23-16 製氷の魔道具
製氷業者の二人が廊下を歩く足音が遠ざかる。
二人は階段を降りたらしく足音が途絶えると、開け放った窓から入る外の喧騒しか聞こえなくなった。
「イチノス君、なんか機嫌が悪そう(笑」
おっと、俺が不機嫌なのがシーラに伝わってしまったようだ。
「すまんな、シーラ。嫌な奴の話が出てきて、少し、イラついたんだ」
「ふーん。イチノス君が自分でイラついてるって言うなんて珍しいね(笑」
「そ、そうか?(笑」
「まあ、ここからは冷静に行きましょう」
そう言ったシーラが再び石棺(せっかん)の中を覗き込みながら、俺を手招きした。
「私が見た限りは、この5枚の魔法円は全て問題無いと思うの」
シーラが石棺の中に立てて貼り付けられた魔法円を、ぐるりと指差して告げてきた。
「シーラ、それは実際に魔素を流して確かめた方が良くないか?」
「そうだね。イチノス君が魔素を流してくれれば、直ぐに確かめれるけど?」
俺が魔素を流す?
シーラは何を言ってるんだ?
5枚の魔法円が機能するのを、魔素を流して確かめるだけだ。
そのぐらいなら、シーラが一人でも出来るし、二人で分担すれば直ぐに済むことだと思うが⋯
「イチノス君は、そのぐらいなら私一人で出来ると思ったでしょ?」
まてまて。
シーラは、俺の心が読めたのか?
「ほら、私は先生から『しばらくは回復魔法だけ』って言われてるでしょ? (ニッコリ」
くっ!
シーラの微笑む顔が可愛いぞ。
だがなぜか、その可愛い顔に浮かぶ『ニッコリ』が少しだけ鬱陶しいぞ。
ん?
そうか!
あの光魔法の魔道具を、シーラが俺に渡してきたのはそれがあるのか?!
シーラはローズマリー先生の忠告に従って、自身へ施す回復魔法以外には、魔素を扱うのを控えようとしているんじゃないのか?
「わかった。俺が魔素を流して、シーラがそれを見るということだな?」
「イチノス君は理解が早くてたすかるわ~」
「はいはい、俺が流すからよく見てくれるか?」
「うん、それでお願い(ニッコリ」
シーラ、微笑むその顔は可愛いが、やっぱりその『ニッコリ』は少し鬱陶しいぞ(笑
◆
俺が1枚の魔法円毎に魔法事象が出ない程度に魔素を流して行く。
魔法円が励起して魔法事象が発現する寸前で流す魔素を止めて行く。
これは、魔法円のどこも断線せずに機能できる状態かどうかを調べる方法だ。
こうして俺が魔素を流してシーラが目視で確認して行くのは、サノスが描いた魔法円を確認した方法と同じだな。
そんなシーラとの連携作業を、5個全ての魔法円について終えると、シーラが口を開いた。
「うん、魔法円は全て問題ないわね」
「そうか、1枚毎は問題無しか。そうなると5枚の連動での不具合が有り得るな。連動を調べるとなるとかなり大事になるな」
「う~ん 魔法円の連動よりも、イチノス君の考えを確かめるべきよね?」
どうやらシーラは俺の考えを察しているようだ。
それに、各魔法円に魔素を流した時に、それなりに魔法円同士が連動する魔素の流れも見えたのだろう。
「そうだな、シーラは気付いていたのか?」
そう告げて、俺は魔石壺を指差した。
だが、そんな俺の考えをシーラが止めてきた。
「う~ん、難しいんだよね」
「難しい?」
「イチノス君は、その魔石壺からは魔素が取り出せないって思ってるんでしょ?」
シーラの指摘は的確だ。
「そうだな。シーラには詳しく話していないが、さっきのラインハルトさんやベネディクトさんの話を聞いて、その魔石壺からは魔素が取り出せないと思ってる」
「うん、イチノス君が考えてることや思ってることは私も理解できるし、私もその魔石壺は魔素が取り出せる状態じゃないと思ってる」
そこまで話したシーラが言葉を止めて、緑色の瞳を俺に向けてきた。
「けど、イチノス君は、そのことをラインハルトさんやベネディクトさんに説明できる? 『この魔石壺には魔素がありません』って二人に説明できる?」
シーラは何を言ってるんだ?
「説明も何も、それが真実だろ?」
プルプル
俺の答えにシーラが首をふった。
「イチノス君は『この魔石壺には魔素がありません。だから氷が作れないんです』そうした説明をラインハルトさんやベネディクトさんに出来るの?」
「⋯⋯」
シーラがさらに緑色の瞳に力を込めて俺を見詰めてきた。
「しかも二人に説明して理解してもらって、解決策として魔石を手に入れて魔石壺に入れてもらえるように、あの二人に納得してもらう自信がある?」
そこまで言われて、朧気にシーラの言わんとしていることが理解できた気がする。
つい最近、サノスとロザンナに話したことが俺に戻って来た感じだな。
製氷業者の二人は、以前の魔道具屋の老夫婦に世話になった話をしていた。
しかも、この氷室の建築や目の前の製氷の魔道具にも、以前の魔道具屋の老夫婦が関わっている話をしていた。
だとすれば、今回のように製氷の魔道具が氷を作らなくなったら、以前の魔道具屋の老夫婦が魔石壺に魔石を入れたり魔素を充填した『魔骨石(まこっせき)』を入れる世話をしていたのだろう。
「シーラ、何となくだが、シーラの言いたいことがわかってきたよ」
「うん、イチノス君が理解してくれて良かった」
そう告げるシーラの顔に、あの鬱陶しい『ニッコリ』は見当たらなかった。
「どうする? 私から説明する?」
「いや、その付近は俺に任せてくれるか?」
「⋯⋯」
「実は、サノスやロザンナにそうしたことを教えている最中なんだ。実際に、店へ来たお客さんの中には、魔法円や魔道具、それに魔石が初めてのお客さんもいるぐらいなんだ」
「そのお客さんは、魔石とか魔法円もしくは水出しの魔道具についての知識が無かったの?」
「全く無いお客さんだったよ」
「もしかして、魔石の知識も無かったりしたの?」
「あぁ、当然というか魔石の知識も無ければ魔素に関しても知識が無いだろう。そんなお客さんだったよ」
「そうか、そうだよね。イチノス君はお店を構えてるぐらいだから、そうしたお客さんの経験もあるんだよね」
「あぁ、大丈夫だ。だから、ラインハルトさんやベネディクトさんに新しい魔石が必要なことは俺から伝えるよ」
「わかった。イチノス君に任せる。私からは何も言わないよ」
「そうなるとだ、ここから先はどうするかだよな?」
「そうね。イチノス君はどうしたい?」
おいおい、そこで俺に聞いてくるのか?
「すまんが、直ぐには判断できないな」
「そうよね。この魔道具が動かない理由がわかって、再び動かすには魔石を入れ替える。それがラインハルトさんやベネディクトさんでも出来るなら、イチノス君はやっぱり二人にやって欲しいよね?」
「そうだな。魔石を入れて再び動かせるなら、あの二人にやって欲しいのが本音だな」
「その付近が落とし所ね」
そこまで言葉を重ねて、俺はシーラの治療のために先生に渡した魔石の存在を思い出した。
「シーラは、先生から魔石を渡されてるよな?」
「うん、これってイチノス君が出してくれた魔石だって聞いてる」
「後で貸してくれるか?」
「フフフ、いいわよ。ちゃんと返してね(笑」
シーラの笑いながらの返事を聞き、俺は穴に入れた魔石壺へ歩みよる。
魔石壺を穴から取り出し、両手を添えて本当に魔素が取り出せないか試してみると、ほんのわずかの魔素が取り出せた。
だが、先ほど確認するために魔法円に流した魔素ほどまでは取り出せない。
「どう?」
「ダメだな。やはり魔素は取り出せない。この魔石壺は空だな。一応、シーラも確認するか?」
「うぅん、止めとく」
さて、この先どうするかだが、検証が必要だな。
「シーラ、俺がこの穴から魔素を流すから、魔道具全体の様子や魔法円の連動の様子を見てくれるか?」
「うん、わかった」
俺はシーラの声に応えて、魔石壺を入れていた穴に指先を入れ、胸元の『エルフの魔石』から魔素を取り出した。
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