3-18 互いに裸になって俺は驚いた
ヘルヤさんの話も東国(あずまこく)から来た二人の話も聞けたので、ギルマスとの対談を終わらせ席を立とうとすると、ギルマスが変なことを言い出した。
「イチノス殿、最近、魔道具屋は大人しいですか?」
「魔道具屋ですか? 特に何もありませんが?」
「なら良かった。暫くは関わりを持たれぬよう、お伝えします」
「はあ、そうですか⋯」
「まあ、心の隅にでも置いておいてください(ニッコリ」
そう言ってギルマスが微笑んだので、俺は応接の椅子から立ち上がった。
冒険者ギルドの応接室を出ると、向かいの会議室から数人の話し声が聞こえた。
「イチノス殿、すいませんがここで失礼します」
そう言ってギルマスが会議室を指差した。
どうやら長い会議はまだ続くようだ。
「ええ、ここで失礼します」
俺が答えるとギルマスは直ぐに会議室へと消えていった。
俺が階段で冒険者ギルドの1階に降りると、先程の若い女性職員が声をかけてきた。
「イチノスさん、お疲れ様です。またのご利用をお待ちしています」
「美味しいお茶をありがとうね。またくるよ」
ギルマスを少し真似てみると、若い女性職員が笑顔を向けてきた。
「そうだ、いただいた伝令依頼は既に向かってます」
「ギルマスの言うとおりだ。君の依頼は早くこなされるね。ありがとう」
俺の言葉に更に女性職員が笑顔を見せてきた。
うんうん。こんな感じで明日からサノスも褒めてみよう。
冒険者ギルドを出て向かいの大衆食堂に目をやると、既に人集りは消えていた。
まあ一過性のものだったのだろう。
そう思いながらこの後の予定を考えてみる。
店舗兼自宅に真っ直ぐに戻るか?
暮れて行こうとする街並みを眺めていると、悪い虫が湧いてきた。
なんとなく風呂屋に行きたい気分になってきたのだ。
昨日も一昨日も、そして今日も⋯ 3日連続は贅沢だな。
だが無性に風呂屋に行きたい気分になってしまった。
もう、この気持ちが湧き出すと抑えが効かない自分を感じる。
気が付けば、さも当たり前のように俺は風呂屋に向かっていた。
◆
─
『入浴料変更のお知らせ』
燃料費高騰を受け来月1日より入浴料を以下のとおりに値上げさせていただきます。
皆様にはご迷惑をお掛けしますがご理解とご協力をお願いします。
─
風呂屋に行くと入り口に大きな貼り紙が出されていた。
なんと入浴料金の値上げを告げる貼り紙だった。
俺は気が付かなかったが、このところ燃料の石炭等が値上がりしているようだ。
燃料費の高騰と知り半年先が心配になる。
今は5月だが、半年後の冬が来る時期にも燃料費が高いままだと庶民の生活を直撃する。
リアルデイルの街に届く石炭は、北の街道から来るものと西の街道で辺境から来るものがある。
それらの石炭は東の王都にも運ばれているはずだ。
今のリアルデイルで値上がりしているようならば、王都では更なる値上がりをしているのだろう。
風呂屋の受付で冒険者ギルドの会員証を見せて入浴料を支払う。
俺は今日も手ぶらで来てしまったので、更に鉄貨2枚を支払い新品の手拭いを購入していると声をかけられた。
「イチノス殿⋯ ですよね?」
名前を確かめるような言い方に振り返れば、東国(あずまこく)から来た坊主頭だった。
「やはりイチノス殿だ。今日は本当に申し訳ない。伝言を頼んだが届いただろうか?」
「ええ、いただきました。具合が悪いと聞きましたが、既に体調は戻られたのですか?」
「いやぁ~私はいたって元気です。連れが急に具合が悪くなってしまったのだ。本当に申し訳ない」
坊主頭の言う『連れ』とは同行していた髪を束ねた男で『爺(じい)』と呼ばれていた方だろう。
「そちらの方は会員証はありますか?」
受付の女性から声をかけられて、慌てて坊主頭がバタバタしだした。
「宿に忘れてしまった! イチノス殿、会員証とは冒険者ギルドのだろう? あれがないと風呂屋は使えんのか?」
「いえ、大丈夫ですよ」
「会員証が無いなら鉄貨4枚です。来月から値上がりしますのでぇ~」
受付の女性が値上げの言葉を添えて坊主頭に入浴料を請求する。
坊主頭は致し方ない顔で倍の料金を支払っていた。
「イチノス殿は風呂屋にはよく来られるのですか?」
「ええ、実は今日で三日連続です(笑」
「三日連続は、王国では珍しいのですな? ならばイチノス殿はなかなかの風呂好きですな。ハハハ」
そんな会話をしながら、共に衣服を脱ぎ収納棚に入れて行く。
俺の笑いながらの言葉に坊主頭が興味を抱いてきた。
確かに王国では庶民が毎日風呂入る習慣は無いので、風呂好きと言われても致し方ない。
そう言えば俺はこの坊主頭の名前を聞いていなかった。
『イチノス殿、イチノス殿』と、俺の名ばかり一方的に呼ばれるのに違和感を覚える。
互いに裸になったところで、坊主頭の名を聞こうと彼を見て驚いた。
贅肉が一切無く、腹筋も割れており見事なまでの筋肉美だ。
そんな筋肉も素晴らしいのだが、何より驚かされたのは胸元に輝く『魔鉱石(まこうせき)』だった。
その『魔鉱石(まこうせき)』へと繋がる金の太い鎖のようなチェーンのようなネックレスの出来栄えも素晴らしい。
だが、俺の目は『魔鉱石(まこうせき)』に釘付けになってしまった。
「その身に付けている『魔石』⋯ すいません、お名前を教えていただけますか?」
思わず俺は2つの質問を重ねてしまった。
しかも『魔鉱石(まこうせき)』を優先して、名前を後から聞くなど明らかな失態だろう。
「名か? イチノス殿は私をお忘れか?」
さも坊主頭が既に名乗りを済ませているような言葉を口にして来た。
昨日の店で名乗りを受けた覚えがない俺は、その事を素直に伝える。
「申し訳ありません。昨日、聞き漏らしたようで⋯」
「いやいや、昨日じゃない2年前だよ」
2年前? 俺の研究所時代?
ダメだ、思い出せない。
研究所時代に、既に俺は坊主頭と会っているのか?
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