19-10 雑事は上手に終わらせたい


 サノスが戻ってきたことを知らせるロザンナの声に応え、1階の作業場で3人での昼食になった。


 昼食は昨日と同じで、サノスが買ってきたくれたバケットサンドと紅茶だ。


 サノスとロザンナは、さっそく俺の貸し出した新作の魔法円=製氷の魔法円でアイスティを作って楽しんでいる。

 俺は、この後の就任式を考慮して、冷たい飲み物は避け、少しだけ冷ました紅茶にした。


 そんな昼食を楽しみ終える頃に、先程の女性街兵士の話を、二人へ持ち出してみる。


「サノスにロザンナ、俺が居ない間にお客さんは来たか?」


「お客さんですか? う~ん⋯」


 サノスがそこまで言って、ロザンナへ目線を送ると、ロザンナが口を開いた。


「イチノスさん、祖父が来ました」


 やはりイルデパンが来たんだ。


「イルさんが来たのか? 俺に用があったのか?」


 よしよし。

 事前に女性街兵士から聞いていたから『イルさん』と言えたぞ。

 事前に聞いていなかったら『イルデパン』と呼んでいただろう(笑


「う~ん⋯ イチノスさんに、お礼を言いに来たみたいです」

「うんうん」


「俺にお礼?」


「これを、イチノスさんが貸してくれたお礼を言いに来たみたいなんです」


 そう言って、ロザンナが製氷の魔法を指差して来た。


「実は昨日、イチノスさんからこれを貸し出された話を祖母に伝えたんです」

「うんうん」


「そうしたら、祖父がその話を聞いたらしくて急に来たんです」


 あぁ、それは口実な気がするな。

 むしろ、イルデパンは孫娘であるロザンナの様子を見に来たんだろう(笑


「そうか、それは不在にしていて申し訳なかったな⋯」


「いえいえ、イチノスさんは気にしないでください。祖父が急に来たのが悪いんです」


 少しだが、ロザンナは祖父のイルデパンが急に店へ来たことに迷っている感じを匂わせた。

 そういえば、昨日の雑貨屋へ行く際にも、ロザンナは含みのある返事をしていたよな?


 これは、イルデパンの話しはロザンナからは、少し遠ざけた方が良さそうだな(笑


「わかった。その他に、お客さんは来たかな?」


 すると、サノスとロザンナが共に首を横にふった。

 その様子から他にお客さんは来ていないとわかる。

 どうやら、商工会ギルドや冒険者ギルドで頼んだ件の効果が出ているようだ。


 次は二人で店番をしている時の対応だな。


「じゃあ、その後にサノスが買い物に行ってくれたのか?」


「はい、私が行きましたけど?」


「そうか⋯ それなんだが⋯」


 そこまで言って、俺は敢えて言葉を止めてから話を続けた。


「サノスとロザンナの二人で店番をしている時の、お願いがあるんだ」


「はい?」

「なんでしょう?」


「今朝のように俺が不在だと、二人に店を任せるよな?」


「「うんうん」」


「そうした時に、こうして買い物へ行くこともあるだろ?」


「「うんうん」」


「そうした時には、向かいの街兵士のお姉さんたちへ、一言、告げて行って欲しいんだ。こうして買い物に行く時って、店にはどちらか一方が残ることになるだろ?」


「まぁ⋯」

「そうですね⋯」


「そこで変な客が来ると面倒だから、向かいの街兵士へ知らせてから、買い物に行って欲しいんだよ」


 そこまで告げると、二人が納得したような顔に変わった。


「そうですね」

「わかりました」


 未成年の二人には不安を感じさせないよう、この程度で伝えるのが良いだろう。


カランコロン


「「は~い、いらっしゃいませ~」」


 店の出入口の扉に取り付けた鐘が鳴り、サノスとロザンナがいつもの声を上げる。

 二人が目線を合わせると、ロザンナが席を立った。


 残されたサノスは、食べ終わって空になった洗い物をまとめ始めた。

 サノスが両手持ちのトレイへ乗せた洗い物を台所へ運ぼうとしたところで、ロザンナが戻ってきた。


「イチノスさん、アグネスが来ました」


 アグネス=洗濯屋の娘だ。

 昨日出した、洗濯物の明細を持ってきたのだろう。


 俺が自分の財布を片手に店舗へ行くと、洗濯屋の娘=アグネスが明細らしき紙を手に待っていた。


「イチノスさん、明細を持ってきました」


「アグネス、すまんな」


 明細を受け取り、書かれた金額を支払うと、明るい顔でアグネスが言ってきた。


「イチノスさん、ありがとうございます。割符は持ってますか?」


「割符? 今渡した方が良いのかな?」


「いえ、失くす人が多いんで、一応、聞くんです」


 そう答えながら、今しがた受け取った銀貨と銅貨を、首から下げた巾着袋へと入れている。


「割符を失くすと、仕上がりを渡せないので頑張って探してくださいね(笑」


「わかった。探しとくよ(笑」


「ありがとうございました~」


カランコロン


 礼を述べたアグネスは急ぎ足で店を出て行った。


 アグネスが出て行った店内を見渡し、あの封筒を入れていた空のカゴへ目が行く。

 空のカゴをカウンターの下へ片付けて作業場へ戻ると、作業机の上をサノスとロザンナが布巾で拭いていた。


 俺は作業場の棚を見渡し、アグネスが渡してきた木製の割符の行方を、記憶を頼りに探して行く。

 そんな俺の様子に気付いたロザンナが声を掛けて来た。


「イチノスさん、アグネスは明細を持ってきたんですか?」


「あぁ、そうだな。割符を⋯」


「カゴの側だと思います」


 ロザンナの言葉に、売り上げを入れているカゴへ目をやれば、その脇に割符が置かれていた。


「あったあった。ロザンナ、すまんが、アグネスが仕上がりを持ってきたら受け取ってくれるか?」


「はい、わかりました」


 よし、これで今日の残る雑事は雑貨屋から桶が届くくらいだな。

 そう思って、今度はサノスへ声を掛ける。


「サノス、頼まれてくれるか?」


「はい、何ですか?」


「もうすぐ雑貨屋が昨日買った品を届けに来るだろ?」


「えぇ、そうですね」


 そう言った、サノスが壁の時計へ目をやる。

 俺もそれに釣られて時計を見れば、1時になろうとしていた。


「届けに来たら、売り上げのカゴから支払ってくれるか?」


「はい、わかりました」


「領収書も受け取って、支払い済みの箱に入れといてくれ」


「わかりました~」


 そう答えながら、サノスはロザンナと共に台所へ消えて行った。


 二人の後に続いて、俺も作業場を出て2階へ向かう。


(カランコロン)


 用を済ませて2階へ行くため、階段に足を掛けたところで、店の出入口の扉に着けた鐘が来客を知らせてきた。


「は~い」

「いらっしゃいませ~」


 サノスとロザンナが台所から応えたかと思うと、サノスが飛び出して行く。


 もしかして俺への来客かな?


 まだ2階へ上がらない方が良い気がして、足を戻して暫し待つと、店舗の方から来客とサノスの会話が聞こえてきた。


(イチノスは ⋯⋯)


(あれ? ⋯⋯)


 聞き覚えのある声が俺を呼び捨てにして、サノスと会話をしている感じだ。


 サノスも顔見知りらしく、会話が弾んでる感じがする。


 商人ではなく、冒険者の誰かがきたのだろうか?

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