15-7 またあの感じが⋯
「あれなら反対側は開けなくても良さそうだ」
立番をしてくれるワイアットが告げてきた。
石扉の右側を開けた後、俺がアルフレッドとブライアンに回復魔法を掛けたのに気づいたワイアットが、休憩を提案してくれた。
俺も賛成したことで小休止を取ることになった。
そのままワイアットに立番をお願いして、アルフレッドとブライアン、そして俺の三人で、紅茶を飲みながら軽食を摂ることにした。
3人で飲んでいる紅茶はアルフレッドが提供してくれたもので、中々、風味が立って良いものだ。
軽食(パン)も摂ることにしたのは念のためだ。
アルフレッドとブライアンの二人には、軽く回復魔法を施したので、魔力切れは起こさないとは思うが、この後は古代遺跡へ入っての探索が待っているので、念には念を入れるべきだろう。
それに先ほどは、3人が軽い魔力切れから回復するために食事をしているが、俺は何も食べていないのだ。
既に空の陽は高くなっているから、少し早い昼食と考えよう。
「イチノス、気持ち良かったぞ」
「おう、凄く良かったぞ」
アルフレッドとブライアンが微妙な言葉で回復魔法の感想を述べてくる。
体格の良い男二人に『気持ち良かった』とか『凄く良かった』とか言われても、まったく嬉しくないぞ。
「イチノスは回復魔法が使えるんだな?」
「これでも一応は魔導師だから、それなりにな(笑」
アルフレッドが興味深そうに聞いて来たのをさらりと躱すと、立番をしていたワイアットが割り込んで来た。
「イチノス、二人に回復魔法をかけたりして、良かったのか?」
「良いんじゃないか? 二人が頑張って開けてくれたんだ。俺では、あの石扉は開けれないからな(笑」
「まあ、そうかもしれんな(笑」
「「うんうん(笑」」
アルフレッドとブライアンが共に頷き始めた。
これなら、俺が急に回復魔法をかけたことも受け入れてくれただろう。
さてこの後は、いよいよ古代遺跡の探索になるのだろう。
けれどもその前に、俺は聞いておきたいことがある。
ワイアットが古代遺跡の奥へと誘う通路を見て立ち尽くしたことだ。
あの時にワイアットは何を考えたのだろう?
古代遺跡の入口を開けれたことに感動したのか、それとも金銀財宝が見当たらないことに困惑したのか?
そう言えばアルフレッドとブライアンも立ち尽くしていたな⋯
「これから中へ入るんだよな?」
「おう、入るぞ。イチノスも来るよな?」
「当然だろ。ここまで4人で来たんだ。イチノスも参加だよな」
「そうだな⋯」
俺が問いかけると、ブライアンとアルフレッドが古代遺跡の探索に当然のように俺を誘ってくる。
だが、ワイアットは静かな感じだ。
「ワイアット、入るんだよな?」
「あ、あぁ、入るぞ⋯」
少しだが、ワイアットの返事に切れが無いと思うのは、俺の考え過ぎか?
「ワイアット、どうするんだ? 荷物は置いて行くのか?」
ブライアンが探索での装備を聞いてきた。
「荷物か⋯ 置いて行っても大丈夫だとは思うが。奴らが出ると面倒だな」
奴ら? 魔物の事か?
「そうだな、ゴブリンなんかは食料を漁ることがあるからな」
アルフレッドの答えは頷けるものだ。
下手に荷物を置いて行くと、リュックの中の食料が魔物を呼び寄せるかも知れないということだ。
タヌキやキツネなら人間を見ると逃げるが、猿とかゴブリンは食べ物があると寄ってくると聞くからな。
「そうだな、やはり持って行こう。本当は身軽な感じで入りたいが仕方がないな」
「よし! 決まったな」
「イチノス、食べ終わったら準備しようぜ」
ワイアットの決定にアルフレッドとブライアンが俺を促しながら、自分達の荷物へと向かおうとする。
俺は紅茶でパンを流し込み、片付けをすることにした。
そういえば、3人が立ち尽くした理由を聞きそびれたな。
古代遺跡の中へ入ってから聞くか、探索が終わってから聞けば済むことだな。
まあ、古代遺跡を開けれたことに、皆が感動して立ち尽くしたと考えよう。
◆
半分開けられた石扉の前へ、皆で自分の荷物を持って集まり、個々で装備を整えて行く。
俺以外の3人は、昨日、魔の森へ踏み込んだ時と同じで、皮鎧を身に付け腰に短剣を備えている。
3人が腰に短剣を備えたのを見て、俺も伸縮式警棒をマントから取り出し腰のベルトへ差し込んだ。
古代遺跡の中で、何かに出くわして使うことになるとは思わないが念のためだ。
今まで伸縮式警棒を納めていたマントの扱いに迷ったが、着て行くことにした。
このマントには『冷風の魔法円』の他に『硬化の魔法円』等も備えているので、万が一の時には役に立つだろう。
一通りの装備を終えてリュックを担ぎ、皆で半分開けられた石扉の前で打ち合わせをする。
「入る順番だが、俺が先頭で次がアルフレッド、3番目がイチノスで殿(しんがり)がブライアンで行くぞ」
ワイアットから発せられたのは、魔の森を歩いて来た時とは順番を入れ換える話だ。
「イチノス、すまんが予備の松明を持ってくれるか?」
ワイアットの言葉に釣られて皆を見ると、ワイアットとブライアンが松明を手にし、アルフレッドが魔の森でも使っていた天蚕糸を出す糸巻きを手にしていた。
「みんな、準備はいいな」
「「「おう!!!」」」
皆の声を聞いたワイアットが、胸ポケットから魔道具の『火付け棒』を取り出す。
自身の手にする松明へ火を付けると、ブライアンが手にする松明へと火を移した。
カラカラ
アルフレッドの手にする糸巻から糸が出て行く。
ふと、出て行く糸の端を辿れば、俺がシーツを張るのに使ったフックに結ばれていた。
「ワイアット! 松明で天蚕糸を燃やすなよ(笑」
「お、おう」
アルフレッドの指摘に、ブライアンが慌てて松明を持つ手を入れ換えた。
◆
それは突然やって来た。
半開きの石扉を越え、アルフレッドの出す天蚕糸に気を使いながら古代遺跡の奥へと誘う通路へ足を踏み入れようとした時に⋯
自分の体が
『何かを越えそうになる』
のを感じた。
この感じは、あの魔の森で感じた『何かを越えそうになる』のと同じだ。
俺は慌てて踏み出した一歩を戻し後ずさる。
「おっと?!」
俺の後ろに続いていたブライアンが声を出す。
その声に釣られて、ワイアットとアルフレッドが振り返った。
「どうした?」
「何かあったのか?」
二人の声が古代遺跡の通路に響く。
「すまん」
「イチノスか?」
「イチノス、大丈夫か?」
「大丈夫だ。すまん」
二人へ答えながら足元へ目をやると、手のひら大の黒っぽい石が、通路の床を右から左へ渡るように並べられているのが見えた。
並び置かれた黒っぽい石は、古代コンクリート製のブロックを丁寧に敷いて作られた床に、何かの線引きをしているように思えてしまう。
黒っぽい石の並びを目で辿れば、通路の壁にも同じ様な黒っぽい石が貼られているのがわかる。
もしかすると、この黒っぽい石の並びが、古代遺跡の中と外の区切りなのかも知れない。
そんな風に思いながら黒っぽい石を眺めていると、後ろに続くブライアンが声を掛けてきた。
「イチノス、緊張してるのか? お宝はこの奥だぞ(笑」
「ククク そうだな(笑」
ブライアンの言葉は俺の緊張を解そうとしての事だろう。
そうしたことに思いをやりながら、俺は細心の注意を払い、再び通路に渡って並べられた黒っぽい石を見つめた。
先ほどの『何かを越えそうになる』と感じた理由を探るように、細心の注意を払いながらその黒っぽい石の並びを跨いでみた。
んん?
今度は何も感じない。
俺が何かを感じたのは気のせいだったのか?
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