21-3 冷却・仕上げ・瓶詰め・鑑定依頼

 

 煮出しを終え、ポーションの原液を作り終えた。


 『製氷の魔法円』を使って、凍らせぬように温度を下げたら、笊を使い、ポーション原液と漬け込みに使った薬草に振り分けて行く。


 笊に残った薬草は、直ぐにサノスが裏庭へと出しに行った。

 あのまま乾燥させ、ハーブティーの種へとなるのだろう。


 一方、両手鍋に残った液こそが、ポーションの原液だ。


 ここまで一緒に作業していたサノスとロザンナに告げて行く。


「ここからがポーション作りの仕上げだ。このポーション原液に、強目の回復魔法を掛けて、ポーションが出来上がるんだ」


「「はい」」


 二人が納得した返事を返してくる。


 その返事を聞いた所で、俺は胸元の『エルフの魔石』から魔素を取り出し、入念に洗った指先へ濃く、厚く、魔素を纏わせて、それをポーション原液に移しながら、強目の回復魔法を施して行く。


 一気にポーション液が魔素に満たされ、輝きを増して行く。


 この輝き具合は、かなり良いポーションが出すものだ。


 今回は原料の薬草が良かったのか、いつもより等級が上がったポーションが出来上がった気がする。


「す、スゴいです!」


 胸元の魔石を握りしめ、目を見開いたサノスが呟く。


 サノスはポーション液に満たされた魔素の輝きを見て取れたようだ。


 両手鍋に入ったポーション液を作業場へ持ち込み、サノスとロザンナが協力してポーションの瓶詰めを終わらせた。


 作業机には11本のポーションが整然と並んでいる。

 先月は20本仕上げたが、今回は11本だ。

 薬草も先月の半分だから、妥当な量の出来上がりだ。


 両手鍋に残ったポーション液をサノスとロザンナが見つめては、俺の顔をチラチラと見てくる。


「飲んで良いぞ(笑」


 俺の声を聞いた途端に、ロザンナが台所からマグカップを2つ持ってきた。

 それぞれのマグカップに残ったポーション液を注ぎ、二人で見合って頷くと一気に飲み干した。


「苦い~」

「うぇ~」


 まあ、ポーションなんて苦いのが当たり前だ(笑


 ◆


 その後、ポーション作りに使った道具の全てを二人が洗い終え、サノスとロザンナが帰る時間となった。


 二人とも帰り支度が整った所で、少し残業になった事を詫びながら、忘れずに二人に日当を渡した。


 すると作業机に1本だけ残したポーションを気にしながら、ロザンナが聞いてきた。


「イチノスさん、このポーションはどうするんですか?」


「このポーションは、これから冒険者ギルドで鑑定してもらうんだ」


 ロザンナへ答えたとおりに、俺はこれから冒険者ギルドへ行き、出来たばかりのポーションの鑑定を依頼するつもりだ。


 もちろん、その後は風呂屋へ行き大衆食堂でエールだな。


「その後で、師匠は風呂屋ですよね? 食堂に来ます?」


「ん? サノスは食堂に寄るのか?」


「はい、食堂で晩御飯を食べて帰ります」


 カランコロン


 そんな会話をして3人で店を出ると、夕刻に染まる街の中、向かいの交番所から声が聞こえてくる。


 交番所へ目を向ければ、女性街兵士二人と男性街兵士二人が、互いに王国式の敬礼を交わしていた。


 どうやら交代の時間とぶつかったらしい。


 交代を終えた女性街兵士が、俺たちに気づいたのか、小走りに近づいてきた。


「ロザンナ、今日は魔素を多めに扱っているから、お姉さん達に送ってもらいなさい」


「えっ? あぁ、そうですね。そうします、じゃあ、お先に失礼します」


 ロザンナが微笑みながら返事をすると、サノスに軽く手を振り、女性街兵士のもとへ向かった。


 俺とサノスは感謝の気持ちを込めて、女性街兵士に軽く敬礼し、冒険者ギルドへ足を向けた。


 既に陽は深く傾き、日々の喧騒が少しずつ落ち着きを見せ始めている。


 夕暮れの柔らかな光が、石畳の道や家々を温かく照らし出していて、実に心地好い。


 カーンカーン


 おっ?

 これは、教会の鐘の音じゃないか?

 随分と久しぶりに聞いた気がするな。


 その深い響きは一日の終わりを告げ、リアルデイルに住む人々の心に、安らぎをもたらしているようだ。


「あれって教会の鐘だよな?」


 横を歩くサノスに何気なく問い掛ける。


「そうですね、麦刈りが始まってるから鳴らしてるのかな?」


 なるほど、先月までは鳴らしてなかったんだな。


「サノスは麦刈りの経験があるのか?」


「ありますよ、父さんに連れられて行きましたね。今日も父さんは行ってますよ」


 そう応えるサノスの言葉から、今日のワイアットは麦刈りに出向いているんだと伺い知れた。


 冒険者ギルド前の歩道にテントを張り出した道へ入ると、軒並みテントの片付けを始めている。


 夜へと向かう夕暮れ時の柔らかな光が、彼らの忙しない動きを優しく照らしていた。


 旧魔道具屋の前で、今は交番所として使う街兵士たちへの敬礼を終え、隣に立つサノスに煮出しの時の事を問い掛ける。


「サノス、煮出しをしながら指先に纏わせてたな」


 俺の問い掛けに、サノスがピクリと一瞬動きを止めて応えてきた。


「あぁ、あれですか⋯」


 サノスの声には、不思議な感情が滲んでいる。


「サノスは、普段からあれができるのか」


 俺の質問に、サノスは少し考え込むように見えた後、答えた。


「どうなんだろう⋯ 煮出してる時は、暇だったので、やってみたらたまたまできたんですよ」


 話しながら、サノスの左手が胸元へと移動し、やがて顔の前で右手の人差し指に静かに魔素を纏わせ始めた。


「サノス、人目のあるところでやらない方がいいぞ(笑」


「そ、そうでしたね(笑」


 サノスが慌てて指先を振って、魔素を消し去った。


 どうやらサノスは、湯沸かしをする際に無意識で魔素を流していたが、指先に魔素を纏わせるのは、意識的な行為だったようだ。


 それでも、サノスが『並列思考』の取っ掛かりができたことは、良い兆候だ。


 この能力を上手く育てれば、サノスはやがて『並列思考』も習得できるだろう。


「それじゃあ、師匠はギルドですね」


「おう、お疲れ様」


「先に行って、お婆さんに伝えときますね」


 そう告げるや否や、サノスが小走りに大衆食堂へ向かった。

 そんなサノスを見送りつつ、俺は冒険者ギルドへ足を踏み入れた。


 ん?


 なんか、ギルドの様子が、いつもと違う感じだな。

 そうか、特設掲示板が置かれているからか?


 それに、依頼が貼り出される掲示板が置かれたホールに、冒険者や見習いが誰一人としていないからか?


 正面に見える受付カウンターには、いつものタチアナではなく、あの癖のあるオバサン職員が座っていた。


(残念だな、タチアナじゃあないんだな)


 俺は思わず、心の中で少し呟いてしまった。


 いつもの依頼が貼り出される掲示板へ目をやれば、そこには真新しい掲示が4枚貼られていた。


 上から順に見て行くと⋯


 ─

 西方 魔物討伐

 サカキシルにて受付中

 ─

 なるほど。魔物討伐の依頼は継続中で、次なる舞台は魔の森の中の宿泊町であるサカキシルに移した宣言だな。


 ─

 西方 薬草採取

 護衛付き 受付は西の関で

 ─

 次が薬草採取だな。

 これは内容的には以前と同じだが、受付を西の関へ移したことが違いだな。


 受付の場所が西の関へ変わったことで、採られた薬草の買取も含めて全てが西の関へ移されたのだろうか?


 そして、その下に麦刈りか⋯

 ─

 麦刈り

 6月10日まで

 参加可能な方は受付へ

 ─


 そして最後が⋯


 ─

 西方 魔の森 古代遺跡

 探索活動全面禁止

 麦刈り後に解禁予定

 ─


 サノスとロザンナが言っていたとおりに、古代遺跡の探索は暫くは禁止か⋯


 ギルマスのベンジャミンは、ウィリアム叔父さんから冒険者達への開放の確約を取っていたはずだが、ダンジョンの発見で開放条件が変わったのだろう。


 それにしても、この並び方に作為を感じるのは俺だけだろうか?

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