7-10 志望動機は人それぞれです


 ギルマスとの話し合いを終わらせ、俺は冒険者ギルドから退散することにした。

 ギルマスも執務に戻るため、俺と共に応接室から出る事にした。


 ギルマスは少しでも時間が欲しいらしく『イチノス殿、すまないがここで失礼する』と告げて、急ぎ足で廊下奥の執務室らしき部屋へと消えて行った。


 冒険者ギルドの2階に俺は一人残され、階段を降りようとした時に、昨日、イルデパンが使った冒険者ギルドの裏口が気になった。


〉下は騒がしそうなので

〉私は裏口から消えようと思います


 そう告げてイルデパンが消えた階段脇の踊り場へと向かってみる。

 イルデパンが慣れた手付きで開けた扉に手を掛け押し開くと、一気に周囲に陽が差し明るさに目が眩む。


 突然の眩しさに目が慣れてくると、冒険者ギルドの裏側と思われる場所に降りる外階段が見えた。


 そうか⋯

 イルデパンや先触れで来たコンラッドは、この外側階段を使っているのか⋯


 この外階段を使えば、ギルドの受付カウンターに座る若い女性職員や、キャンディス、そしてギルドの職員からは知られないだろう。

 何よりも冒険者連中から、冒険者ギルドに出入りしていることが知られないだろう。


 何度も出入りした冒険者ギルドだが、こうした裏口があることを俺は始めて知った。


 冒険者ギルドの1階に降り、受付カウンターに目をやるが、キャンディスも若い女性職員も見当たらなかった。


 2階の応接室が済んだことを若い男性職員に告げると、二人とも俺が降りてきた2階の会議室だと告げてきた。

 討伐から戻ってきた先発隊から、討伐の様子を聞いている最中だという。


 若い男性職員の言葉に、キャンディスが若い女性職員と共に職務をこなそうとしている様子が聞けて、俺はなぜか少し『よかった』と感じてしまった。


 受付カウンターを越えて、討伐状況が記された特設掲示板の前に向かう。


━━【西方】━━

負傷者数 0

討伐数 9

 オーク 6

 ゴブリン 3


━━【南方】━━

負傷者数 0

討伐数 4

 オーク 3

 ゴブリン 1


 よしよし。

 負傷者数が増えていない。


 増えているのは討伐された魔物の数だけだ。

 そうした様子を喜ばしく思う。


 そういえばサノスはどうしているのだろう?

 そろそろ煮出しを終える頃だと思うが未だに掲示板脇の別室か?


 サノスの様子を見るため、依頼の貼り出される掲示板脇の別室に向かうと、あの苦いポーションの香りが漂ってきた。


コンコン


「はーい」


 あれ? この声はサノスじゃないぞ?

 別室の扉をノックすると聞き慣れない少女の声が応じてきた。


「すいませ~ん。手が離せないんですぅ~」


 別室の中から聞こえる声に引かれて扉を開けると、ロザンナが鍋の置かれた『魔法円』に魔素を流していた。


「イチノスさん!」

「ロザンナか⋯ サノスはどうしたんだ?」


「サノスさんは、鍋を買いに行きました」


 鍋を買いに行った?

 そうか、明日の分を漬け込む鍋が無いんだな。

 ロザンナが煮出している鍋は、大衆食堂からの借り物だ。

 いつまでも借りたままと言うわけには行かないと、サノスは考えたのだろう。


「ロザンナはサノスの手伝いか?」

「はい。討伐の伝令が終わったんで、サノスさんのお手伝いです。ちょっと待ってください⋯」


 ロザンナがそう言うと『魔法円』の脇に置かれた砂時計をひっくり返した。

 更にメモ用紙に一本の線を引いて、再び『魔法円』に魔素を流し始める。


 なるほど、砂時計の回数を記録して煮出す時間を計ってるんだな。


「イチノスさん、これってポーションの原液なんですよね?」

「あぁ、そうだよ。魔導師はこうした仕事もあるんだよ。やってみてどうだ?」


「面白いです」


 ロザンナが笑顔で答えてきた。

 その笑顔の感じから、ロザンナの緊張が解れて行くのを感じる。


「ロザンナ、ちょっと話せるかな?」

「はい? なんでしょう?」


 ロザンナの同意が得られたので、俺はロザンナの隣に座ることにした。


 今朝はサノスに邪魔されて、ロザンナが魔導師や魔道具師を志望する理由を聞き出せなかった。


「ロザンナは魔導師か魔道具師を志望だったよな?」

「はい。そうですけど⋯」


「その志望には、その⋯ 何か理由があるのか? 例えば親御さんが魔導師になることを勧めてるとか、ロザンナ自身が魔法を使えるようになりたいとか?」

「親は⋯ 父も母も亡くなってます⋯」


「あっ、いや、スマン。悪いことを聞いてしまった」


 少し驚きだ。

 ロザンナは父親も母親もいないとは、俺は配慮が足りていなかった。


「いえ、大丈夫です。気にしないでください。祖父母が大事にしてくれてますから(ニッコリ」

「そうか⋯ 続けても大丈夫かな?」


「はい、大丈夫です。志望理由ですよね⋯ 実は亡くなった母が回復術師だったんです」


 これはかなりの驚きだ。

 だが、ロザンナの母親が回復術師だったのならば、魔素を扱う素質をロザンナが引き継いだのだろうと納得できる。


「じゃあ、本当は回復術師が志望なのか?」

「いえ、私には無理だと思います。血を見るだけで気分が悪くなるので⋯」


 それが理由か⋯

 ロザンナは、血を見たりするのがダメなんだ。


 回復術師は回復魔法を施すだけが仕事ではない。

 事故での負傷や、盗賊や魔物に襲われて負傷すれば、外傷を負って血まみれになる場合もある。

 そうした外傷も含めて治して行くのが回復術師なのだが、血を見るのが苦手となると、かなり制約が出来てしまうだろう。


 実際、魔法学校時代にそうした理由で親の希望が叶わず、回復術師の道を選ばなかった者もいた。

 確かにそうした者は、魔導師や魔道具師を目指していた。


「イチノスさん。そうした理由で回復術師を諦めて、魔導師や魔道具師を志望するのは⋯ ダメですか?」

「いや、ダメじゃない。何を志望するかは本人の自由だからな」


「このポーション作りも、父さんと母さんがやってたのを思い出します」

「そうか、回復術師ならポーションも作るからな」


 う~ん。

 このままロザンナに、ポーション作りを手伝わせて良いのだろうか?


 ロザンナの両親が亡くなった理由は知らないが、両親が関わっていたポーション作りの作業を手伝わせるというのは、ロザンナにとって大丈夫なのだろうか?


コンコン


「ロザンナ、お待たせ!」


 扉をノックする音と共に、サノスが鍋を抱えて別室に飛び込んできた。

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