1-8 ヴァスコとアベルが水を出して飲む


 俺は先程の右ポケットから出した『空の魔石』を同じく右ポケットに戻した。


 続けてカウンターの脇に寄せた『水出しの魔法円』とティーカップを目の前に寄せる。

 今度は左ポケットから、同じ様に『空の魔石』を取り出しアベルに向けて差し出す。


「アベル、これを使って水を出してみろ」

「はい」


 そう言ってアベルがカウンターに近寄り『空の魔石』を受け取り左手に握り込む。

 右手の人差し指を『水出しの魔法円』の『魔素』注入口に置き、少し緊張した顔を見せてくる。


「いきます」


 そう言ってアベルが集中すると、じわりじわりとティーカップに水が湧いてきた。

 底の方にうっすらと水が湧いた所でアベルが緊張を解いた。


「はぁ~ イチノスさん、これが限界です」


 緊張を解いたアベルに手を差し出し、『空の魔石』を回収して左ポケットに入れて二人に声を掛ける。


「アベル、よくやった。ヴァスコ、その水を飲んでみろ」

「えっ? これを飲むんですか? アベルの出した水を飲むんですか?」


「なんだ、飲めないのか? お前ら二人でパーティーを組むんだろ、アベルの出した水を飲めないなら水筒を担いで行くのか?」

「の、飲みます」


 そう言ってヴァスコがティーカップに手をつけ、一気に飲み干した。

 俺はヴァスコの様子を見ながら、右ポケットから再び『空の魔石』を取り出し手に隠し持つ。


「ブハー イチノスさん飲みました」


 そう言ってヴァスコがティーカップに何も入っていないのを見せてきた。


 俺は空のカップを受け取り、『水出しの魔法円』の上に置く。


「じゃあ、次はヴァスコだ」


 そう告げて、手に隠し持った『空の魔石』をヴァスコに渡すと、ヴァスコはアベルと同じ姿勢をとる。


「いきます」


 そう告げたヴァスコが集中すると、アベルと同じ様にティーカップに水が湧いてきた。

 底の方にうっすらと水が湧いた所で、ヴァスコが緊張を解いた。


「よし、俺も出せたぜ!」

「やったなヴァスコ!」


 喜んでいるヴァスコに手を出し『空の魔石』を回収して右ポケットに入れる。


「イチノスさん、これを俺が飲めば良いんですよね?」

「そうだアベル、ヴァスコの出した水を飲んでみろ」


「飲みます!」


 アベルがティーカップに手を掛け、一旦、ヴァスコに目をやると一気に飲み干した。

 水を飲み干したアベルが、俺とヴァスコに空のティーカップを見せてくる。

 俺はすかさずカウンターに残った『水出しの魔法円』を回収する。


「イチノスさん、これで売ってくれるんですか?」

「イチノスさん、売ってくれるんですよね?」

「まてまて、二人とも落ち着け。そうだな⋯ ちょと店の品でも見てろ。立ってるのが嫌なら、その椅子に座っても良いぞ」


 俺はそう告げて、店の入口付近に置かれた椅子に二人の視線を誘導する。

 二人が椅子に目をやった隙にティーカップ片手に奥の作業場に入る。


 これでヴァスコもアベルも『空の魔石』を使って『水出しの魔法円』を使えることがわかった。


 わざわざ手品のような仕草で『空の魔石』を二人に使わせたかと言うと、あの二人が『魔素』と『魔力』の操作をどの程度出来るかを調べるためだ。


 お茶を淹れるセットが置かれたままの作業机の上に、空の小箱を2つ出す。

 アベルに持たせた『空の魔石』を小箱に入れ、メモ用紙に『アベル』と記入して一緒に放り込み蓋をする。

 続けてもう1つの小箱にヴァスコに持たせた『空の魔石』と『ヴァスコ』と書いたメモ用紙を放り込み蓋をする。

 残りの作業は明日にしようと、小箱を『未作業』の棚に片付けた。


 俺は作業テーブルに置かれたティーセットを台所に運び全てを洗う。


 テーブルクロスを畳み、いつもの自分の椅子に座って一息つく。

 ヴァスコとアベルに『魔力切れ』が起きるとすればもう少しだろう。


 二人とも『魔石』へ『魔素』の充填は出来ないと言っていた。


〉水出しや温めで『魔石』を使ったことがあるぐらい


 そうしたレベルなのに『空の魔石』を使って『水出しの魔法円』を起動させている。

 これは自分の『魔素』を『水出しの魔法円』に注げるだけの『魔力』は持っていると言うことだ。


 当人達が自分の『魔素』を『水出しの魔法円』に注いだことは、きっと理解していないだろう。

 だとすれば、無意識に自分の『魔素』と『魔力』を大量に消費しているはずだ。

 自分の『魔力』と『魔素』を消費すると『魔力切れ』を起こすのだが⋯


「イチノスさ~ん、まだですか~」

「すいませ~ん、イチノスさ~ん」


 二人が店の方から、俺の居る奥の作業場に声を掛けてくる。

 二人とも声が出ると言うことは、『魔力切れ』で昏倒はしていないと言うことだ。

 それならば、空腹を感じてると思うのだが⋯


「どうした?」


 店のカウンターに出て二人の様子を見ると、二人共、お腹に手を当てていた。


「イチノスさん、今日中に『水出しの魔法円』は買えるんですか?」

「いや、難しいな。明日、いや明後日でどうだ?」


「明後日ですか? ヴァスコ、どうする?」

「アベル、無理だ腹が減って腹が減って」

「よし、明後日、もう一度来い。それと、お前ら『魔力切れ』仕掛けてるからメシ食って寝ろ」


 俺が二人に告げると、ヴァスコとアベルは直ぐに店を出て行った。


 俺は店のドアまで進み、ドア越しに二人が街の大衆食堂がある方に向かって小走りに行くのを眺める。


 そして、ドアに内鍵を掛けながらヴァスコとアベルに最適な『水出しの魔法円』を考えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る