5-4 時間どおりにお客さんが来ました


 サノスに連れられて店舗兼自宅の裏庭に行くと、サノスが植えたハーブティーの種に使っているハーブが裏庭を占拠していた。


「何でこんなに繁ってるんだ?」

「給仕頭のお婆さんに聞いたら、もともと育ちやすい植物だそうです」


「サノス、これだけ繁ってると虫が湧いてるんじゃないか?」

「ビクッ」


 植物が大量に群生すると、その植物を好む虫が発生すると言う。

 その事をサノスに指摘すると、なぜかサノスがビクリとする。

 これは既に虫が湧いている可能性がありそうだ。


「サノスが植えた物だ。サノスが最後まで面倒を見ろ。虫も含めてだ」

「はい⋯ 師匠⋯」


 サノスがショボンとしながら、すがるような目をしてくる。


「何だ、俺に助けて欲しいのか?」

「一緒に収穫を手伝って欲しいなぁ~」


「はぁ⋯ ギルドで依頼しろ。その方が人手が集まるだろ」

「やっぱり、それが早いですよね」


「薬草採取依頼で場所を限定すれば直ぐだな」

「師匠、名案です。庭の草むしりは不人気だけど、薬草採取なら草むしりとバレないですね(ニヤリ」


「どっちでも良いが、これはサノス自身の財布で解決しろよ」

「えぇ~ 師匠の家の草むしりですよ~ 師匠が依頼料を出してくださいよ~」


 サノス、もしかしてそれが狙いか? 

 俺を連れてきたのも考えると、そんな感じがビシビシとしてくる。


「サノス、よく聞け」

「はい、師匠!」


「3日やる。3日でこの裏庭の整備を済ませろ。4日目に整備が終わってなかったらサノスの日当で俺がギルドに依頼を出す。この裏庭の虫が駆除されるまで日当は支払い停止だ」

「!!!」


 サノスが驚愕の顔で俺を見てくる。


「何だったら火魔法で今すぐ全てを焼き払うか?」

「や、やります! 直ぐやります!」


 サノスが直立不動で、裏庭整備の遂行を宣言してきた。



 先ほど完成した『湯沸かしの魔法円』を使って、サノスが昼食用に買ってきたスープを温めている。


「師匠、昼御飯を食べたら冒険者ギルドで依頼を出してきます」

「わかった。頼むぞ」


「これから依頼を出すので、明日は朝から見習い冒険者が来ると思います。大丈夫ですか?」

「そうなるな。明日は朝から騒がしくなりそうだな(笑」


 スープを温めながらサノスが聞いてきた。

 俺が裏庭整備の指示を出して、直ぐにサノスは腹を括り、冒険者ギルドに依頼を出す事にしたようだ。


 今日の昼過ぎにサノスがギルドに依頼を出すなら、サノスの言うとおりに明日は朝から見習い冒険者が来るだろう。

 明日の裏庭整備の監督はサノスに任せるとして、俺は残っている仕事だな。


 残ってる仕事は⋯


■東国(あずまこく)から来たダンジョウ

 これは今日の昼過ぎに来るから問題ないな。


■ヘルヤさん

 魔素充填を終えた兄の形見をヘルヤさんにお返しする件があるな。

 これはギルドで伝令を出せば済む。

 明日は見習い冒険者が来るだろうから、明後日を指定すれば大丈夫だろう。

 サノスがギルドに行くなら、ついでで頼むか? 

 いや、あのヘルヤさんの事だ、伝令を受け取った途端に店に走り込んできそうだ。

 これは、明日、俺が直接ギルドで日付をしっかり指定して、伝令依頼を出した方が良さそうだ。


■勇者の魔石

 これは計画を練り直す必要があるな。

 そう言えばコンラッドが言ってたのは⋯

 そうだ⋯ 教会だ。


 決まった。


 今日の午後は東国(あずまこく)から来たダンジョウへの対応をして終わり。

 明日は見習い冒険者が来て騒がしいだろうから、昼前は教会で話を聞いてこよう。

 その後でギルドによってヘルヤさんへ伝令を出そう。


 そうだ、明日の昼前に教会へ行くなら先触れを出すか? 

 サノスにギルドへ行くついでで、教会への先触れをお願いしよう。


「師匠、どうぞ」


 サノスが温め終えたスープを皿によそい、パンと一緒に出してくる。


 今日のスープはミネストローネだ。


「バジル入れます? 取れ立てですから香りが立ってますよ」

「取れ立て?」


「裏庭産の取れたてです」


 サノスの言葉に、先ほど見せられた裏庭を思い出す。

 俺が見た限りではバジル以外にも繁っていた気がする。


「あの裏庭を占拠してるのは、全てがバジルなのか?」

「バジルと東国(あずまこく)から来たオオバです。同じ種類のハーブらしいですよ」


 そう言ってサノスが裏庭で繁っていたハーブを洗って皿に盛り付けた物を出してきた。


 皿に盛り付けられたそれぞれのハーブを手にして香りを嗅ぎ比べてみる。

 どれも青臭い香りがし、サノスのハーブティーの種に使われているのがわかる物だ。


「明日、全てを収穫して乾燥させるのか?」

「半分は食堂に持って行くかも? ギルドに行った時に母に聞いてきますね」


「大衆食堂にか? これを使った料理でもあるのか?」

「お酒に入れる人がいるみたいですよ」


 お酒に入れるか⋯ 良いかもしれないな。

 これから暑くなる季節を考えれば、この青い香りが清々しい感じで良いかもしれない。

 けれどもこれを使って飲み過ぎて二日酔いになったらどうなるんだ? 

 二日酔いを和らげるために、再び、この香りを嗅ぐのか? 


「ククク お酒にか⋯ 火酒に合うかもしれんな(笑」

「料理にも使いますね。師匠は食べたことはないんですか?」


 サノスが変な言い方で俺に聞いてきた。


「ん? どういう事だ?」

「以前にエルフの方が店に来た時に好んで食べてたんです」


「エルフが? だとすれば純血種で山エルフかもしれんな。俺はハーフエルフだし、俗に言う街エルフだからな」

「やっぱり違うんですか?」


「サノスが見た純血種の山エルフと俺のような街エルフでは、見た目は変わらないが食の好みはだいぶ違うかもな」

「へー」


「俺のように街に住むハーフエルフになると、普通の人間と変わらん生活を送るしな」

「考えてみれば人間も同じですよね」


「そうだな。肉が好きな奴もいれば、魚が好きな奴もいる。それに野菜が好きな奴もいるしな(笑」

「うんうん」


 そうした会話でサノスと昼食を済ませた。



「じゃあ、教会、ギルド、食堂の順番で行ってきます」

「おう、頼んだぞ。遅くなるようなら戻って来なくていいぞ」


「は~い」


カランコロン


 昼食を終え、食後の御茶(やぶきた)を飲み終え、洗い物を済ませたサノスが店を出ようと店舗に向かった時、店の出入口に着けた鐘が来客を知らせた。


「いらっしゃいませー」


 サノスがお使いに行く姿のままで、お客様の対応をしている。


「私、ダンジョウ・メガネヤと申します。イチノス殿はお手隙だろうか?」


 来たな。


「イチノス師匠、この間のお客さんです」


 サノスの声に俺は席を立ち上がり店舗に顔を出せば、以前に店に来た髪を束ねた男が立っていた。

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