23-17 歓喜の声が上がる


「おぉー 氷ができてる!」

「本当に直ったんですね!」

「親方! これで明日から働けますよね!」


 俺が検証の為に魔素を流し、問題なく製氷の魔道具で氷を作れる事がわかった。


 やはり、俺とシーラの見立てのとおりに、製氷の魔道具に問題はなく、魔石壺の魔素が空になっていただけだ。


 氷が作れることがわかった段階で、魔石の必要性を伝える小芝居の打合せをシーラと行った。


 そうした準備を終えて、少し疲れたというシーラを残し、俺がラインハルトさんとベネディクトさんを呼びに行くと、居合わせた若い従業員も加わり、2階の製氷の魔道具の前に集まった。


 プカプカと製氷の魔道具に氷が浮いているのを見て、ラインハルトさんとベネディクトさん、それに若い従業員が歓喜の声を上げたところだ。


 ◆


 俺は歓喜の声を上げる3人を手で制して、静かにさせてから説明を始めた。


「さて、皆さんにはこれからあることを試してもらいます」


「はい、何をすればよいですか?」


 声を上げて一歩前に出ようとしたラインハルトさんを手で制して、俺は話を続けた。


「まずは三人のどなたかに、この魔道具を動かしてもらいます。そうですね、普段はそちらの方がこの魔道具を動かしているのでしょうか?」


「はい、イチノスさんのおっしゃるとおりです」


 そう応えて、ベネディクトさんが若い従業員の背中を押してきた。


「じゃあ、いつもどおりに、いつもの方法と手順で、この魔道具を動かしてください」


 俺の言葉に、若い従業員が魔石壺を魔道具の穴に入れ、その隣にある小さな円に指を触れると集中し始めた。


 だが、魔道具はピクリともしない。


「やっぱりダメか?!」


「どうなんだ、無理なのか?!」


 プルプル


 ベネディクトさんとラインハルトさんの声に、若い従業員が首を振る。


 そんな3人を俺は両手で制して、再び静かにさせた。


「シーラ魔導師、お願い出来ますか?」


 俺の言葉に応えて、シーラが半歩前に出ながら首に下げた小さな布袋から魔石を取り出し、皆に見えるように指で挟んで胸の前でゆっくりと動かした。


 一方の俺は魔道具に入れた魔石壺を取り出し、若い従業員へ手渡した。


「これの帯封を切って開けてください」


 若い従業員が魔石壺を手に取り、ラインハルトさんとベネディクトさんを見やると、二人がウンウンと黙って頷いた。

 これは、魔石壺の帯封を切って蓋を開けることに同意した頷きだ。


 直ぐに、若い従業員が帯封を切り、魔石壺の蓋を開けた。


「さて皆さん、シーラ魔導師が見せている物にご注目ください」


 俺の言葉に、シーラが一歩前に出て、再び魔石が皆に見えるように、さっきよりもゆっくりと皆の前に差し出した。


「今、シーラ魔導師が皆さんに見せているのは、『魔石』と呼ばれるものです」


「随分と綺麗なもんですな」

「キラキラとしとるな」

「これって宝石ですか?」


 三者三様の言葉に応えず、若い従業員の前にシーラが魔石を差し出す。


「では、その魔石を魔石壺に入れて、もう一度、製氷の魔道具を動かしてください」


 若い従業員がおずおずと蓋を開けた魔石壺を差し出すが、俺はそれを言葉で制して行く。


「あなたが、その壺に魔石を入れて蓋をしてください」


 若い従業員がシーラの手から魔石を受け取り、魔石壺へ入れると俺の顔を見て来た。


「蓋をして、もう一度魔道具を動かしてください」


 再び若い従業員が魔石壺を魔道具の穴に入れ、その隣の小さな円に指を触れると集中し始めた。


 途端に5枚の魔法円が励起状態になり、石棺の中が水で満たされていく。


 すると、先ほど試した時と同じく、水面に氷が浮かび始めた。


「親方! 氷です!」

「おぉー!!!」

「出来とる!!!」


 再び、三者三様の歓喜の声が上がった。


 その声に圧されたのか、シーラが半歩下がった。

 そんなシーラを追いかけるように、歓喜を纏ったラインハルトさんとベネディクトさんが前へ出ようとした。


 俺は空かさずその間に体を割り込ませ、再び二人を両手で制して一歩下がらせた。


「お二人とも、シーラ魔導師へ礼節を願います」


「そ、そうですな」

「す、すいません」


 そうして頭を下げる二人と若い従業員を俺は手で制したままで、製氷の魔道具から二歩ほど下がらせた。


 3人が下がったところで、俺は声を掛ける。


「ベネディクトさんとラインハルトさん、お聞きして良いですか?」


「はい、何でも聞いてください」

「何でしょうか?」


「魔道具屋⋯ あの捕まった魔道具屋の主が、魔石壺を交換に来たのはいつですか?」


 俺の言葉に二人が顔を見合わせ、共に若い従業員へ目をやった。

 これは、ラインハルトさんもベネディクトさんも、魔石壺の中身とか魔素のことには考えが及んでいない証拠だな。


「確か4月頃だったと思います」


 若い従業員が答えたところで、シーラを見れば魔道具から魔石壺を取り出して蓋を開け、中に入れた魔石を取り出していた。


 そんなシーラの動きに気付いたのか、ベネディクトさんとラインハルトさんが声を出した。


「あぁ!」

「それは⋯」


 俺は再び手を広げて、三人をシーラから遠ざけるように下がるように制した。


「皆さん、冷静に聞いてください。聞かないならば、外にいる街兵士を呼びますよ」


「「「うっ!!!」」」


「どうします? 話を聞く気があるならもう一歩下がってください」


「「「は、はい⋯」」」


 素直に三人が一歩下がった。


「そもそも、私とシーラ魔導師が受けた依頼は、製氷の魔道具が壊れていないかを調べることです。今回は壊れていないところまで、皆さんと共に確認をしたので、商工会ギルドからの依頼は、本来はここで終わりです」


「「「ぐっ⋯」」」


「あの、イチノスさん、あの壺に入れた綺麗な石に秘密があるんですか?」


 最初に冷静になったベネディクトさんが問い掛けてくる。


「はい、先ほども言いましたが、あれは魔石と呼ばれるものです。こうした製氷の魔道具などを動かすのに必要な物です」


「マセキですか?」


「はい、魔石です。そもそも先ほどの壺を『魔石壺(ませきつぼ)』と呼ぶ、その名の由来になる物です」


「「「はぁ?」」」


 さらりと説明してみたが、三人が見せるその顔は理解している顔じゃないな⋯


「以前の魔道具屋のご夫婦、この氷室の建設やこちらの魔道具に関わった魔道具屋のご夫婦から、『魔石』についてお聞きになったことはありますよね?」


「あるかもしれませんが⋯ なにぶん知恵の無い育ちですので覚えとらんのですよ」


「⋯⋯」


 そんな言い方をされたら返事に困るんだが⋯


「あの、シーラさんとイチノスさんにお願いがあります」


 今度はラインハルトさんだ。


「はい、何でしょうか?」


「そのマセキって物を譲ってもらえないでしょうか?」


「今、この場でですか?」


「えぇ、無理なお願いなのは承知しておりますが、是非とも譲っていただきたいのです」


 三人が揃って頭を下げてきた。

 思わずシーラへ目をやれば、目を背けられた。


 確かに、ラインハルトさんとベネディクトさんへ、俺が魔石の説明をするとシーラと約束した。

 けれども、その先の件については何も決めていないぞ。


 まさか、この場で売ってくれと言われるのは想定していなかった。


 魔石と魔石壺の説明ぐらいで考えていた俺が甘かった。

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