15-6 古代遺跡の奥へと誘う通路


 ブライアンの仕事は早く素晴らしいものだった。


 『石化の魔法円』と、俺の持ってきたホウロウの鍋を求めたブライアンだが、俺は『砂化の魔法円』も渡すことにした。


 『砂化の魔法円』も渡したことで、ブライアンの造った取っ手は石扉と融合した、素晴らしい出来栄えとなった。


 石扉に新たに設けられた取っ手は、その形状も素晴らしく、この石扉を開ける際には、自然とそれに手を掛けて引きたくなるような造りだ。


 そして何よりも素晴らしいと感じたのは、その取っ手が並大抵のことでは壊れない造りと仕上がりになっていることだ。


 これは、ブライアンの左官職人としての腕が高いと共に、芸術的なセンスも高い事の現れだろう。


 また、ブライアンは『砂化の魔法円』と『石化の魔法円』を駆使して、中央の石板の付け直しも済ませてしまったのだ。


 そして、俺の貸した土魔法の魔法円に慣れたブライアンは、更に左官職人としての魂を燃やそうとした。


「なあ、イチノス」


「ん? どうした?」


「念のために上と下もやり直さないか?」


 そう言って、ブライアンが上段と下段の石板を指差した。


「ダメだ!」


 突然、背後からブライアンの暴走を止める言葉が聞こえる。

 声の主はアルフレッドだ。


 慌てて振り返れば、そこには手製の松明を両手に持った、ワイアットとアルフレッドが立っていた。


「ブライアン、石板を直すのは明日の約束だろ?」


 ブライアンを諭すような言葉はワイアットだ。


「そ、そうだったな。さあ、取っ手も造ったから開けようぜ(笑」


 手製の松明を両手に持ち、仁王立ちのアルフレッドとワイアットの威圧感が凄まじい。

 さすがのブライアンが怯んで言い訳のような口調で答えている。


 どうやら石板をやり直すのは、本来は明日の予定だったようだ(笑



 取っ手を造るのに使った『魔法円』やらホウロウの鍋やらを片付け、4人で観音開きの石扉の前に集まり直した。


 右側の石扉の前にブライアンとアルフレッドが立ち、新たに設けられた取っ手に手を掛けている。


 俺とワイアットは、そんな二人の邪魔にならないよう、少し斜め後ろに構えた。


 右側から開けることになったのは、こちら側に魔法円が描かれた石板が固定されているためだ。


「ブライアン、開けるぞ!」


「おう、任せろ!」


 二人の声と共に石扉がゆっくりと動き出す。

 やはり、ブライアンとアルフレッドの見立てのとおりに、この石扉は手前へ引いて開けるのが正解だったようだ。


 二人が力を込めて引くと、それまでわずかな隙間しか感じなかった石扉が開いて行き、石扉の厚さが見えてくる。


 幾分、埃っぽい空気が舞う中で見えた石扉は重厚で、その厚さは俺の掌(てのひら)を越えるほどの代物だ。


 開かれ行く石扉の向こう側へ、少しだけ陽が差した時、ワイアットが叫んだ。


「よし! 開いて来たぞ! もう少しだ!」


「「おう!」」


 ワイアットの声に誘われ、アルフレッドとブライアンが声を掛け合う。


「ブライアン、最後まで引け!」


「おう!」


「アルフレッド、もう少しだ!」


「お、おう!」


 二人が背を反らし足に力を込めて引いて行く。

 すると、二人の腕やら足へと魔素が纏わりつくように流れて行くのが見えた。


 これは、身体強化か?!


 そうか⋯ ククク(笑

 アルフレッドとブライアンは、力仕事をする際に身体強化を施してるんだ。


 期せずして、二人がどんな風に魔素を使っているかを俺は知ってしまった。


「もう少しだぞ!」


 ワイアットの声に引かれ、開き行く石扉へと目を戻すと、石扉の向こう側がハッキリと見えてきた。


 そこには古代コンクリート製のブロックで造られたと思えるアーチが現れた。


 俺の目に入ってきたそれは、アーチと表現するよりも通路の入口だ。


 その造りは、明らかに石扉とは違うもので、しっかりとした厚みのある古代コンクリート製のブロックが組み上げて造られた代物だ。


「もう少しだ! 引ききろう!」


「「おう!」」


 ワイアットの声に応え、アルフレッドとブライアンが体制を直すと、再び力強く石扉を引いて行く。


 開き行く石扉の下方から、砂がこちら側へと溢れ落ちてきた。

 この砂は石化を解いた際に、石扉の向こう側へ落ちた物だろう。

 その量はそれ程には多くないが、それでも後で集めた方が良さそうだ。


 そうしたことを考えていると、石扉の向こう側がより見えてきた。


 更に開けられた石扉の向こうには、金銀財宝ではなく、古代遺跡の奥へと誘う通路が半分だけ姿を表した。


「どうだ! お宝が見えるか?!」


 ブライアンの声は金銀財宝を求めるものだろうが、見えるのは古代コンクリートのブロックで造られた通路だ。


「ワイアット! 何が見える?!」


「⋯⋯」


 アルフレッドがワイアットへ問うが、当のワイアットは声も出せず、立ち尽くしているだけだ。


「ハアハア⋯」「ゼイゼイ⋯」


 石扉から手を離したアルフレッドとブライアンが、息を切らしながら、俺とワイアットの前へと割り込んで来た。


 二人とも古代遺跡の奥へと誘う通路の入口を見詰めながら、次第に呼吸を整えて行く。


「「「⋯⋯⋯」」」


 先程から黙って見ているワイアットに加えて、黙って通路を見詰める冒険者の数が増えただけだな(笑


 これはこの通路の中へと入って探索をすることになるのだろう。


 おっと、魔物が現れてないよな?


 俺は3人から一歩下がり、古代遺跡の奥へと誘う通路から目を離し、後ろへ振り返る。


 魔の森付近へ目をやり、何か動いている物がないかと見渡して行った。


 魔の森の様子に変わりは無い。

 魔物も見当たらず、小動物の姿も見当たらない。


 唯一、動くものは、朝の定期便でお世話になった石柱の上、そこに止まっている小鳥ぐらいだろうか。


 もう一度、念のために魔の森からここまでの間に、魔物が隠れていないかも、つぶさに見て行く。


 何か動く物があれば魔物の可能性があるのだが⋯


 おや、風に吹かれて草が揺れているのか?

 その揺れている茂みとその周辺の雑草の動きを見比べるが⋯ 魔物ではなく、やはり風に揺られているだけのようだ。


 もう一度、周囲を見回し、先程の揺れていた茂みや周辺の草の動きを見詰める。


 やはり風で揺れていただけのようだ。

 そう判断して古代遺跡の石扉へ目を戻すと、ワイアット達が動き出していた。


 俺はアルフレッドとブライアンへ声を掛けることにした。

 二人は身体強化を使って石扉を引いていたが、その際に胸元の魔石を使っている感じが無かったのだ。

 あれでは、再び魔力切れを起こす可能性が高いだろう。

 念のために回復魔法を施して、二人が魔力切れを起こさないようにした方が良いだろう。

 まずはアルフレッドだ。


「アルフレッド、いいかな?」


「ん? なんだ?」


 古代遺跡の奥へと誘う通路を気にするアルフレッドを手招きし、歩み寄って来たところで片手を掴んで背後へ回り込み背中に手を当てる。


「ちょっと回復するから、力を抜いてくれ」


「えっ?」


 アルフレッドの返事に耳を貸さずに、俺は胸元の『エルフの魔石』から魔素を取り出し、アルフレッドの背中に添えた手から魔素を注ぎながら軽く回復魔法をかけて行く。


「おぉ~ おぉ~」


 アルフレッドの漏らす声が微妙に気持ち悪いぞ(笑


 背中に手を添えた男から喘ぎ声を聞かされるのは嫌なものだ。


「はぁ~⋯」


 アルフレッドが聞きたくもない喘ぎ声を出し始めた。

 その声に釣られて、俺は背中から手を離した。


「はい、終わったぞ」


「あぁ~」


 アルフレッド! そこで頬を染めた赤い顔で俺を見るな!


 腕をだらりと下げ、惚けるアルフレッドを放置して、俺はブライアンへ声を掛けながら歩み寄る。


 既にブライアンはアルフレッドの喘ぎ声に引かれてこちらへ寄っていたから、直ぐに捕まえることができた。


「ブライアンもだ」


「いや、俺は⋯」


 おい、ブライアン。

 変なことはしないぞ、軽く回復魔法を掛けるだけだから、逃げようとするな!


 俺はブライアンの腕を素早く掴み、背後を取って背中に手を添える。


「おい、イチノス!」


「黙って、力を抜いて受け入れろ」


 そう告げた途端にブライアンの背中が緊張した。


 それでも構わず、俺は胸元の『エルフの魔石』から魔素を取り出し、背中に添えた手から魔素を注ぎながら軽い回復魔法をかけて行く。


「うぅ⋯ うぅ~」


 アルフレッドに続いてブライアンからも、俺は変な喘ぎ声を聞かされた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る