12-5 彼女が代行になりました


「タチアナさん?」

「はい、何でしょう?」


「最近、休みは取られましたか?」

「はい。ちょうど昨日がお休みを取ってたんです」


 俺の問い掛けにターニャが正直で嬉しそうに応えた。

 その言葉には何らキャンディスを気遣う様子もなく、何の遠慮も無く正直に応えている感じだ。


「昨日のお休みは、久しぶりに友達と会えました。一緒に食事してお茶して、良い気分転換になりましたね」

「それは何よりです。時には気分転換も必要ですよね(笑」


「イチノスさん、その友達が商工会ギルドに勤めてるんです」

「ほぉ~ 商工会ギルドですか?」


「私が休みで家でくつろいでたら、急に訪ねてきたんです。向こうも来月から忙しいらしくて、急に遊びに来たんです」


 どうやら、商工会ギルドも来月からは多忙になるようだ。

 それを見据えて、商工会ギルドでは事前に各職員に休暇でも与えたのだろう。


「久し振りに仕事を離れて友達と話が出来て楽しかったです」

「それでも、ついつい仕事の話をしちゃうとか?(笑」


「そうなんですよぉ~ ついつい仕事の話になりそうで言葉を選んじゃいますね(笑」


 どうやらターニャは商工会ギルドの友人との会話には、冒険者ギルドの職員として、それなりに気を使っているようだ。

 まあ、冒険者ギルドと商工会ギルドが対立しているとは言わないが、話せることと話せないこともあるのだろう。


 そんな会話をターニャとしていたのだが、ふとキャンディスを見れば黙したままだ。


 これはターニャの休みを羨ましく思ってるのだろうかと思ったが、どうも様子が違うぞ。

 俺とターニャの話を黙って聞いていると言うよりは、何かを思うような懐かしむような感じの顔をしているぞ。


「キャンディスさん、最近、麦畑には行かれましたか?」

「えっ?」


 俺からの問い掛けでキャンディスが戻ってきてくれた。

 もしかして麦畑に気持ちが飛んでいたのか?


「先ほど、麦畑の話をされてましたよね?」

「えぇ、あの景色を思い出していました(笑」


 どうやら本当に麦畑へ心が飛んでいたようで、何とか応えつつもキャンディスは上の空な感じだ。

 これはかなりキャンディスは疲れている感じがする。

 こんな状態のキャンディスと、薬草手配や魔法円の商談とか出来るのだろうか?


「イチノスさん、ちょっと聞いて欲しいんだけど?」

「はい、なんでしょう?」


「私ねぇ、この街に来た時に見えた麦畑が凄く印象的だったの」


 急にキャンディスが麦畑の話を持ち出してきた。


 そんなキャンディスの隣に座るターニャを見れば、興味無さそうな顔で平然と紅茶を飲んでいる。

 俺が麦畑の話をふった以上は、暫くキャンディスの話に俺が付き合う必要がありそうだ。


「東方に大農園地帯があるでしょ?」

「そうですね。あそこは延々と麦畑が広がってますね」


「このリアルデイルに私が来たのが麦刈りの前で、馬車が東の関に入る前に凄く綺麗な景色が見えたの」


 やはりキャンディスは昔見た麦畑に心が飛んでいたようだ。


 そう言えばキャンディスはリアルデイルの生まれじゃ無いよな?


「思わず次の日にその麦畑を見に行ったの」


「キャンディスさん、前にも言ってましたよね。あの景色は一度は見るべきだって」


 それまで興味無さそうにしていたターニャが、微妙な言葉でキャンディスを促してくる。


「気持ちいいわよぉ~ 思わず半日ぐらいボーッとしちゃったの」

「半日もですか?」


「えぇ、思わず麦畑の中や運河の方までお散歩したりしたの」

「運河の方まで行ったんですか?」


 東方の街道とその少し北方を流れる運河ではそれなりに距離があるぞ。

 もう散歩というよりは散策に近いんじゃ無いのか?


「そしたら、運河の土手って少し高いじゃないですか」

「まあ、あの運河は増水に備えてそれなりの高さにしてありますね」


 そこまでターニャとキャンディスがやり取りし、俺もそれなりにキャンディスの言葉に合わせて応えたつもりだが、当のキャンディスは俺の言葉を聞いていないように話を続けてきた。


「その土手から見える景色が、本当に凄く綺麗なの。ターニャも行ったことある?」

「いえ、私はまだキャンディスさんのように楽しめなくてぇ~」


「あらぁ~ 残念ねぇ~」

「私は彼氏が出来たら、一緒にピクニックで行くまで取っときます(笑」


 おい、ターニャ。

 その言葉は少しキャンディスを煽ってないか?


「彼氏とピクニックかぁ~ いいわねぇ」


 あら?

 キャンディスがニヤついているような⋯ あれ? また心ここにあらずな顔をしてないか?


 そうか!

 キャンディスはワリサダと麦畑へピクニックに出掛ける事を思い描いているのか?


 ククク

 坊主頭のワリサダと街娘姿のキャンディスでピクニックか?

 面白そうな絵面が頭に浮かんで来ちゃうじゃないか(笑

 そう思った時、応接室の扉がノックされた。


コンコン


「は~い」


 ターニャが応えながら立ち上がると扉が開き、ギルマスのベンジャミン・ストークスが顔を出してきた。


「イチノス殿が来てるって?」

「あっ! ギルマス!」

「ギルマス、お邪魔してます」

(⋯⋯)


「イチノス殿、後で私の部屋で話ができるかな?」


 やはりと言うか当然と言うか、お決まりの状況がお決まりのようにギルマスと共にやって来た感じがする言葉だ。


 どうせギルマスのベンジャミンは、自分に振りかぶっている仕事の話を俺にしたいんだろう。

 まあ、来月からの話しもあるから邪険にせずに少し付き合うか。


「はい、良いですよ。ギルマスが顔を出せばそうなると思ってましたから(笑」

「いやぁ~ イチノス殿は理解が早くて助かるよ(笑」


 するとキャンディスが急に立ち上がった。


「ギルマス! お話があります!」

「ん? キャンディスさん、どうしたんだ?」


「お休みをください」


 はぁ?

 キャンディスが応接室の扉に立つギルマスを真っ直ぐに見詰めて休暇が欲しいと告げている。

 キャンディスはいきなり何を言い出すんだ?


「休み? いつから?」


 おいおい、ベンジャミン。

 キャンディスの休暇希望の話をここで聞くのか?


「明日、いえ、今日これからです」

「いいよ」


 えっ?


「来月には出勤できるよね?」

「はい!」


「わかった。じゃあ、キャンディスさんは今日これからお休みで、次の出勤は来月の1日ね」

「はい! ありがとうございます!」


 キャンディスが再びギルマスへ深くお辞儀をした。


 いきなりのキャンディスの休暇宣言に驚いた俺だが、まあ今日の商談が終わってからキャンディスは休暇に入るのだろう。


「じゃあ、タチアナさん。キャンディスさんの代行に任命するから、イチノス殿と話をして、終わったら教えてくれるかい?」

「は~い。わかりました~」


 えっ?

 ギルマスが驚く言葉を告げてきた。


 キャンディスの代行って、ターニャがサブマスであるキャンディスの代行ってこと?


 俺はこれから、キャンディスとじゃなくてターニャと魔法円の商談をするの?


 俺がギルマスの言葉で思考が止まっていると、ギルマスが軽く手を振り応接の扉を閉めた。


 途端にキャンディスが応接に座るターニャへ告げてくる。


「ターニャ、後は任せて大丈夫ね? そこにイチノスさんの用件、薬草手配と魔法円と魔石の入札の資料があるから」

「は~い。わかりました~」


 ターニャの返事を聞いたキャンディスが俺に告げてくる。


「イチノスさん、申し訳ありませが休暇に入ってしまいました。残りはターニャと話してください。それでは失礼します」


 そう言うなり、軽くお辞儀して応接室から出て行こうとする。


 待て、キャンディス。

 何を慌てて応接室から出て行こうとしてるんだ?

 ターニャに丸投げして帰ろうとするな。

 ターニャも気楽に返事をするな。


 そう思って応接から軽く腰を上げた俺をターニャが制してきた。


「さて、イチノスさん。薬草手配と魔法円と魔石の入札の件ですよね?」


 そう言いながら、応接机にキャンディスが残した資料をターニャが捲り始めた。

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