王国歴622年5月25日(水)
13-1 昨夜の祖母と孫
・魔物討伐7日目 ⇒ 一時延期
・薬草採取解禁(護衛付き)
───
人の話し声で目が覚めた。
この話し声は階下の店の前からだろう。
声の感じからして男性二人と女性二人のようだ。
立番の街兵士の交代でもしているのだろう。
(おはよう*****~)
(****ございます~)
会話するような声に混ざってサノスとロザンナの声がする。
ガチャガチャ
この音は店の出入口の鍵を開けている音だな⋯ きっとサノスだろう。
そういえば昨日の夕食は、サノスが残して行ったトリッパとパンだったな。
カランコロン
うん。店の出入口の扉が開いたな⋯
夕食の後は新作の魔法円の再設計も済ませて製氷も可能にしたから、後は試作をするだけだな。
ドタどたドタどた
足音の感じからしてサノスとロザンナが出勤したようだ。
店の掃除を終わらせたら起こしに来るだろう。
起こしに来るまでもう少し微睡(まどろ)もう⋯
◆
「イチノスさ~ん 起きてますかぁ~」
ロザンナの起こす声が聞こえる。
ベッド脇の置時計を見れば8時前だ。
カーテン越しの外光は既に明るい。
今日も天気が良いようだ。
「イチノスさ~ん 起きてますかぁ~」
「起きてるぞ~」
再びのロザンナの声でハッキリと目が覚めた。
着替えを済ませ階下へと降りて行き、たまった尿意を済ませようとするとサノスがお手洗いを掃除していた。
「師匠、おはようございます」
「サノス、おはよう」
「今、終わりましたから使ってください」
「おぉ、ありがとう」
昨日の朝はロザンナが掃除していたから、お手洗いの掃除はサノスとロザンナで交互にやってるんだな。
こうして交代で担当してくれるのは俺としては助かる。
どちらか一方が担当する割り振りもあるだろうが、それが原因で不満に発展することもあるからな。
これは魔法学校の寄宿舎時代に感じた。
寄宿舎では自分達が利用する部屋は、自分達で掃除するのが寄宿舎を利用する上での規則だった。
貴族の嫡男や継承権を有する子弟であれば、王都の別邸などからの通いが多く寄宿舎を利用しない。
だが、俺のような側室の子供達は寄宿舎を利用する場合があり、この規則に直面する。
親の貴族の爵位を笠に着て、同室の一方に部屋の掃除を押し付けたりする行為が多々あると言うのだ。
その状況に不満を抱き、その不満を俺に向かって愚痴ってくる奴らが多かったのだ。
同室の相手と話し合うなりして解決すれば済むことだと思うが、そうした行為をする相手は話し合いをする考えなど持てないのだろう。
何にせよ、サノスとロザンナにはそうした不満を抱かずに過ごして欲しい。
そんなことを思いながら用を済ませ、作業場へ向かう途中に台所を覗けば、ロザンナが御茶を淹れる準備をしておりサノスが手を洗っていた。
「ロザンナ、おはよう」
「イチノスさん、おはようございます。昨日は日当をありがとうございました」
そう言ってロザンナが丁寧にお辞儀をして来る。
これはローズマリー先生の教えなのだろう。
「おう、これからも頑張ってな(笑」
こうしたときの返事はこのぐらいで良いと思う。
作業場へ入り自席に着けば、俺の後を追うようにロザンナが両手持ちのトレイを持って入ってきた。
ロザンナが手にしたトレイを作業机に置くと、水出しの魔法円と湯沸かしの魔法円を机の上に置いて来る。
やはりこうして見ると、二つの魔法円を並べて置くのは場所を取る感じだ。
続けてティーカップを水出しの魔法円へ乗せ水を出す準備を始めた。
ティーカップの位置が決まると、慣れた手付きで片手を魔石に添えて魔法円に魔素を流して行く。
その様子を眺めていると、席に着いたサノスが口を開いた。
「師匠、今日は型紙の出来具合を見てもらえますか?」
サノスが型紙作成の進捗具合を告げて来る。
どうやらサノスとしては出来上がりに至ったと考えているのだろう。
「そうだな、御茶を飲んだら見よう」
「はい。よろしくお願いします」
「そうだ。昨日、残してくれたトリッパ。ありがとうな」
「食べてくれたんですね」
「オリビアさんにも、お礼を伝えておいてくれるか?」
「はい」
サノスがにこやかな顔になったところでロザンナに目を戻せば、2杯目の水をティーポットへ入れていた。
再びオークの魔石へ手を伸ばすロザンナを眺めていて、ふと、思い付いた。
「ロザンナは魔石を身に付けてないのか?」
すると、ロザンナが手を止めて聞いてきた。
「イチノスさん、祖母と何か話したんですか?」
「えっ? いや、特に話してないぞ?」
「昨日、家に帰ったら祖母に魔石と魔素の話を復習させられたんです」
「復習? もうロザンナは理解したよな?(笑」
「理解はしましたけど⋯」
ん? 何があったんだ?
「小さな魔石に魔素を充填してみようって言われたんです」
「えっ? ロザンナは魔石の魔素充填ができるの?!」
俺とロザンナの話を聞いていたサノスが割り込んでくるが、俺はそれをそっと手で制した。
「サノス、後輩のロザンナが大事な話をするんだ。ちょっと落ち着いて聞こうか?」
「は、はい。そうでした⋯」
ローズマリー先生は、昨日の夜に魔素充填をロザンナにやらせてみたようだ。
近日中にやるだろうとは思っていたが、昨日の夜にやったんだ。
「あの魔石って、イチノスさんがここで筒に入れてたのですよね?」
「まあ、そうだな」
そういえばロザンナはゴブリンの魔石を見ている。
魔素が入っているのも空になっているのも両方をこの作業場で見ていたな。
「どうだった? 充填できたか?」
オレの問い掛けにロザンナが首を振った。
やはりダメだったか⋯
「イチノスさんが見せてくれた時から可愛い魔石だと思ってて、充填できたら貰えるって聞いて頑張ったんです」
「それで、どうなったんだ?」
「お腹が空いただけでした」
「お腹が空いた⋯ 直ぐに何か食べたのか?」
「えぇ、あんなにお腹が空いたのは久しぶりでした(笑」
少しはにかむように笑うロザンナに、軽い魔力切れを体験したのだと理解できた。
そしてロザンナがあの言葉を口にした。
「その後で、お腹が空いた理由を魔力切れだと祖母から聞かされました」
魔力切れの話までロザンナは聞かされたのか。
魔力切れはロザンナの母親が亡くなった理由だ。
ローズマリー先生もロザンナも辛い話だっただろう。
「ロザンナは魔力切れの話をローズマリー先生から聞いたんだな?」
「はい。母さんの死んだ原因だとも聞かされました」
「⋯!」
そう告げたロザンナの言葉には悲しみが含まれている気がした。
その悲しみの深さは俺では計り知れないものだ。
黙りながらも驚きを顔に出すサノスにもその悲しみは伝わってるのか、少し困惑した顔へと変わって行く。
「ロザンナ、確認しておきたい。魔力切れに何を感じた?」
「何を感じたか? ですか?」
「そうだ、ロザンナの母さんの命を奪った魔力切れだ。恐怖感と言うか怖いものだと感じたか?」
「感じ無いと言えば嘘になります。母の命を奪った魔力切れです。怖いものだと思います⋯ けど⋯」
そこまで言ってロザンナが言葉を止めた。
その顔は続ける言葉を探しているようだ。
ロザンナは魔力切れに怖さ以外に何を感じたのだろう。
「祖母が言うには魔力切れは強い思いが引き起こすと聞かされました」
ロザンナの言うとおりだ。
ローズマリー先生の言うとおりだ。
俺のような魔導師であれば大きな魔法に挑んで引き起こすことが多い。
もう少しで出来そうだという思いで魔力を使って行くことで引き起こすのが、魔力切れと言ってよいだろう。
ロザンナが空腹という軽い魔力切れを引き起こしたのも、ゴブリンの魔石に魔素を充填出来そうだと感じたのだろう。
魔素充填が出来れば、魔石を手に入れることが出来ると思ったのだろう。
「私はその話を聞いて、改めて治療回復術師の母を誇りに思いました」
「「⋯⋯」」
「母は患者さんを治したい思いが強かったんです」
そう言ってロザンナが胸を張った。
そんなロザンナを見て、やはり魔力切れについてローズマリー先生にお願いして良かったと俺は強く感じた。
「ロザンナ、素晴らしいことだ」
「うん。あの時、ロザンナのお母さんは沢山の人を救ってるよ!」
俺の言葉にサノスが後を追う。
考えてみれば、サノスもロザンナも5年前の大討伐の経験者だ。
サノスの言葉からすると、ロザンナの母親はワイアットのような冒険者をたくさん助けたのだろう。
そうだロザンナの母親は沢山の命を救ったのだ。
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