23-18 街兵士の消防部隊
「親方、氷室の冷やすやつもあの捕まった魔道具屋の主人が持ってきた壺を使ってますけど」
三人の中で最初に頭を上げた若い従業員が、何かを思い出したように火種を投げ込んできた。
うん、若い従業員の発言は小さめの火魔法にも思えるぞ。
その火種に、ラインハルトさんとベネディクトさんの顔が見事な表情で固まったぞ。
それでも二人は上司として、親方としての答えを絞り出した。
「そ、その壺はいつ交換したか覚えてるか?!」
「そうだ、いつ交換したんだ?」
「確かあれも4月だと思いますよ」
「「!!」」
うん、火種が大きくなって、これは竈(かまど)の火が建物に燃え移り始めた小火(ボヤ)な感じだな。
「あの魔道具屋の主人が捕まった話になった時に、親方に聞きましたよね?」
おや、若い従業員が火魔法にさらに魔力を注いだぞ?
「『壺の交換に来れますかね?』って親方に聞いたと思うんですが⋯」
あらあら、これはかなりの魔力を注いだな。
そんなに魔力を注ぐと小火(ボヤ)では済まなくなるぞ。
「「そ、そうだったか?」」
「えぇ、親方が『俺が聞いとくよ』って言ってくれたんで黙ってたんですが⋯」
おいおい。それは親方としての上司としての面目が音を立てて焼け崩れて行く話だぞ。
それで、誰がこの火事を消すんだ?
ラインハルトさんとベネディクトさんが互いに顔を見合うと、揃ってすがるような目を俺へ向けてきた。
「「い、イチノスさーん⋯」」
いやいや、俺は街兵士の消防部隊じゃないですよ。
ここまで燃えているのは消せませんよ。
それにもう焼け落ちてるじゃないですか(笑
いや、水魔法を使えば消せるかもしれんが、もう親方の面目は焼け崩れてるから、俺の水魔法は念のために使うのか?
「もしかして、イチノスさんのお店でマセキってのは手に入るんですか?」
おぉ、ラインハルトさんはそこに気がついたか。
「確かに私の店で買うことも出来ますが、お二人は魔石の価格をご存じですか? それなりのお値段になりますよ?」
「「うっ!」」
二人が揃って呻き声を出し、直ぐに揃って告げてきた。
「「ちょ、ちょっと待ってください」」
そう告げて、ラインハルトさんとベネディクトさん、それに若い従業員が部屋から出て、廊下で小声で相談を始めてしまった。
すると、シーラが俺を手招きしてきた。
「イチノス君、直ぐに終わると思う?」
「あの様子だと、無理だろうな」
「そうだよね⋯ ねえ、今日はここまでにしない?」
そう言われて、窓の外へ目をやれば陽の傾きを感じた。
そして、俺はこの後にアイザックが店へ来ることを思い出した。
「そうだな、あの二人にはそれなりにわかってもらえた感じだし、ここが潮時かもしれんな」
「あの様子だと、明らかに時間が掛かるよね?」
「そうだな、直ぐには決められないかもな」
「う~ん⋯」
ん? シーラが悩まし気な声を出したぞ?
「イチノス君、最後に私から話しても良いかな?」
「どうぞどうぞ」
シーラの申し出を断る理由はどこにもない。
俺の返事を聞いた途端に、廊下で話す3人へシーラが声をかけた。
「ベネディクトさんとラインハルトさん、よろしいですか?」
「えっ?!」
「はい?!」
慌てた返事と共に、二人が部屋へ戻ってきた。
「お二人は、魔石の価格で悩まれてるんですか?」
「「え、えぇ」」
「そうしたことに、私やイチノス魔導師から、助言が欲しかったりしますか?(ニッコリ」
あっ!
シーラが笑顔で、あの『ニッコリ』を出してきた。
「私やイチノス魔導師から助言を求めるのは、今回の指名依頼の契約範囲外ですので、それなりに代金が発生しますよ(ニッコリ」
またしても『ニッコリ』が出ている。
消えかけた火事に、シーラは油を注ぎたいのか?
俺は魔石の値段の相談とか、魔石の入手に関しての相談なら受けても良いと思う。
だが、あのシーラの『ニッコリ』を見てしまっては、俺はシーラを応援するしか選択肢が無いよな?
「そうですね。それならですね⋯」
「それとですね、毎月魔道具の状態を確認したり、以前に世話をされていた魔道具屋の方と同じ様なことがご希望であれば、商工会ギルド経由で私とイチノス魔導師へご相談をいただけますか?」
シーラがあっさりと俺の言葉を上書きしながら、淡々(たんたん)と2人へ語りかけた。
その言葉は助言にも聞こえるが、なかなか、厳しい事を言っている気がするのは俺だけだろうか?
うん、シーラが若干怖く思えてきたぞ。
◆
その後、シーラと共に退散することを告げると、若い従業員が南の関へ馬車を呼びに行ってくれることになり、先に部屋を出て行った。
一方、ラインハルトさんとベネディクトさんからは、馬車が来るまでと再び1階の執務室のような応接室へ案内された。
案内されて部屋へ入ると、女性が応接に座って待っていた。
俺達が部屋に入ったことで振り返ったその女性は、冒険者ギルドのオバサン職員と同年代とおぼしき女性だ。
この部屋に入るのは今日で三度目だが、この女性に会うのは初めてだ。
もしかして、ベネディクトさんかラインハルトさんの奥さんだろうか?
そう思った途端に、その女性が立ち上がり俺とシーラへ会釈すると、ラインハルトさんへ歩みよった。
「あなた、直ったんですって?」
「いや、直ったと言うか⋯」
「どっち?」
「いや、直った。直りました」
『あなた?』と言うことは、ラインハルトさんの奥さんか?
この女性が、今回の件を大衆食堂の婆さんに相談したのだろうか?
そう思った途端に、シーラがその女性の元へ進み出て、二言三言、小声で囁いた。
「あぁ、こっちよ。案内するわ」
女性がそう告げるなり、シーラを連れて部屋から出ていってしまった。
なんだ? 何が起きたんだ?
「イチノスさん、馬車が来るまで座ってお待ちください」
そう告げて、ベネディクトさんが応接へ座るように勧めて来た。
素直に応じて、3人で座ったところで、先ほどの女性が何者かを確かめる。
「あの方は、ラインハルトさんの奥さんですか?」
「そうです。あぁ、きっと女性同士の用を済ませに行ったんでしょう。安心してください(笑」
あっさりとベネディクトさんから答えが返って来て、俺は思わず納得すると共に、それならシーラは大丈夫だろうと安堵してしまった。
「そうかぁ、じゃあイチノスさんと話せますね(笑」
ん? ラインハルトさんが微妙な事を言い出したぞ。
「そうだな、シーラさんがいない間にイチノスさんに教えてもらおう(笑」
ん? ベネディクトさんの言い方も微妙だぞ。
「「イチノスさん、どうか魔石の入手方法を教えてください」」
はい?
二人が揃って頭を下げてきた。
ククク、どうやらシーラがいない場所で俺と話がしたかったみたいだ。
先ほどのシーラの言い方では二人ともシーラを避けたくなるのも頷ける。
「わかりました、頭を上げてください」
こうして俺は、シーラが席を外している間に、魔石の入手方法をベネディクトさんとラインハルトさんへ伝える事になった。
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