3-2 私はフェリス様の孫弟子


 サノスが目を細めて口角を上げた顔を解き、自分のカバンを漁り始めた。


「師匠、これが最近『魔力切れ』したときの様子を書いてみたものです。それと、そのときに身に付けてた『魔石』です。『魔石』は空だと思います」


 そう言ったサノスは、びっしりと書き込まれたメモと『魔石』を机の上に置いた。

 俺は立ち上がって棚から蓋付きの空の小箱を取り出し、サノスの書いたメモを一瞥してから、空の小箱に放り込んだ。


「どんな実験をしたんだ?」


 俺は空だという『魔石』を眺めながらサノスに問いかけた。


「失敗した『魔法円』⋯ 湯沸かしです⋯」


 サノスの言葉を聞きながら『魔石』を箱に入れて、今度はメモを取り出す。

 ざっと眺めて思ったが、状況の書き方が煩雑な感じがして詳しく読む気になれなかった。


「これ⋯ あの失敗作(・・・)に『魔素』を流し過ぎたのか?」

「し、しっぱい⋯ 作⋯ はい。あの⋯」


「あの? 失敗作(・・・)に『魔素』を流し過ぎて『魔力切れ』か?」


 俺が『失敗作(・・・)』と強調して2度ほど言うと、サノスがムッとした顔を見せた。


「はい。失敗作(・・・)です。家に持って帰って、試してみたけどダメでした」


 サノスは顔を強張らして『失敗作』と自分で認めた。

 最初に『失敗』と口にしたのはサノスだぞ(笑


「『魔法円』はどうした?」

「⋯⋯」


 『魔法円』の行方を問うが返事はない。


「それも持ってきてくれ。それが来たら一緒に試してみよう」

「えっ?!」


「このメモに書いてある通りに、もう一度試すんだよ。そうしないと何が悪かったか、わからないだろ?」

「⋯⋯ もう、無いです⋯」


 サノスが渋々『魔法円』の行方を口にした。

 確か木板に描いていた筈だが⋯


「木板に描いてたよな? 壊したのか?」

「ええ、『魔力切れ』から回復して、直ぐに壊して竈(かまど)にくべました」


「ハハハ」


 サノスはきっと腹が立ったんだろう。

 一所懸命に模写して試してみたけれど『魔法円』が反応しない。

 それに『魔素』を流し過ぎて『魔石』まで空にして、最後は『魔力切れ』だ。

 『魔力切れ』から復活して腹が立って、壊して竈(かまど)にくべて燃やしてしまったんだろう。


「燃やしちゃダメでしたか?」

「いや、後始末としては正しい。けれども理由がわからないままだろ?」


「えぇ⋯ それはそうですけど⋯」

「サノス、失敗は失敗と認めろ。認めたら失敗した理由を調べろ。失敗した理由がわからないと、また同じ失敗をするぞ」


 俺は努めて真面目な顔でサノスに諭した。

 しかも『失敗』の言葉を重ねてサノスに諭した。


「最後に燃やしたのは褒めてやる。失敗作は、ある意味で危険だからな」

「危険?」


「ああ、誰かが拾ってサノスと同じ様に『魔素』を流し過ぎたら『魔力切れ』を起こす可能性がある。最後の最後、失敗の原因がわかってから壊すんだ」

「は、はい」


 サノスはカバンからメモ帳と鉛筆を取り出してメモをし始めた。

 今の俺の言葉を書き留めたようだ。


 俺も棚からメモ帳と鉛筆を取り出して、サノスに次回の書き方を示して行く。


「サノスが書いてきたメモの内容をざっと読んだが、俺としては分析が難しい。むしろこんな感じに整理し直して書いてきて欲しい」


1.日付と時間

2.目的

3.魔石

4.魔法円

5.状況

6.結果

7.魔力切れ


「このぐらいで良いかな?」

「こ、これって⋯」


 サノスが俺の書き出したメモを見て少し目をキョトンとさせた感じがした。

 俺はそれを無視して説明を続ける。


「日付と時間は正確じゃなくて良い。この形式でメモを書き残して、目的と合わせて日付で古い順に並べ直すんだよ。そうすればサノスが何に挑んで、どこで成功したか、どうした理由で諦めたかが見えてくる」

「はい」


 サノスの目が真剣な感じだ。


「これは『魔力切れ』に限らなくても良いぞ。新しいことに挑む前に書き始めても良いぞ」

「うんうん」


「何かに挑む時には、まずは目的とかを書くんだ。成功したら他の項目を埋めて行く。まぁ2~3回成功すると書かなくなるがな(笑」

「師匠、聞いて良いですか?」


 サノスが首を傾げながら質問をしてきた。


「ん? なんだ?」

「師匠もやったんですか?」


「ああ、母に言われてやった」

「母って⋯ フェリス様ですか?」


「ああ、子供の頃に『魔素』が使えるのがわかってから『魔素』を使う度に書かされたよ。懐かしいな(笑」

「それって全部残してます?」


 何かサノスの問いかけが、少しズレてきた感じがする。


「どうだろう? 何でそんな事を聞くんだ?」

「いえ、変な意味じゃ無いんです。師匠が何に挑んでどうだったか知りたくて⋯」


「何でそんな事を知りたいんだ?」

「いえ、まずは師匠に追いつきたいのと、フェリス様は師匠の記録を見たのか気になって⋯」


 サノスの目を見直すと、少し笑みが混ざった感じがする。

 もしかして、俺の失敗や成功を知りたいのか?


「はぁ~⋯ 残っててもサノスには見せんな(笑」

「えっ? どうしてですか?!」


「あのなぁ、こうした記録は魔道師としての大切な記録なんだ。何を切っ掛けに成功したかも残すことになる。そんな事をホイホイと他人に見せると思うか?」

「けど、師匠はこの先、私のを見ますよ?」


「あのなぁ⋯ 弟子の成長を師匠が見るのは当たり前だろ?」

「じゃあ、師匠の師匠はフェリス様で、師匠の記録を見たりしたんですか?」


 何かサノスの話が、更にズレてきた感じがする。


「まぁ、そんな感じだな。言われてみれば俺の師匠は母(フェリス)かもしれん」

「なら! 私はフェリス様の孫弟子(まごでし)ですね!」


 サノス。

 その笑顔の意味を教えてくれ。

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