5-5 茶道具一式を差し出されました


 ダンジョウが俺の顔を見るなり、深く頭を下げて来た。


「イチノス殿、過日は当方の都合で御迷惑を御掛けした」

「いえいえ、お気になさらず」


 ダンジョウの出で立ちを見れば前回とは異なり、幾分、ラフな姿をしている。

 真っ白のシャツにズボンを履き、研究所時代に見掛けた事務員のような出立ちだ。

 手には布に包まれた何かを持っており、帯剣している様子は無い。


 頭を下げるダンジョウの向こうでサノスが俺を見てくる。

 如何にも「私がお客様へ御茶を出さなくて良いんですか?」と言わんばかりの顔だ。

 そんなサノスに声をかける。


「サノス、お客様は俺が相手をするから大丈夫だぞ」

「では、いってきます」


コロンカラン


 サノスが店を出たのを見届け、俺は急ぎダンジョウを奥の作業場へ案内するために声をかけた。


「ダンジョウ殿、本日は奥でお話をする時間はありますでしょうか?」

「ありがとうございます」


 それまで頭を下げていたダンジョウが、そこでようやく頭を上げてくれた。

 この人、何だか堅苦しい感じがするなと思いながらも、俺は店舗カウンターの脇からダンジョウを作業場に案内し、いつもサノスが座る席を勧めた。


「失礼します」


 そう口にしたダンジョウが布に包まれた手荷物らしき物を机に置き、椅子を引いたところで声をかける。


「ダンジョウ殿、誠に申し訳ないが武器や武具の類いがあれば、後ろのカゴに入れてください。尚、私はご覧のように丸腰です」


 ダンジョウに見えるように両腕を広げ、何も隠し持っていないことを見せる。


「これは失礼した。私もイチノス殿と同様に丸腰です。どうかご安心ください」


 俺の言葉に応えて、ダンジョウも同じような仕草で武器や武具を持っていないことを示してくれた。


「では、改めて名乗らさせていただきます。このリアルデイルの街で魔導師として店を営んでいる、イチノス・タハ・ケユールと申します」


「丁寧な挨拶に感謝します。東国(あずまこく)使節団のダンジョウ・メガネヤといいます」


 互いに挨拶を済ませたところで、ダンジョウに着席を勧めると素直に応じてくれた。


 俺はギルマスから届いた手紙を棚のカゴから取り出し自席に着いた。

 ギルマスからの手紙を机の上に置き、ダンジョウに向けて見せながら話をする。


「冒険者ギルドのベンジャミン・ストークス殿より仲介をいただきました」

「イチノス殿のおっしゃるとおりに、ベンジャミン殿に仲介をお願いしました。本題に入ります前に、まずはこれを御覧ください」


 ダンジョウが机の上に置いた布で包まれた手荷物を正面に置き、上方で結ばれた部分をほどく。

 上質な布らしく滑るように布が開かれると、そこに木箱が見えた。


「過日は御迷惑を御掛けした事を深くお詫びします。お詫びと言っては何ですが、まずはこれをお納めていただきたいのです」


 ダンジョウが木箱の蓋を開けると大小の木箱が組み合わさるように詰まっていた。


「これは、我が国に伝わる『茶道』に用いられる道具の一式となっております」

「茶道の⋯ 道具一式!?」


 思わず俺は驚いてしまった。


 研究所時代に東国(あずまこく)の使節団が来た際に、王国側の『おもてなし』と俺の講義へのお返しとして、東国(あずまこく)使節団が『御茶会(おちゃかい)』を開いてくれた。

 その際に俺は『茶道』と言うものに接したのだが、御茶会でいただいた『抹茶(まっちゃ)』には感動を覚えた。


 黒い茶碗に泡立てられた不思議な飲み物。

 フワリとした口当たりに続き、口の中に広がる爽やかな味わい。


 俺は『抹茶(まっちゃ)』の素晴らしい味わいに、しばし固まってしまったほどだ。


 それまで緑茶を飲む機会はあったが、俺はあれを機会にすっかり緑茶の魅力に嵌まってしまったのだ。


 ダンジョウが一つ一つ木箱を取り出し、蓋を開けて中身を見せてくる。


 最初に開けられた一番大きな木箱からは、朱に染められた布に包まれた黒塗りの『茶碗(ちゃわん)』が表れた。


 ダンジョウにそれを差し出され、思わず手に取った俺は、色ツヤを眺めてしまった。

 清廉な佇まいで、飲み口は薄からず厚からず『御茶会(おちゃかい)』の時の茶碗を思い出されるものだ。


 俺が茶碗を眺めていると、ダンジョウは次の木箱を取り出し、中身を見せてくる。


 次に取り出されたのは『茶筅(ちゃせん)』だった。

 『茶筅(ちゃせん)』は琥珀色の竹で拵えており、陶器製の茶筅を立てる物まで入っている。


 続いて出てきたのは『茶杓(ちゃしゃく)』だ。

 『茶杓(ちゃしゃく)』は茶筅よりも深みのある琥珀色をしており、先端に寄った部分の節がやはり竹製であることを表現している。


「今回は良質とは言えませんが⋯」


 そう口にしてダンジョウが最後に取り出したのは、手のひらに収まるような筒形の『茶筒(ちゃづつ)』だった。

 蓋の模様を見る限り竹の寄せ木細工のようだが、何とも言えない味わいのある艶が出ている。


 きゅポン


 ダンジョウが蓋を取る音と共に僅かに緑の煙が立ち、あの抹茶の香りが漂った。


「若(わか)よりイチノス殿が茶道に興味があるとお聞きし持参しました。どうかお納めください」


 若(わか)?

 ワリサダのことだなと思いつつも、俺は机の上に広げられた茶道具一式から目が離せない。

 これらをダンジョウが俺に受け取れと勧めてくるのだ。


 確かに俺は茶道には興味がある。

 是非とも、あの御茶会で味わった『抹茶(まっちゃ)』をもう一度味わいたい。

 再び研究所時代の御茶会を頭に描いて、俺はハッとなってしまった。


 あの時に茶を立ててくれたのがワリサダだったのか?

 あの髪を束ねた童顔に思えた男がワリサダだったのか?


 ワリサダの顔を思い浮かべるが坊主頭しか思い浮かばない。

 鍛えられた肉体の胸元には『魔鉱石(まこうせき)』⋯


 そうだ『魔鉱石(まこうせき)』!


 風呂屋で見たワリサダの胸に下がっていた『魔鉱石(まこうせき)』の出所を、俺は確認していない。


 コンラッドに尋ねようと思っていたが忘れていた。

 何か忘れていると感じていたのは、ワリサダの胸に下がっていた『魔鉱石(まこうせき)』の出所だ。


 俺の愛用している『エルフの魔石』とも違う、若干だが青みを帯びた銀色の『魔石光(ませきこう)』を放つ『魔鉱石(まこうせき)』をワリサダは身に着けていた。

 あの『魔鉱石(まこうせき)』の出所を、目の前のダンジョウから聞き出せるだろうか?


 そんなことを考えていると、ダンジョウが願ってもない言葉を口にしてきた。


「イチノス殿、これらの品々をまずは納めていただきたい。我が主君のワリサダからもイチノス殿に受け取っていただけるよう願われております」


 机の上に並べられた茶道具一式の向こう側で、ダンジョウが頭を下げてくる。


 う~ん。欲しい。

 特に『抹茶(まっちゃ)』は欲しい。

 あの茶筅を使って、自分でシャカシャカして抹茶を立ててみたい。


 だが、この後の『水出しの魔法円』と『魔石』の商談、それにワリサダの胸に光る『魔鉱石(まこうせき)』の出所を聞き出すことを考えると、ここで受け取って良いものか迷ってしまった。

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