12-16 氷冷蔵庫


「なるほど、こうした感じなんだな。まるで箪笥(たんす)というか台所に置いてある食器棚だな」


 俺の店の台所に氷冷蔵庫があると聞いてワイアットが見学を希望してきた。

 ワイアットを台所へ案内して氷冷蔵庫を見せると、予想どおりの反応が返って来た(笑


 氷冷蔵庫の外観は成人男性の胸の高さほどで、木箱というか食器棚に見えるだろう。


 氷冷蔵庫の中は錫の板張りで上下に別れており、上段と下段のそれぞれに扉を付けた作りになっている。

 上の扉は下の扉よりも小ぶりな作りで氷を入れるための扉で、下の扉は冷やしたいものを棚に入れれるための扉だ。

 上の扉から入れた氷の冷気で、下の棚に入れた品々を冷やす仕組みになっている。


「イチノス、この上の扉から氷を入れるんだよな?」

「そうだ。俺は製氷の魔法円で氷を作って入れてるが、一般的には氷屋に定期的に氷を持ってきてもらうんだよ」


「開けてみていいか?」

「おう、いいぞ」


 ワイアットに代わって俺が手を伸ばし、上の氷を入れる扉を開けると周囲に冷気が広がって行く。


 開けた扉から中を見れば、氷がしっかりと残っている。

 多分、サノスが気を利かせて製氷の魔法円で氷を作って入れてくれたのだろう。


 上の氷を入れる扉を開けて中を見ながらワイアットが聞いてくる。


「食堂のだと氷は三日持つと聞いたが?」

「三日か、食堂のは大型だからそのぐらい持つんだろう」


「この家庭用だとどのくらい持つんだ?」

「そうだな、もって二日ぐらいだろうな」


「じゃあ、二日に一度は氷を作って入れるのか?」

「それが一般的らしい。そもそも氷冷蔵庫は、お手伝いさんが居るような家に置く物らしいから、氷を作って入れるのはお手伝いさんの仕事なんだろうな」


 そこまで簡単に説明するとワイアットが笑いながら答えてきた。


「さすがに俺の家には、お手伝いさんは居ないな(笑」

「ククク ワイアット、安心しろ。俺の家にも居ないから(笑」


「実際、イチノスは毎日氷を作って入れるのか?」

「いや、この氷冷蔵庫は工夫をしてあるから5日か1週間に一度ぐらいだな」


「工夫がしてある? 5日か1週間に一度?」

「冷風の魔法円も組み込んでるんだ」


「冷風の魔法円?」

「ちょっとした工夫だよ。氷を入れて扉を閉じてから冷風の魔法円を使って内部の空気を冷やすんだよ。すると氷が溶けるのが遅くなるんだ」


「なるほど。そうなると製氷の魔法円と冷風の魔法円が必要になるんだな」

「研究所でその組み合わせで作ってたんで真似してみたんだ(笑」


「冷風の魔法円は下の扉か?」

「おう、開けていいぞ」


 俺がそう答えると、ワイアットが上の扉を閉じて下の扉を開ければ、再び冷気が広がって行く。


 ワイアットが開けた扉の内側には、しっかりと冷風の魔法円が描かれている。

 そして棚の中には片手鍋と水入れが納められていた。


「冷風の魔法円はどこだ?」


 下の棚の中を見渡し、扉を開けたままでワイアットが聞いてくる。

 まさか開けた扉に描かれているとは思わないのだろう。


「そこだよ」

「あぁ、ここか。なるほど扉の内側なら場所を取らないな」


 俺が冷風の魔法円を指差せば、ワイアットが気付いて更に扉を開けて冷風の魔法円を眺めている。


「ワイアット、冷気が逃げるんだが?」

「おお、すまん」


 俺はワイアットが慌てて閉めた扉の外の魔素注入口から、冷風の魔法円へ魔素を流して行く。

 するとワイアットが聞いてきた。


「イチノス、製氷の魔法円と冷風の魔法円でどのくらいするんだ?」

「ワイアットが持ってる携帯用で良いなら、水出しと湯沸かしの組み合わせ価格と同じで良いぞ」


「なかなかの値段だな(笑」

「氷冷蔵庫は、いわば贅沢品だからな(笑」


「しかし、オリビアが使うことを考えると携帯用の魔法円じゃ無理だな」


 ワイアットの言うとおりだ。

 魔素を扱えない者、意図して魔法円に魔素を流せない者では俺の描いた魔法円は使えない。


「そうだな。オリビアさんは魔素を扱えないんだろ?」

「あぁ、オリビアじゃイチノスの魔法円は使えないな。そうなると俺が護衛で不在だとオリビアが困ることになるか⋯」


「サノスにやらせるか?(笑」


「師匠、私に何をやらせるんですか?」


「「ギクッ!」」


 急に背後からサノスに声を掛けられ、ワイアットと二人で固まってしまった。

 サノスは台所へ何をしに来たんだ?


「サノス、どうした?」

「師匠が可愛いティーポットを買ってくれたってロザンナが言うんで、紅茶を飲もうかと思って見にきたんです」


 そう言って洗い終わった食器が置かれているカゴにサノスが目をやると、今まで聞いたことがない奇妙な声を出してきた。


「可愛い~ 師匠。これ、使って良いですか?」

「おぉ、使って良いぞ」


 俺の返事を聞くなり、サノスがそそくさと両手持ちのトレイに紅茶の仕度を始めながら、ワイアットに聞いて来た。


「師匠と父さんも飲みます?」

「いや、俺はそろそろ退散するよ。イチノス、邪魔したな」


 そう告げて台所から出て行こうとする。

 いやいや、さすがに台所でお別れはないだろう。


 俺はワイアットを店の外まで送ることにした。



カランコロン


 店舗でワイアットを見送れば既に陽は傾き始めていた。


 そろそろサノスとロザンナを帰す時間だなと思いながら作業場へ戻ると、二人は俺の買ってきたティーポットで紅茶を楽しんでいた。


「サノス、ロザンナ。そろそろ日が暮れそうだ。暗くなる前に帰れよ」

「「は~い」」


 そこまで言って、氷冷蔵庫の氷を思い出し俺はサノスへ礼を告げる。


「そうだ、サノス。氷を作って入れてくれたんだな」

「はい、やっときました。氷冷蔵庫の片手鍋にお昼ご飯の残りがありますけど⋯」


「おう、俺が食べていいのか?(笑」

「えぇ、師匠が食べるだろうって母さんが多めにくれたんです。食べて貰えますか?」


「ありがとう。遠慮無く晩御飯にいただくよ」


カランコロン


 店の出入口の扉に付けた鐘が鳴る。


「は~い」


 サノスが直ぐに席を立ち店へと向かった。

 俺は残されたロザンナへ声を掛ける。


「2階で着替えてくるから、俺に用があったら呼んでくれるか?」

「はい。わかりました」


 俺が階段を昇って寝室へ入ろうとすると階下から女性の声が聞こえる。

 立番の女性街兵士が借りに来たんだとわかる会話まで聞こえた。


 俺は寝室で着替え終わったが、少し気遣って階段の手前で女性街兵士の声が聞こえなくなるまで待ってから階下へ降りて行った。


 階下へ降りて作業場へ行くと女性街兵士の姿は無く、サノスとロザンナが紅茶を飲み終えようとしていた。

 俺は自分の席に座りサノスへ声を掛ける。


「サノス、今日はお客さんは来たか?」

「はい。師匠とロザンナが店を出て、直ぐに洗濯屋の女将さんと父さんの仲間が来ました」


「そうか、何も問題無いよな?」

「大丈夫です。二人とも魔石を買いに来て⋯ 詳しくは店の帳簿に書いてます」


 サノスは以前に教えたとおりに、店の商いについて帳簿にきちんと記録してくれてるようだ。


 俺は店の売り上げを入れたカゴから銀貨を取り出しサノスへ差し出す。


「サノス、今日の日当だ」

「ありがとうございます」


 再び店の売り上げを入れたカゴから銅貨を5枚取り出し、今度はロザンナへ差し出した。


「ロザンナ、今日はお使いに行ってくれたから特別に日当を払うぞ」

「えっ! 良いんですか?」


「特別だよ」

「ありがとうございます」


 サノスとロザンナが日当を受け取り、直ぐに財布を取り出して嬉しそうに収めている。


「そうだ! 師匠!」

「ん? なんだ?」


「キャンディスさんに魔法円は売れました?」

「あぁ、売れたぞ」


 サノスが両手を出してきた。

 これは制作者利益を欲しがってるんだな(笑


「今欲しいのか?」

「はい!」


 俺は自分の財布から金貨を2枚取り出しサノスへ渡すと、サノスがかなり嬉しそうだ。


 その姿をロザンナが目を丸くして唖然としながら見ている。

 金貨を2枚もサノスへ渡す様子にロザンナは驚きを隠せない感じだ。

 そんなロザンナに声を掛ける。


「ロザンナも魔法円が売れたら貰えるから頑張れよ」

「はい、頑張ります!」


 ロザンナがやる気の乗った声で答えてきた。


───

一旦お休みいたします。

次の更新は3月中頃の予定です。

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