじ)に去年の秋に代わってから、評判を落とすのに3ヶ月。
年が明けて俺の店が開いて決定打になったのだろうから、魔道具を求める以外の客は、ほぼ、俺の店に流れてるだろう。
リアルデイルの街には、もう1件の魔道具屋が東町にもあるから、魔道具を求める連中はそちらに流れたのだろう。
俺がこのリアルデイルの街に住んでもう暫くすれば1年だ。
俺が今の店を開いて既に3ヶ月を過ぎている。
この短い期間で、これほどまでに街の皆に受け入れて貰えるのが何故だか嬉しい気分になる。
この街の皆の優しさに感謝したい気分だな。
そんな思いを抱きながら、魔道具屋の前に立つ街兵士に向けて王国式の敬礼をする。
俺を見ていた街兵士二人が慌てて礼を返してくれた。
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