8-10 商人は知りたがり冒険者は団結する
冒険者ギルドの受付カウンターには、商人らしき連中が4人ほど集まっていた。
商人特有の派手な色合の布で拵えたベストを全員が着ているから、多分に全員が商人なのだろう。
「白線の後ろまで下がってくださ~い」
美味しい紅茶を淹れてくれる若い女性職員が叫ぶと、商人達は一人を残して白線の後ろまで下がった。
受付カウンターに残った商人が若い女性職員に懇願している。
「だから、討伐の様子を聞きたいんだ。頼むからギルマスかキャンディスさんと話をさせてくれよ~」
「何度も言いますが、今は討伐の様子はお話しできないんです」
「わかったわかった。あなたが言えないのはわかったから、お願いだからギルマスかキャンディスさんと話をさせてくれよ」
「お二人共に会議中なんです。お取り次ぎは出来ません。伝言なら引き受けます。伝言をなされますか?」
「まったく!」
受付カウンターで粘る商人の口調が荒れ始めた。
「ギルマスかキャンディスさん宛に伝言をされますか?」
そんな荒れた口調をさらりと交わして、若い女性職員が応対を続けている。
「わかった。伝言を頼む」
「では、こちらの用紙に記入したら持ってきてください。次の方どうぞ~」
そう言って後方を片手で案内して行く。
若い女性職員がそうした感じで商人を捌く様子を見て、どこかキャンディスに似ていると思うのは失礼だろうか。
この状況では、キャンディスへの取り次ぎを頼むのは難しそうだ。
しばらく待って、商人の方々が居なくなってから、キャンディスへ取り次いで貰うしかないか。
いや、商人の方々同様に伝言を頼むのが良さそうだ。
どうせなら、教会長にも伝言を頼もう。
ワイアットとオリビアさんはどうする?
オリビアさんは大衆食堂に居そうだから、これから大衆食堂で軽くオリビアさんと話して、ワイアットに伝えて貰えば良いな。
俺は二人へ伝言を出す考えを纏め、商人達の後ろに並ぶことにした。
「はい。次の方どうぞ~」
「ワシもギルマスかキャンディスさんへ伝言を頼む」
「では、こちらの用紙に記入をお願いします。次の方どうぞ~」
そんな感じで順番を待っていると俺の番になった。
「あら、イチノスさん。御用件は何でしょうか?」
「俺も伝言を頼みたい。キャンディスと教会長への2件だ」
「はい。こちらの用紙に記入して出してください」
若い女性職員の出した2枚の用紙を受け取り、商人達と同様に片手で案内された後方へ振り返る。
そこには昨日まで置かれていた特設掲示板が見当たらない。
特設掲示板の代わりに、立ったままで伝言を記入できそうな机が置かれていた。
その机には、俺の前に並んでいた商人の全てが集まっている。
俺も商人達の中に混ざり、キャンディスと教会長への伝言を書き始めた。
─
キャンディスへ
本日の3時に冒険者ギルドで仕入れの話をしたい。
本日3時が無理なら都合の良い日時を知らせて欲しい。
イチノス
─
キャンディス宛は、こんな感じで良いな。
仕入れは『魔石』と明確に書かない方が良いな。
─
教会長ベルザッコ・ルチャーニ殿へ
件(くだん)の話をする時間を確保して欲しい。
本日3時に冒険者ギルドで落ち合いたい。
無理ならば都合の良い日時を知らせて欲しい。
イチノス
─
これも『勇者』の件と書かずに少し濁そう。
教会長には、これで伝わると思う。
キャンディスと教会長への伝言を書き終えた時に、同じ机で書いていた商人が呟いた。
「まったく。どうして急に討伐の様子を張り出すのを止めたんだ。西の関でもギルドの連中は黙りだし、見習いの連中は冒険者が守ってるし」
「これは絶対に何かあったんだよ」
「俺もそう思うんだよ⋯ 商工会ギルドはどうなんだ?」
「向こうもダメだ。誰も何も言わない」
「こうなったら冒険者の連中に酒でも飲ませて喋って貰うか?(笑」
「無駄だよ。あいつらの口の固さと勘の良さは知ってるだろ?」
「そうだな⋯ 何とか先に知る方法はないかな⋯」
「それなんだよ、何があったかわかれば次の手が打てるだろ?」
なるほど。
魔物討伐の最中に何かが起きて、冒険者ギルドは討伐状況の公表を止めたんだな。
俺は商人達がコソコソと話す机から離れ、受付カウンターへと向かった。
「これで頼む」
「はい、教会長とキャンディスさん宛ですね」
そう言って、俺の書いた用紙を眺めていた若い女性職員が叫んだ。
「はい! 白線の後ろに下がって!」
後ろを振り返れば、先ほどの商人が俺と若い女性職員のやり取りを後ろから覗き込んでいた。
「あなた達! 他人の用件を覗こうとしたら出禁にしますよ!」
おいおい。
若い女性職員がそこまで言うのを俺は初めて聞いたぞ。
やっぱり、キャンディスに似てきていないか?
「じゃあ。イチノスさん、伝言の料金をお願いします」
ニッコリ微笑みながら料金を求める若い女性職員へ俺は囁く。
(あの商人、冒険者や見習いを抱き込もうとする話をしていたぞ。大丈夫か?)
(大丈夫です。冒険者の方々は商人の様子に気づいて距離を置いているようですし、見習いは全員が裏で研修中です。それに冒険者が見習いを常に見守ってます)
(そ、そうか⋯)
(それにあの人達は次に白線を越えたら、冒険者ギルドの登録抹消です)
おいおい。
ますますキャンディスに似てきていないか?
◆
俺は教会長とキャンディスへの伝言を終えて大衆食堂へ向かった。
店が定休日でもサノスが店に来て『魔法円』を描きたがっていること。
定休日であることから日当を出せないこと。
この二つのが組合わさると、サノスがタダ働きとなってしまうことを、サノスの保護者であるオリビアさんへ相談するためだ。
それにしても冒険者ギルドへ来る前に、店で考えていた計画が次々と崩れている気がする。
急須は、雑貨屋が臨時休業で買えない。
魔石の仕入れの件は、討伐中に何かがあってキャンディスが会議中で話が出来ない。
これでオリビアさんやワイアットと話せず、教会長とも話せなかったら全滅だぞ。
とにかく全滅にならないよう、せめてオリビアさんと話そう。
そうした決意を胸に、俺は大衆食堂の扉を開けた。
「おや、イチノスじゃないか。こんな時間に珍しいね。悪いけどランチタイムは終わりだよ」
「いや、婆さんにはすまないが、オリビアさんと話がしたいんだ」
「オリビアに? わかった待ってな」
給仕頭の婆さんがいつものように俺を迎え入れてくれた。
そんな婆さんが店内へ向かって強く大きな声で叫んだ。
「はーい! お客さーん!」
店内の色鮮やかなベストを着たお客さんが、入口の方に立つ婆さんと俺へ一斉に視線を集める。
「すまないが! 1時間ほど店から出てくれないかー!」
ん? お客さんを返すのか?
「3時からまた開けるから! 1時間ほど出ておくれー!」
婆さん越しに見える長机に着いていた色鮮やかなベストを着た連中が、ザワザワと席から立ち上がる。
(仕方がねえな)
(また出直そう)
(西の関に行ってみるか)
(いやあ同じだろう)
(俺は商工会ギルドへ行くぜ)
(いや冒険者ギルドに様子見だな)
3人か4人で群れを成し、口々に次の移動先を呟きながら俺と婆さんの脇を通り、大人しく店から出て行った。
出て行く人々の服装を改めて見れば、明らかに全てが商人と伺える。
全てのお客さんが店から出た所で、壁の時計に目をやれば、もう少しで2時になろうという時間だ。
「婆さん、すまんな」
「いいんだよ。注文も無いまま1時間も居座られてもね」
「ククク そうなのか?」
「みんな連中の帰りを待ってたようだが、アタシの勘ではこういう時は誰も来ないね」
婆さんの勘は中々に的を射ている。
ギルドの若い女性職員が似たようなことを言っていた。
冒険者連中の勘も凄いが、それを取り巻くギルドの若い女性職員や婆さんの勘も捨てたもんじゃない。
何よりこうした暗黙の信頼関係というか、互いに共存する考えや下地が整っているのは実に素晴らしいことだ。
それに比べて商人の連中は、どこか相手を出し抜こうとする感じがする。
数人での群れは成すが、全ての商人や周囲の人々までが一致団結する様子は感じられない。
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