8-9 姉妹なのか母娘なのか


「師匠、この通りを真っ直ぐに行けばギルドですよね? これでカレー屋への道は覚えました!」


 東西に走る大通りを渡り、店のある西町北へ入った所で、サノスが周囲を見渡しカレー屋への道筋を確認した。

 その様子から、今度は誰かと一緒にカレーを食べに行く気だなと伺える。


「あんな美味しい物を食べれる店が西町南にあるなんて知りませんでした」

「サノスは前に教会へ行った時に気付かなかったのか?」


「あの香りですよね? 気になってました。不思議な香りだなと思ってました」


 あの強烈に食欲を誘う香りだ。

 前にサノスが教会へ先触れで行った際、気付いて当たり前だ。


「師匠はこのままギルドへ行きます?」

「俺は一旦、店へ戻るか⋯ 教会長は3時だよな。サノスはそれまでに煮出しの作業があるんだろ?」


「えぇ、3時過ぎに教会長が来る予定ですので、それまでに煮出す予定です」

「それなら少し早いが、サノスはこのままギルドへ行った方が良いな」


「私もそう思いました」

「魔素転写紙は俺が店へ持って行こう」


「ありがとうございます」


 サノスがカバンから魔素転写紙の入った筒を渡してきた。

 そのまま俺のカバンへ納めようとするが、やはり俺のカバンでも入りきらず、カバンから筒の端が顔を出してくる。


「魔素ペンはどうする?」

「これは私が女将さんから貰ったんです」


 はいはい。誰も取りませんよ。


「持っていても良いが、一種の魔道具だから無闇に他人に見せるなよ」

「はい。女将さんにも言われました。誰にも見せませんよ」


「それと⋯」

「ペン先ですよね。それも女将さんに言われました。実際に模写で使うまでは、壊したりしませんから安心してください」


 サノスの口ぶりなら、女将さんの教えをきっちり守りそうだ。


 荷が軽くなったサノスが、時折、スキップを踏みながら前を歩いて行く。

 そんなサノスを眺めながら、俺はカレー屋の店名を紐解(ひもと)いて行く。


 カレー屋の店名は『バンジャビ』だ。

 捕まった魔道具屋の主にツケを請求に来ていたジュリアさん。

 彼女が南町に構える店も同じ『バンジャビ』だ。

 ヘルヤさんが置いていった名刺に、店の名が『バンジャビ』と書いてあった。

 俺もサノスも覚えている。


 もしかして、カレー屋の女店主が姉で南町のジュリアさんが妹か?

 歳の離れた姉妹⋯ 年齢的にそんな感じがする。

 カレー屋の女店主の妙に惹かれる顔を思い出しつつ、ジュリアさんの顔を思い出す。

 確かに二人は似ている感じがする。

 それにしても階段を駆け上がったジュリアさんの腰からお尻へのラインとあの丸みは美しかった。

 あの何とも言えない曲線が実に素晴らしい。

 きっとパンツスタイルに身を包んだら、更にその美しさが際立つだろう。


 いかんいかん。

 思考が脱線しているぞ。


 カレー屋の女店主の顔を再び思い出す。

 ジュリアさんと肌の色合いが違う感じがする。

 女店主の肌は色合いが濃かった気がする。

 一方のジュリアさんの肌は女店主より少し薄い感じだった。

 もしかして俺と異母弟のマイクのように母親が違うのだろうか?


 いや父親が違う異父姉妹かもしれない。

 まてよ⋯ まさか母と娘?

 あり得るかもしれない。


 あれだけの美しさを備えた二人が店を構えていたら、街兵士の男どもが通うのもわかる気がする。


 いや、それだけじゃないな。

 さっきは街兵士事務方の女性が3人も来ていた。

 あの女性3人組は、カレーとラッシーに惹かれて店を訪れていた感じがする。

 やはりカレーとラッシーが魅力的なのだろう。


 教会長と勇者の話が教会で行われるなら、カレー屋へ行く機会が作れそうだな。

 そう言えば教会のシスター⋯

 ジュリアさんの名を知っていた気がする。

 教会で話した時にシスターが言っていた。


〉ジュリアさんに

〉教会まで送っていただいた


 カレー屋と教会は近い。

 もしかしてシスターならば、ジュリアさんとカレー屋の女店主の関係を知っているかもしれない。

 姉妹なのか母娘か知っているかもしれない。


 まてまて。

 こうしてカレー屋の店名を考えただけなのに、どうして女店主とジュリアさんの関係が気になるんだ?

 何よりも気になるのは、ジュリアさんのヒップラインだろう。

 腰の細さと美しい臀部のライン。

 その二つが成す黄金比のようなバランスに、俺は心も目も強く惹かれた。


「師匠、どこへ行くんですか?」


 サノスの言葉で思考が途切れる。

 気が付くと、右に曲がれば店舗兼自宅の通りまで来ていた。


 俺はどうしたんだ⋯

 どうも俺は女性の後ろ姿、特にジュリアさんのような引き締まったウエスト、そして美しい臀部のラインを見てしまうと、その事ばかりを考えてしまう。


「師匠、どうかしたんですか?」

「すまんすまん。少し考え事をしていた」


「まったく~ 師匠だけで戻れますか?」

「大丈夫だ」


 もう、あの美しいヒップラインの事は考えないから安心しろ。


「じゃあ、私は先にギルドへ行ってますね」


 そうして俺はサノスと別れ店へと戻った。

 臨時休業の案内が張られた扉の魔法鍵を解除して店内へと入る。

 店内は降ろされたブラインドが外光を遮るが、ブラインドの隙間から漏れる明かりで薄暗く落ち着いた感じだ。


 作業場で上着を脱ぎ、カバンから魔素転写紙の入った保管筒を取り出し、魔石から出来るだけ離れた棚へ片付ける。


 魔素転写紙は魔素に反応する。

 魔石から漏れ出す魔素で、場合によっては反応する可能性があり、反応してしまうと使い勝手が悪くなる。


 東町の魔道具屋のように、魔素遮断庫(まそしゃだんこ)があれば放り込むだけなのだが、そもそも俺は魔素転写紙を使う気がない。


 誰かの魔法円を模写する考えが無いから、店を開く際に据え付け無かったか。

 けれどもこの先、街の拡大で『魔法円』の需要が増えるとすれば必要になるだろう。

 家庭用の『魔法円』の需要が高まり、サノスが魔素転写紙を使う機会が増える可能性が高い。

 そうなったら拵える必要があるかもしれないな。


 それよりも、本格的に大量の注文が来たらどうするかを考えておこう。

 俺が王都の研究所を辞める直前、研究所では魔素インキを使った銅版印刷で、木板への印刷には成功していたはずだ。


 あれが使えるなら、魔法円を1枚描くために魔素転写紙を1枚消費しないで済む。

 あの魔素インキを使った銅版印刷を、リアルデイルの街で実現するのは困難だろうか?


 おっと、そんなことを考えるより、御茶を一杯飲むか。


 台所へ行き、両手持ちのトレイに御茶の準備を揃え、作業場で一杯の御茶を味わう。

 御茶を飲みながら、作業机に置いた普段使いのティーポットを眺めて思う。


 小振りな急須が欲しいな。

 こうして一杯や二杯の御茶を淹れるために、毎回このサイズのティーポットを使うのは、若干、面倒臭い。

 ギルドへ行く途中の雑貨屋で、急須を売ってそうだ。

 確かあの店で見掛けた気がする。

 この後、ギルドへ行く途中に見てみよう。


 さて、この後のギルドでは、教会長と勇者について話す日時を決めよう。

 壁掛けの時計を見れば1時前だ。

 今から行くと雑貨屋で急須を探しても、教会長がギルドへみえる3時前になりそうだ。

 先にギルドで教会長を待つ形で、キャンディスと魔石の仕入れの話をしよう。

 その際に、当面の休みと来月の定休日の話もしておこう。

 教会長と話をして日時が決まったなら、ワイアットを見つけて大衆食堂でオリビアさんを交えてサノスの話をしよう。


 よし、この計画で完璧だな。



 御茶を飲み終え洗い物も済ませたので、店の出入口の扉に再び魔法鍵を掛けて冒険者ギルドへ向かう。


 ギルド前のテントを張り出した街並みの中を、急須を求めて雑貨屋へと向かう。


 記憶を頼りに雑貨屋を探しながら歩いていると、気が付けば魔道具屋の前へ来ていた。

 今日も二人の街兵士が立ち番をしている。

 いつまで街兵士の立ち番が続くのだろうかと思いながら周囲を見渡す。


 目当ての店を見つけた。

 看板の意匠から雑貨屋とわかる。

 シスターが休んだ店の隣が雑貨屋だった。

 だが、残念なことに閉じらた店の扉に張り紙が出されていた。


 臨時休業

 5月19日(木)~5月22日(日)


 一昨日から休んでたのか?

 俺は昨日も雑貨屋の前を通った気がする。

 まったく気が付かなかった。


 それにしても臨時休業って流行ってるのか?


 俺は急須を諦めて冒険者ギルドへ足を向けた。

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