23-15 魔道具と木箱の蓋

 

 シーラから渡された筒状の物へ魔素を纏わせると、途端に筒の先が手にしたカンテラ以上に光を放ち室内を照らし始めた。


「おぉ、こりゃ明るい」

「明るいですな、そうだ!」


 ん?


「イチノスさん、しばらくこの明かりをお願いできるか?」


 えっ?


 それまでカンテラを持っていたラインハルトさんが、急に俺の手にする筒を指差してきた。


「今すぐに窓を開けるんで、それまでお願いします」

「そうじゃのぉ、直ぐに開けよう」


「は、はい⋯」


 俺の答えを待たずにベネディクトさんとラインハルトさんが大きめな木箱の上にカンテラを置き、シーラの渡してくれた魔道具の灯りを頼りに窓を開け始めた。


 木製の跳ね出し式の窓を、二人が外へ向けて押し開けて行く。


 そんな二人の様子に、不穏な動きは一切感じられない。


 ここまでの暗い廊下などから、それなりの警戒をしていたのだが、この様子なら警戒を解いても大丈夫だろう。


 二人の開け行く窓は、この氷室の建物の北側らしく、直接差し込む陽射しではなく回り込んだ優しい明かりだ。


 明るくなった室内を改めて見渡すと、奥の壁の手前に石棺(せっかん)のようなものが鎮座していた。


 その石棺(せっかん)は古代コンクリート製らしく、開けられた窓からの光を受け、なんとも微妙な輝きを見せている。


 多分これが製氷の魔道具だろう。

 研究所時代に似た代物を見掛けた記憶が甦る。


 この部屋に他にあるのは、先ほど製氷業者がカンテラを置いた木箱と、梯子に布を張り付けた様な物が見受けられた。


「あれが製氷の魔道具ですね?」


「「はい、そうじゃ」」


 石棺(せっかん)を指差すシーラの問い掛けに二人が応えると、ベネディクトさんにカンテラを渡したシーラが石棺(せっかん)へ歩み寄った。


「では、さっそく拝見させてもらいますね」


「「えぇ、是非お願いします」」


 シーラの歩み寄った石棺(せっかん)はそれなりの大きさで、脇にしゃがみこんだシーラが中を覗き込むと、そのまま収まってしまいそうな大きさだ。


 石棺(せっかん)そのものは長方形で、短い側の縁は俺の肩幅ぐらいあり、長い側の縁は明らかにシーラの体が収まる長さだ。

 しかも深さが俺の膝上ぐらいで、正に石でできた棺桶=石棺(せっかん)に思える代物だ。


 中を覗き込む細身のシーラなら、そのまま体が入るんじゃないだろうか?(笑


 俺もシーラの肩越しに石棺(せっかん)の中を覗き込むと、石板に描かれた『魔法円』が内側に立てた状態で5枚貼り付けられていた。


 向かい合った長い縁には2枚ずつ、合計4枚の『魔法円』が貼られ、短い縁の側には違う『魔法円』が貼られている。


 向かい合った同じ4枚の『魔法円』が製氷で、もう一枚が水出しのようだ。


 研究所時代に見掛けたものは、製氷が2枚で水出しが1枚だった。


 この魔道具では、より製氷能力を高めるために『製氷の魔法円』を4枚使った仕組みなのだろう。


「イチノス魔導師、この付近を照らしてくれる?」


 石棺(せっかん)から軽く体を起こしたシーラが、若干、日陰で暗くなった部分を指差してきた。


 俺は手にした筒に再び薄く魔素を纏わせて明かりを灯し、シーラの隣に並んでしゃがみ、指差す先を照らして行く。


(イチノス君、見たことある?)


 隣で石棺(せっかん)の中を覗き込むシーラがボソリと小声で呟いた。


(あるな)


(5枚の連動まで調べると時間が掛かるよね?)


(まずは流してみるか?)


(うん、それが早いけど⋯)


 シーラが答えると急に石棺(せっかん)から体を起こし、今度は古代コンクリート製の縁を見て行った。


 そして、長い縁と短い縁の合わさる角に開けられた、拳が入るぐらいの穴を指で撫でながら二人へ問い掛けた。


「ここに『魔石』か『魔石壺(ませきつぼ)』を入れて使うんですよね?」


「えぇ、その通りじゃ」

「その箱の⋯ マセキツボを入れて使うんじゃ」


 シーラの問い掛けに、二人が至極当たり前のように『魔石壺(ませきつぼ)』を使うと答えてきた。


 『魔石壺(ませきつぼ)』とは、魔素充填した『魔骨石(まこっせき)』や小さな『魔石』を複数個中に入れて、一つの魔石のように使う代物だ。


「魔石壺(ませきつぼ)をお使いなんですね。魔石は使わないんですか?」


「マセキは⋯ 使うたこたぁないのぉ」


「うちは、ずっと壺じゃのぉ。今、出すね」


 俺はシーラの問い掛けに、製氷業者が魔石を使わず魔石壺(ませきつぼ)を使うと言う話を聞いて、少し嫌な予感がしてきた。


 そんな俺の予感とは関係無く、二人が木箱の上のカンテラをどけて木箱の蓋を開けた。


「これが、その穴に入れる壺じゃな」


 そう告げたラインハルトさんが、帯封のされた金属製の壺を木箱から取り出して差し出してきた。


「!!!」


 だが俺は、差し出された壺よりも、木箱に立て掛けられた蓋の内側に目が釘付けになってしまった。


「その木箱はどうしました?」


 思わず俺はラインハルトさんへ問い掛ける。


「えっ?!」

「これですか?!」


 二人が俺の問い掛けに互いに顔を見合わせると、ラインハルトさんが口を開いた。


「こりゃあ、魔道具屋から買うたんじゃが⋯」


「たしか⋯ 3月頃じゃよな?」


「あれ? そがいに前か?」


 ラインハルトさんとベネディクトさんが3月頃を語り始めるが、俺としてはここはもっとハッキリと聞くべきだ。


「すいません、その魔道具屋と言うのは東町の魔道具屋ですか?」


「いえ、その⋯ ほら、捕まった西町の魔道具屋でして⋯」


 やはりあの捕まった魔道具屋の主が関わっていた。気分が悪くなる話だ。


「先月、交番所になった西町の魔道具屋ですね?」


「はい、昔からあの店の老夫婦にゃあ世話になっとった。この氷室や氷を作るこれをこしらえるのに尽力したのも、あの老夫婦なんじゃよ。それをあの捕まった魔道具屋が後を継いだ言うけぇ頼んだんじゃが⋯」


 ラインハルトさんの話を聞いていて、何故か俺はイライラが増してきた。


「どうしたの? 何かあったの?」


 製氷業者の二人とそうした会話を交わしていたところへ、シーラが割り込んできた。


 俺は木箱の蓋を指差してシーラへ問い掛ける。


「シーラ魔導師、あの木箱の蓋を見てどう思う?」


「木箱の蓋?」


 シーラが呟くように応えると、ラインハルトさんとベネディクトさんが木箱に立て掛けた蓋が見えるように、シーラと俺の前から横にずれた。


「あぁ、なるほどね⋯」


 どうやらシーラも気が付いたようで、緑色の瞳で俺を見てきた。


 そんなシーラの口許には幾分の笑いが混ざっている気がする。


 木箱の蓋の裏側にあったのは、魔素充填に使う『魔素充填の魔法円』だ。


 中央に魔素が切れた『魔石』や『魔骨石(まこっせき)』を置いて、周囲の魔素注入口から魔素を流して魔素充填を行う代物だ。


 しかも俺やシーラが魔法学校で習った古い方式で、魔素注入口が3個の懐かしい代物だ。


 魔素充填が不得手な魔導師が使うものだと、授業で学んだ記憶が甦る。


「あの~ これ、どうするか?」


「あぁ、すいません。ここに入れてくれますか?」


 金属製の魔石壺(ませきつぼ)を手にして問い掛けるラインハルトさんにシーラが慌てて応える。


「イチノス魔導師、これはちょっと時間が必要ですよね?」


 石棺を前に俺へ問い掛けるシーラの口許が、やはり少し笑っている気がする。


「この全てを調べるとなると⋯ 1、2、3、4、5、全部で5枚ですからね」


 石棺の中の『魔法円』を指差しながら、そう告げるシーラの様子が少し大袈裟に感じた。


 どうやらシーラは、俺と二人だけで話がしたいようだ。

 ここはシーラの意図を汲んで、俺が二人へ伝えるべきだな。


「ベネディクトさん、それにラインハルトさん。申し訳ありませんが、魔道具の状態を調べるのに集中したいので、少し部屋を出ていてもらえますか?」


「おぉ、そうか」

「邪魔しちゃ悪いな」


「わがままなことを言ってすいません。調べ終わったら先ほどの応接へ行けば良いですか?」


「そ、そうだな」

「わしらがおってもわからんしな」


「じゃあ、それでお願いします」


 俺がそう締め括ると、二人がカンテラを手にして部屋から出ていった。

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