23-14 製氷業者の氷室へ


 馬車が停まり、二人の街兵士が駆け寄ってきた。


「シーラ、俺が話を聞いてくるから待っていてくれるか?」


「うん、待ってる」


 頷くシーラの声を聞きながら、個室の扉を開けて降りると、駆け寄っていた二人の街兵士の足が止まった。


「イ「イチノス殿!」」


 驚きの声と共に、二人の街兵士は直立不動で王国式の敬礼を出してきた。


 二人の街兵士は、片方が若くもう一方が年配のいつもの組み合わせだが、どちらも俺としては見覚えのない顔だ。

 覚えの無い顔なので当然のように俺も名乗ったことが無いのだが、ハーフエルフ特有の俺の容姿に気付いたのか、ハッキリと名前を呼んできた。


「ご苦労様です」


 俺が答えると、年配の街兵士が思わぬ言葉を口にした。


「パトリシア副長から氷室周辺の警戒をするよう、伝達を受けております」


 パトリシア副長から警戒の伝達?

 疑問を頭に巡らせながらも、俺は労いの言葉を口にする。


「警戒、ご苦労様です。皆さんのおかげで安心して過ごせます」


「「ありがとうございます」」


 敬礼を解いたところで、馬車のシーラへ目をやると、個室の中で軽く王国式の敬礼をしていた。

 思わず出そうになるため息を堪え、俺は改めて今現在の場所を確かめる。


 馬車の個室の窓から見えたとおりに、南町市場を抜けて外周通りへ出ていた。

 外周通りの向こうには開け放たれた南町の門が見え、手前には製氷業者の氷室が見える。

 そして氷室の前には二人とは別の街兵士が一人で立っていた。


 確かにこの付近は南町の歓楽街に近いことから、治安が良いとは言い切れない。


 そんな場所へ氷室の視察ということでシーラが出向く話を聞いて、パトリシアが案じて街兵士を警戒に出したのだろうが⋯

 イルデパンもそうだが、パトリシアも公私混同をしていることがわかっているのだろうかと、少々心配になる。


「イチノス殿、馬車には南の関へ行ってもらうのはどうでしょうか?」


 年配の街兵士のそんな提案に俺が頷いた途端に、二人の街兵士は互いに顔を見合わせる。

 若い方の街兵士が外周通りへ立ち、他の馬車の通行を整理し始めると、年配の街兵士は御者と話し始めた。


 俺は個室の扉を開けて、シーラへ降りるように手を差し出す。


「シーラ、直ぐそこが氷室なんだが、ここで降りれるか?」


 シーラは微笑みながら、俺の差し出した手を頼りに馬車の個室から降りてきた。


 ◆


 俺とシーラは氷室の建物の中、製氷業者の執務室のような応接室へ案内された。

 街兵士達は氷室の前で俺とシーラが戻るまで警戒を続けるという。


 昨日、商工会ギルドで会った、製氷業者のベネディクトさんとラインハルトさんが、向かい側に座っている。


「イチノスさ⋯様はフェリス様のご子息だと聞きましたが⋯」


「シーラさ⋯様もご貴族とは⋯」


 そんな感じで、二人は、俺とシーラの出自が貴族であることの驚きから、一生懸命に言葉を選んでいる。


 はいはい。

 好きなだけ驚いて、好きなだけ言葉を選んでください。


 とはいえ、二人がこれでは今日の目的を進めづらいな。


「お二人とも無理に『様』で呼ばずに『さん』で良いですよ(笑」


 俺は軽く笑って、二人の緊張を解すことから始めてみた。


「こりゃあ、ぶち気さくなご貴族様だぁ」

「ありがたい。うちらは貴族様たぁ普段は言葉も交わせんけぇ」


 途端に製氷業者たちは襟を開いて、親しみを込めて訛りを込めて返してきた。


 ストークス領出身の商人や業者は、こうした感じが当たり前なのかもしれない(笑


 俺としては気楽なのだが、シーラは二人のオッサンの変わりように戸惑っているようだ。


「それで、今日これから拝見するのは、氷を作る魔道具ですよね?」


 俺はシーラを気づかい製氷業者たちへ尋ねた。


「氷を作るやつもじゃが、氷室を冷やすやつも見て欲しいんじゃ」

「えぇ、是非ともお願いします」


 座ったままだが、製氷業者の二人は深く頭を下げてきた。


「シーラ魔導師、どうしますか? どちらから先に観ますか?」


「そうですね。まずは製氷の魔道具から観せていただけますか?」


「「はい、直ぐにご案内します」」


 シーラの提案で製氷の魔道具からの視察が決まり、皆で製氷の魔道具の元へと向かうことになった。


 執務室のような応接室から出ると、最初に案内された時にも感じたかなり薄暗い廊下だ。

 氷室なのだから、外からの陽射しを建物の中へ入れない工夫がなされているので、この暗さなのだろう。


「足元が暗いけぇ使うてつかぁさい」


 そう言ったベネディクトさんが、灯りの点ったカンテラを渡してくれた。


「ありがとうございます」


 受け取ったカンテラで足元を照らしながら、シーラと並んで前を行く製氷業者二人の後を着いて行く。


「イチノス君、この廊下って暗いよね」


 俺の隣を歩くシーラがボソリと呟く。


「そうだな、氷室だから外の陽射しが入らないように工夫しているんだよ」


「じゃあ、その壁の向こう側が氷を置いている場所なんだね」


 そう言ってシーラが俺の左側、その全面が古代コンクリート製だと思われる壁を指差す。


「そうだろうな。建物全体が氷室な感じなんだろうな。そう言えば、シーラが前に直した氷室はどうなんだ?」


「あそこは、イチノス君のお店ぐらいの大きさだったかな?」


「すまん、もうすぐ階段じゃけぇ足元に気ぃ付けてつかぁさい」


 シーラと話していると、前を行く二人から注意を促されてしまった。


 前を歩く二人は迷うことなく、廊下の突き当たりを左に曲がり、2階へ上がる階段へ足を掛ける。

 俺とシーラも後に続きつつ、軽くカンテラで氷室と思わしき壁を照らすと、全面が窓も扉もない古代コンクリート製だ。

 この建物の中に、この薄暗い廊下で囲う形で氷室が造られているのだろう。

 これは氷室の造りとして、建物外部の熱を氷室には通さない工夫なのだろう。


 先に階段を昇る二人へ俺は声を掛ける。


「2階に置いているのですか?」


「はい、2階に置いとる。2階で氷を作って1階の氷室へ送るんじゃよ」


 階段を上がりきった所も予想通りに薄暗かった。

 これなら伸縮式警棒を持ってくれば光魔法で照らせたのにと、自分の準備不足を少し反省していると、前を歩く二人の足が止まり扉を開けた。


 製氷業者の二人が開けた部屋はやはり暗かった。

 外からの一切の明るさが届かない場所だ。


 少しだけ警戒しながら、製氷業者の二人に続いて俺から先に部屋へ足を踏み入れ、手にしたカンテラで中を照らすと、誰もいなかった。


 これなら大丈夫だろうと判断して、改めて部屋の中に不穏な物が置かれてないか、不審な人物が隠れていないかを見ていると、後から入ってきたシーラがコサッシュから何かを取り出し、二人へ声を掛けた。


「ベネディクトさんとラインハルトさん。この部屋を魔法で明るくしても大丈夫ですか?」


「えっ? 魔法で明るく?」

「あれじゃろ? 魔道具屋が持っとったのじゃろ?」


 製氷業者の二人が言う魔道具屋とは、以前の魔道具屋の老夫婦の事か、それとも捕まった魔道具屋の主の事か少し気になるな。


「それなら、魔法の光じゃのぉ?」

「それなら、熱うならんのぉ?」


「はい、大丈夫ですよ。点けても良いですか?」


「「はい、構わん」」


 製氷業者の応じる声が聞こえると、シーラが筒状の物に何かをして、俺へ差し出してきた。


「イチノス君、少しだけ流して」


 そう言って俺の手にしていたカンテラと交換するように受けとる。


 俺は胸元の『エルフの魔石』から魔素を取り出し、シーラから渡された筒状の物へ魔素を纏わせると、途端に筒の先が手にしたカンテラ以上に光を放ち室内を照らし始めた。

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